紅瞳の秘預言41 戦風

「軍人の分際で、子どもに守らせるか」
「うっせえ。おっさん、適材適所って言葉知ってるか? ジェイドはあんたと違って、無謀に突っ込むタイプじゃねえんだよ」
「そうだな。そう言う役はルークがぴったりだ」

 フンと鼻で笑うラルゴに呆れ顔で言葉を浴びせ、ルークは地面を蹴った。ほんの一瞬遅れで駆け出したガイの顔に苦笑が浮かんでいるのは、気のせいでは無いだろう。

「てぇい!」
「遅い、小僧が!」

 ルークの横薙ぎを僅かにかわし、ラルゴは鎌を振るう。切っ先の下をくぐり抜けるルークとクロスする形でガイが踏み込み、長い鎌の柄故に存在する空白領域から巨体を斬り上げた。

「ち、浅いか!」
「む……早い!」

 ガイは己が付けた傷の浅さに、ラルゴはガイの動きの早さに舌を打った。金の髪を追いかけようとする黒衣の前に、譜業により巨大化した人形が走り込んで来る。

「まだまだぁ! 大佐、行くよぉ!」
「はいはい。合わせてくださいね、アニス」
「な……!」

 威勢の良い少女の声への答えは、ラルゴの背後から上げられた。一瞬そちらに気を取られた瞬間、トクナガの爪が男の肩にざくりと食い込む。

「ぐっ!」
「無謀には突っ込みませんが、こう言う方法もありますよ。──バダック」

 怯んだラルゴの膝上を、ジェイドの槍が貫く。がくりと姿勢を崩す彼の脚から槍を引き抜きながら、ジェイドはバックステップで逃れた。その隙にアニスが、トクナガの背でくるりと杖を回転させる。

「食らえ、光の鉄槌! リミテッドぉ!」
「何の、まだだぁ!」

 光の重圧を気合いだけでどうにかはね除けて、鎌の柄を杖代わりにラルゴが無理矢理立ち上がる。ぶんと大きく振るわれた凶刃が、トクナガの腹を横殴りに叩きつけた。そのまま吹き飛ばされた譜業人形は、主を守るようにくるりと宙で一回転してどうにか着地する。

「あたたたた、痛いじゃないのーっ!」
「そりゃお互い様だろ、アニス!」

 トクナガを守るように駆け寄ったルークが、ぶるりと頭を振るったアニスを怒鳴りつける。「うるさーい!」と人形の背中から顔を出した少女に怪我が無さそうなことを確認して、朱赤の髪の少年はほっと一息をついた。
 一方、立ち上がったもののラルゴは攻め込んでくるガイに防戦一方になっていた。それでも、一撃の威力が大きいことが分かっているラルゴを相手に、ガイも深入りが出来ずにいる。
 一瞬、戦場を風が吹き抜けた。

「譜の力よ、我が友に! アピアースゲイル!」

 ティアの詠唱が、ジェイドの足元に譜陣を描く。薄く微笑んだ彼の全身を守るかのように、譜陣から放たれた第三音素が風を構成し、踊り狂った。長い髪が乱れ、軍服の長い裾がはためく。

「力をお借りします。ティア」
「何っ!?」

 す、と掲げられた青い右腕に沿うように、音素たちが舞い上がった。激しい風は分子を震わせ、やがて放電を起こす。ガイがそれに気づき、地を蹴って敵対者からの距離を離した。

「聖なる意思よ、我に仇なす敵を討て! ディバインセイバー!」

 差し伸べた指先は、真っ直ぐラルゴに向けられる。狙い過たず、第三音素が引き起こした放電は黒獅子と呼ばれる男の全身を包むように降り注いだ。

「ぐ……ごほっ!」

 耐えきれず、ラルゴの巨体は弾かれたように地面に叩きつけられる。それと共に荒れ狂う風がすうっと収まっていき、周囲は静寂を取り戻した。かちゃり、とジェイドが眼鏡の位置を直した音が、戦闘の終わりを告げる。

「やい! まだやるか!」

 それでも剣を鞘に収めず、構えを解かないままルークが怒鳴った。ティアも杖を構えたまま、慎重にラルゴへと近づく。ガイとアニスも、相手の行動をじっと伺っている。
 やがてむくりと起き上がった男の全身から、戦意は失せてはいなかった。1人平然と立ち尽くしているジェイドに視線を固定し、歯を剥き出す。

