紅瞳の秘預言39 雄図

 ノルドハイムがむっつりとした顔で2人を睨み付けるが、アッシュはその視線に臆すること無く彼を見つめ返した。彼らの背後に並ぶ同行者たちも、老将の視線を跳ね返すかのように真っ直ぐその顔を上げている。
 彼らの表情を感情の薄い目で見つめつつ、ゼーゼマンは小さく溜息をついた。ピオニーに視線を向けそれと無く促すと、「分かってる」と浅黒い肌の皇帝は頷いて話を再開する。

「超振動、か。俺たちはアスランの報告書とジェイドの追加報告を貰うまで、キムラスカが新型の譜業兵器を開発して使ったんじゃ無いかと疑っていた。街1つ丸ごと穴になると言うのは本来、そのくらい威力があるってこった」

 多少は言葉を選びつつ、ピオニーはルークたちに話しかける。子どもたちの表情が硬くなることは分かり切っていたが、それでも話を先に進めるためには必要なことだったから。

「……はい」
「それは、分かってます」

 頷くルークの背を守るように、ガイが立っている。つい先ほどカースロットの呪力から解放されたばかりで疲れているようにも見え、皇帝は自分の長い髪を掻き上げた。あまり時間を掛けている訳にもいかないだろう。

「ま、ジェイドに聞いたところじゃあ実際には下に降りただけなんだろ? それでも十分とんでもない状況なんだがな」
「まさかとは思いましたけどねえ。でも、ジェイドが言うんですから間違い無いですし」

 ピオニーの言葉に続くように、サフィールが肩をすくめる。この、幼馴染みの言葉を疑いもせず信じ切ってしまう性格が、引いては『死神ディスト』を生み出したのだろうか。

「でもでも、ローレライが助けてくれなければ本当に穴になっていましたよう」
「ええ。それに、ローレライの助力がそう何度も得られるとは思えません」

 アニスがぱたぱたと両手を振ると、その背中でトクナガが同意するように揺れた。ティアは小さく首を振り、ふうと溜息をつく。だが、ピオニーは彼女の意見にはどこか否定的だった。
 第七音素は、元来から存在する6種の音素が記憶素子と結びつくことで生まれると言う。つまりは、記憶を内包した音素と言って良い。その第七音素の集合体であるローレライ以外の誰が、『未来の記憶』を過去のジェイドにもたらすことが出来ると言うのだろうか。

「そうかね? なあジェイド、どう思う?」

 だからピオニーは首を捻って疑問を呈し、その当人に青い眼を向けた。当のジェイドは真紅の眼を細め、小さく肩を揺する。自分が『未来の記憶』を持つ理由は、それから2年以上経った今も解明出来ていないのだから。

「私に聞かれても困ります。それに、本題はそこでは無いでしょう?」
「ん、ああ、そうだな」

 そんなことを今考えたところで、理由が解明されるわけでも無い。意識を戻し、皇帝はノルドハイム将軍にくいと顎をやった。強面の将軍は素直に頷くと、その視界の中央にナタリアを置く。彼が口にしたのは、『記憶』と寸分の狂いも無い文章で届けられた文書の内容だった。

「キムラスカ・ランバルディア王国より、先だって声明があった。親善大使たる王女ナタリア及び第三王位継承者ルーク両名を亡き者にせんと陰謀を図ったマルクト帝国に対し遺憾の意を表し強く抗議する。ローレライとユリアの名において、直ちに制裁を加えるであろう……とな」

 ざわ、と子どもたちが身じろいだ。ティアが目を伏せ、その意味を端的な言葉に置き換える。

「事実上の宣戦布告ですね……」
「モースが戦闘の正当性証明を発布したんですね。今の教団では彼が最高指導者になるから」

 イオンが眉をひそめ、杖の先で軽く床を叩く。自身がダアトに戻ると言う選択をしていれば止められたか、と一瞬だけ思考を巡らせたが、その時は己が幽閉されるだけで何も変わらないのだと思い直した。
 そうなればきっと、自分はヴァンに世界中を連れ回されセフィロトのダアト式封咒を解放させられて……世界を破壊させるための助力を、させられていた。

「そんな……父は誤解をしているのですわ!」
「そうでなければ、モースの妄言に踊らされているか……だな」

 ナタリアが激高し、ガイが顎に手を当てながら考え込む。ぎりと拳を握りしめ、アッシュが吐き捨てるように呟いた。

「ローレライ教団は、とうにモースの言いなりか。だが、内側の事情を知らん連中にしてみれば、誤解でも何でも無いだろうな」
「私のように事情を知っている者がいなければ、マルクト側はキムラスカが戦争を始める口実としてアクゼリュスを破壊した……しようとした、と思い込むでしょうね。実際に始める口実にしたのはモースですが、インゴベルト王がその話に乗ったのも事実です」
「……そんな……」

