紅瞳の秘預言41 戦風

 軍人が目を伏せたことに、朱赤の焔が気づいた。不思議そうに首を傾げ、歩み寄ろうとする。

「ジェイド、どうし…………あ、つっ!」

 数歩進んだところで、不意にルークは頭を抱えしゃがみ込んだ。勢いで肩から転げ落ちたチーグルの仔が、慌てて起き上がると主の元へ駆け戻った。

「ごごごご主人様〜!? どうしたですの〜!?」
「ルーク?」

 はっと顔を上げたジェイドの視界に、淡い光に包まれたルークの姿が映り込む。仲間たちも少年の異変に気づき、次々にその元へ集まって来た。

「つぅ……え、何……わかった、よ……」

 だが、程なく光は薄れて消える。それと共に少年を襲っていた頭痛も去ったらしく、ルークは二度、三度と頭を振るとほっとした表情で顔を上げた。

「みゅみゅ、ご主人様、大丈夫ですの?」
「あー、うん。ローレライが、またさ」

 ミュウの問いに、がりがりと髪を掻きながら答えるルーク。ほんの少し前までは仮定の存在に過ぎなかった癖にやたらと出るようになったその名に、ガイが眉をひそめた。

「ローレライ? 今度は何言って来たんだ?」
「……ええと、ジェイドに伝えてって言われた。基本の仕掛けは解除してあるから、パッセージリングに直で来てくれって。今後もずっとそうだって」
「……はあ」

 ルークが口にした『伝言』に、さすがのジェイドも顔をしかめるしか無かった。思い当たる節は、『記憶』の中にならばそれなりに存在している。

「仕掛けぇ?」
「重要な施設ですからね。奥に進むには、面倒な手続きや仕掛けをクリアしなければならないんでしょう……本来ならば」

 胡散臭げに表情を歪めるアニスに説明しながら、『前回』は面倒な仕掛けを多数解除して来たことを今更ながらにジェイドは『思い出す』。
 軽く『記憶』を探って見たが、仕掛けの詳細はほとんど残っていなかった。『記憶』の取捨選択にローレライの意思が介在しているとすればこれはつまり、『持って来る』必要が無かったと言うことになる。

「つーことは何だ、そう言った面倒ごとはローレライが全部引き受けてくれるってのか?」
「そうみたいですね。まあ、こちらとしては有り難いんですが」

 結論としては、ルークが口にした台詞のままだろう。釣られたようにジェイドも、思わず本音を口にした。

 それにしても。
 つまり、『前回』は自分で出来ることすらこちらに丸投げだったんですね。
 ……あまり、ひとのことは言えませんが。

 さすがにここまで融通を利かせて貰っている以上、既にジェイドの中にだけ残っている『前回』について文句を付けるつもりは彼には無い。
 意識集合体としては、あまり人間の世界に干渉するつもりも無かったのだろうから。
 そのローレライの行動を歪めたのもやはり自分なのだ、とジェイドは心の中で呟いた。
 もっとも、同行している子どもたちにはジェイドの心の声は聞こえない。それ故にガイが言葉を返したのは、その前の有り難いと言う軍人の言葉に対してだ。

「面倒ごとが無いのは確かに助かるけど、そういうの言ってくる度にルークが頭痛を起こすのはどうにかして欲しいもんだな。もうちょっとやりようは無いのかよ」
「俺だけじゃねえよ。アッシュだって、ローレライと会話するときには頭痛が起きるっぽいし」

 むうと頬を膨らませながら、ルークは一度軽く頭を振った。アニスがにまにま笑いながら顔を覗き込んでくるのに気づき、碧の視線を向ける。

「まあねー。でもさ、目の前にいない相手と会話出来るのは便利じゃん」
「……お前ら、人ごとだと思って……あー、大丈夫大丈夫。このくらいなら何ともねえから」

 少女の言葉に、額を手で抑える。ちらりと視界の端にジェイドの姿を認めて、少年は慌てて顔を上げた。眼鏡の奥に見える真紅の瞳が、自分の容態を案じるように揺れていたからか。

「無理しないでくださいね、ルーク」
「うん、平気」

 恐る恐る朱赤の髪を撫でてやると、ルークは眼を細めて微笑んだ。『前の世界』ではローレライからの通信自体はほとんど無かったものの、同調フォンスロットを開かれたためにアッシュからの通信が数度行われていた。その度ごとに頭痛を訴えるルークを、ジェイドは何とも思わずに見ているだけだったのだ。

「済みません。直接私が会話出来れば良かったんですが」
「それはジェイドが悪いんじゃ無いよ。俺やアッシュにしか連絡出来ないローレライが悪いんだ」

 今でもジェイドには、同位体との通信による頭痛を感じ取ることは出来ない。せめてその痛みだけでも自身に移せないものかと考えを巡らせたこともあったが、今ではそれは諦めている。
 苦しむ『我が子』を見ているしか出来ないのが、自分に与えられた罰の1つなのだ。

「……パッセージリングの階層まで降りましょうか。せっかくローレライが力を貸してくれているんです、時間を有効に使いましょう」

 だから、せめて少しでもその時間が短く済むようにと祈りながらジェイドは、仲間たちに告げた。


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