「俺の負けのようだな……ここは引かせて貰う。だがいずれにせよ、貴様らに勝機は無い」

 それでも、これ以上戦闘を続ける気は彼には無いようだ。吐き捨てるようにラルゴの口から漏れた言葉でそのことを確認して、ジェイドは柔らかく微笑む。

「やってみなければ分かりませんよ? 貴方がたの行動も、我々の行動も、預言には詠まれていませんから」

 そうして、穏やかに言葉を紡いだ。彼の言葉に従うかのように、第三音素の残滓たちがふわふわとジェイドの周囲を舞う。
 音素が導く風に長い髪を揺らしながら、『未来』を見てきた彼は断言してみせた。

「ローレライは、自分の知らない未来を望んでいます。私も、ユリアの知る未来は望まない」
「まるで第七譜石を見たような口を聞く」

 ラルゴの呟きは低く、地面を這う。彼が預言と言うものに対し、どれだけ憎しみを抱いているかが分かるその声を、ジェイドは僅かに目を伏せて受け止めた。

 実際に見ましたけれどね。
 けれど、貴方にとって譜石の存在自体は意味が無いものでしょう?

 その言葉を口には出さず、ジェイドは冷たい笑みを浮かべる。その表情を自分への嘲笑と受け止めたか、ラルゴはぎりと歯を噛みしめて言葉を続けた。

「だが、世界はそう簡単に預言から離れることは出来んぞ」
「少しずつでも、離れて行くことは出来る。今まで世界が預言から離れなかったのは、俺たちが離れようとしなかったからだ」

 だが、男に答えたのはジェイドでは無かった。朱赤の髪を持つ少年は、ジェイドに寄り添うように立ちじっとラルゴの顔を見つめる。その肩に、道具袋から飛び出してきたミュウがとことこと駆け上がった。

「それは、お前がレプリカであるから言えることだ。オリジナルの人間どもは、どこまで行っても預言により束縛され続ける」
「あたしは、そうは思わないなぁ。ラルゴの方が、自分自身を預言で縛り付けてるだけじゃん」

 ラルゴの反論に臆すること無く彼を睨み付けるルークの横に、トクナガを通常のサイズに戻したアニスがぴょんと位置を取った。続いてティアが、杖の先で軽く地面を叩く。

「アクゼリュスは消えていません。ルークも、アッシュも死んでいない」
「第六譜石の預言は、既に一部が覆されている。少なくとも、それだけは事実だ」

 最後にガイが、ジェイドの肩をぽんと叩きながら告げた。金髪の青年にしてみれば、預言士並みに事態を先読みし様々な情報や手段を駆使して自分たちを導いてくれたこの軍人が、預言に刻まれた破滅の未来から世界を救う導き手にも感じられるのかも知れない。
 だが、ラルゴはそれを知らない。故に彼は、ゆるりと立ち上がると言葉を吐き捨てながら身を翻した。

「預言は、いわば世界の記憶。多少の歪みなどものともせん。いずれお前たちにも、それが分かるときが来る」
「先ほど申し上げました。やってみなければ、分かりません」

 あくまでも穏やかに紡がれるジェイドの言葉を背に受けながら、足を引きずりつつラルゴはゆっくりと去って行く。その顔に訝しげな色が浮かんでいるのを、ルークたちは知らない。

「死霊使いジェイド……あの男、どこで俺の名を知った?」

 ぼそりと呟かれた言葉は、風に紛れて消えた。


 ラルゴの姿が視界から消えるのを待って、一行はセフィロトへと足を踏み入れた。洞窟然とした外観とは違い、内部はアクゼリュス最奥部同様の人工的な造形が施されている。室内を見回して、ルークははあと感心の溜息をついた。

「あー、やっぱりここもこんな感じなんだな」
「そうね。世界を守るために造られた、創世暦時代の人工建築だもの」

 この中では当時の建築物を一番見慣れているティアも、そっと壁に手を触れながらほうと息をつく。アニスは頭の後ろで手を組んで、半ば呆れたように肩を揺すった。

「そう考えると、創世暦時代の人たちってとんでもないよねぇ。セフィロト使って柱作っちゃってさあ、大地全体をぐーっと空の上まで持ち上げちゃったんだから」
「そのあまりに強すぎる力を、外殻大地には持って来なかったんだろうな。いつまた、世界が滅亡に向かうか分からないから」

 扉の構造を探っていたガイが、ぽつりと呟く。彼の言葉を聞いて、ジェイドはふと床に視線を向けた。
 強すぎる力。
 滅亡に向かう世界。

 分かっています。
 今、この世界が滅びに向かっているのは、私のせいだ。

 無論ジェイドには、ガイがそう言う意図を持って口にした言葉で無いことは理解出来ている。それでも、ヴァン・グランツが『レプリカ計画』を企てた背景に自身の研究が存在することは否定しようの無い事実なのだ。


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