 ジェイドが紡いだ言葉に、ナタリアの顔色が目に見えて白く変化した。きっと彼を睨み付けた王女の両の瞳は、怒りと悲しみに満ちている。
 ジェイドにしてみれば、彼女の『父』に対する悪意が見え隠れするような言葉を子どもたちに吐かせるわけにはいかなかった。だから、自分が事実を口にしただけのことなのだが。

「一国の王が、自分の国の繁栄を望むのは当然のことだと思うわ」
「ただ、手段としてはやりきれないな」

 もう1人、外殻大地からは離れたところで育ったティアが、感情の無い言葉を口にする。ガイが軽く頭を振りながら、ぼそりと言葉を床に落とした。
 幼馴染みの沈んだ顔を視界の端に捉え、アッシュは銀髪の同僚に顔を向けた。碧の瞳には、彼には珍しいどこか不安げな光が揺れている。

「父も……ファブレ公爵もその話に乗った。そうなんだな? ディスト」
「ええ。それ故に貴方はルークと言う名前を付けられた。預言に詠まれた通りの、『聖なる焔の光』と言う名前をね」

 サフィールは、アッシュの言葉にあっさりと頷いて答えた。レンズの奥で細められた瞳は普段よりも暗く冷たく映って見え、それが彼の『死神』と言う二つ名の由来なのでは無いかとアッシュは訝る。

「マルクトはピオニーの代になってから預言とは距離を置くようになりましたが、キムラスカは依然として預言のぬるま湯にどっぷり浸かっているような状態ですからね。もっとも、そうなるように教団が仕向けたのも事実ですが」

 この中では一番長く、教団の奥深くまでを知る人物であるサフィール。その彼が口にする言葉は、2000年以上に渡ってオールドラントを事実上支配していると言っても良い巨大宗教集団の裏の姿を、白日の下にさらけ出して行く。

「ま、そう言った裏話はまた違うところでな。今は歴史の授業中じゃ無いんだから」

 意図的に明るい声を上げ、ピオニーはジェイドと彼の仲間たちの視線を自分に集中させた。いずれ、ローレライ教団の暗黒部は嫌でも表沙汰になるのだから、今ここでその問題を論議することも無いだろう。
 皇帝の眼は、幼い頃を雪の街で共に過ごした2人の友人に向けられる。彼らが知る『未来の記憶』の情報を、これから子どもたちに教えて行かなくてはなるまい。

「で、サフィール、ジェイド。次は何処が落ちそうだ? セントビナー辺りが地盤沈下を始めていると言う話が入って来てるんだが」
「アクゼリュスのセフィロトツリーが失われましたからね。ホドもありませんし、シュレーの丘だけではルグニカは支えきれないでしょう。そうですよね、サフィール?」
「ええ。その近くとなるとタタル渓谷とザオ遺跡ですけど、いずれもルグニカ平野からは外れていますからねえ。多分、近いうちにセントビナーは落ちますね」

 ピオニーが問い、ジェイドが答え、サフィールがフォローを入れる。彼らが次々に口にした地名を脳内の地図に展開していたガイが、むっと口を尖らせた。

「そうなると……グランコクマ近辺とケテルブルク以外のマルクト領土、それにキムラスカもカイツール近辺はそろそろ拙いんじゃ無いか?」
「え……そんなに広い部分が落っこちるのか?」

 ルークがあからさまに顔色を変える。アニスは少し考えていたが、「あ、そうか」とぽんと手を打った。

「だって、柱10本のうち2本がもう無いんでしょ? それに、その2本は割と近場だしぃ」
「そう言うことだな。支えていた柱が無くなってしまって、既にいつ落ちてもおかしく無い状態なんだろう」

 人差し指を立てながら分かりやすくルークに説明して見せたアニスの言葉に頷き、アッシュは眉間にしわを寄せた。ジェイドは子どもたちの様子を眺めながら、少しだけ思考を展開する。
 ジェイドの『記憶』では、セントビナーの落着はもう少し後の話だ。この世界では、ジェイドたちのグランコクマへの帰還が少しだが『記憶』よりは早い。故に、今からセントビナーへ向かえば住民たちの救助には十分間に合うはずだ。『前の世界』で救援の障害となっていたサフィールですら、今や頼りになる仲間なのだから。


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