紅瞳の秘預言42 風夢

 アクゼリュスのセフィロトはツリーを形成しているわけでは無いが、他の2つのセフィロトをフォローするための力をそれぞれに流し込むブースターのような役目を担っている。そして、ルグニカ平野周辺の外殻大地を降下させると共にそれらのセフィロトは、魔界の泥に大陸を沈めないための浮力となるはずだ。

「そうすると、この辺一帯がまとめて魔界に降りるんだな」
「最終的には全ての外殻大地を降ろすことになりますから、先遣隊と言ったところでしょうかね。さあ、いつまでここにいても話は進みません。地上に戻りましょう」

 ガイがくるりと周囲を見回しながら、感心したように言葉を紡ぐ。ジェイドは小さく頷くと、子どもたちを促した。確かに、既に作業が終了した場所に居座る必要はどこにも無い。これが、魔界への降下の最中であるならば話は別なのだが。

「……と。そうなると、せめてケセドニアのアスターには話を通しておいた方が良くないか? 旦那の場合、陛下あたりにはとうに話を付けてるんだろうけどさ」
「なるほど、そうですね」

 ガイの提案に頷くジェイド。そう言えば、『記憶』の時も彼には外殻大地降下について話に行ったはずだ。あの時はエンゲーブの住民を受け入れて貰うこともあったからなのだが、いずれにしろアスターにはきちんと事情を説明しなくてはなるまい。それは、彼の街とも言えるケセドニアが魔界に降りるからだけでは無く。

「生活物資の問題もありますし、彼には物資配給の手配も依頼した方がよろしいでしょう。あの環境ですし、魔界では生産活動はほとんど行われていないでしょうしね」

 ジェイドの説明に、ルークが不思議そうに目を丸くした。そして、魔界育ちである長い髪の少女に視線を向ける。この少年には、基本的な食料の生産活動には太陽が必須であると言うその事実も知識として刻み込まれていないようだ。

「へえ。そうなのか? ティア」
「太陽の光が差さないから、畑で作物を採ることも出来ないわね。だから食物は全部外殻大地からの輸入なの。結構物価は高いのよ」
「そっか。海があれじゃあ、魚も捕れないもんな」

 ティアが分かりやすく説明してくれたことで納得が行ったらしく、ルークは腕を組みながら頷いた。魚が海で採れることに関しては、どうやらガイ辺りから話を聞いたことがあるのだろう。

「そう言うことだよねえ。あー、あたしユリアシティじゃ生活出来ないよう。食料の高騰ってのは貧乏人には死活問題なのだ」

 同じく納得したアニスも腕を組み、こちらは違う意味で顔をしかめた。両親が借金から一応逃れられたとは言え、彼女はこれから先もあまり裕福な生活は望めないだろう。と言うよりは、質素な生活に身体が慣れてしまっているのだろうか。

「俺は暮らしてみたいなあ。あ、でもシェリダンも良いな」

 一方ガイは、かなり上機嫌である。足取りも軽く、同行者たちの先頭を切って進んでいる。女性に近寄れない体質であることも関係しているだろうが、パッセージリングと言う創世暦時代の音機関が目の前で稼働するところをまじまじと観察出来たのだから彼としては当然のことかも知れない。

「どっちにしろ音機関にまみれたいだけでしょ、ガイってば」
「はっはっは、まあなー」

 ずばりと本質を突いたアニスの言葉も、ガイはにやにやと笑みを浮かべて受け流す。そうしてすたすたと進んで行く彼らの最後尾をいつものように歩いているジェイドは、ふと視線を感じてそちらの方に目を向けた。
 じっと彼を見ていたのはティア。その表情にどこか悲痛なものを感じ、ジェイドは訝しげに眉をひそめた。

「どうしました? ティア。私に何か用事でも?」
「え?」

 名を呼ばれて少女はやっと、自分が軍人を見つめていたことに気づいたようだ。慌てて目を逸らしながら、ほんの少し頬を赤らめてぼそりと答える。

「……いえ、何でもありません」
「……はぁ」

 奇妙な表情を浮かべ、首を傾げるジェイド。その表情を、服装を、ティアが見つめていたのは、あの幻の中に見たぼろぼろのジェイドをそこに重ねていたから。

 本当に、あれは何だったのかしら。
 ただの幻なら良いんだけど。

 そう思いを馳せながら、ティアは地上への道を進んで行った。彼女は、アクゼリュスセフィロトの記憶素子に巻き込まれた2人の焔が夢を見たことを、知らない。


 地上まで戻ると、地下空間とは違った空気がふわりと彼らを迎えた。そのまま洞窟を出て広い野原まで進んで来たところで、不意に上空を影が覆った。

「うわ!?」
「鳥か!? それとも、アリエッタのフレスベルグかぁ!?」

 ガイが慌てて空を見上げる。同行者たちも相次いで空に視線を向け……そこに、生物ではない翼を見た。

「これは……」

 ジェイドにとっては、『記憶』の中で何度も乗り込んだ懐かしい姿。朗らかに微笑み、空を飛ぶその姿を見つめたまま『再会』の言葉を奏でる。

「また会えましたね、アルビオール。貴方は1号機ですね」

 着陸出来るだけの空間を見つけ、ゆっくりと舞い降りて来る翼を持った音機関……飛晃艇アルビオール。タラップが降り、そこから駆け下りてくる銀髪の友人の姿を認めてジェイドはにっこりと微笑んだ。続けて降りて来る仲間たちと、銀に近い金の髪を持つ1号機の専属操縦士の姿もそこにはある。

「……未来は、変えられますよね。きっと」

 どこかほっとしたように胸に手を当てて呟くジェイドを、ティアはやはりじっと見つめていた。今度は、その視線にジェイドが気づくことは無かった。


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