紅瞳の秘預言45 偽者

 ここは『記憶』と異なり、戦場を横断すること無くジェイドたちはケセドニアへと辿り着くことが出来た。アルビオールは既に2機が稼働しており、別行動しているサフィールたちとそれぞれに専属の形で1機ずつが張り付いている。おかげで、『前回』よりも移動はスムーズだった。
 そして、到着早々ケセドニアで彼らはアルマンダイン、そしてモースの姿を見つけた。『記憶』と違いまだ国境を越えた訳では無かったが、2人が並んでいる姿はジェイドが『覚えて』いたそのままで……故に直後の展開を想像出来たジェイドは苦虫を噛み潰したように顔を歪めた。
 振り返ったモースの顔が、一瞬だけ驚愕におののいたもののすぐにやりと黒い笑みを浮かべたから。

「アルマンダイン伯爵! これはどういうことですか!」

 だが、それに気づくこと無くナタリアは歩みを進めた。すぐ後を追う赤い髪と同行者たちを見つめながら、ジェイドは彼らの最後方を進んで行く。

 覚悟は決めていたはずなんですがね。済みません、ナタリア。

 ジェイドが心の中で呟いた次の瞬間、モースが勝ち誇ったように胸を張り進み出た。

「待たれよ、ご一同。偽者の姫に臣下の礼を取る必要はありませんぞ」
「無礼者! いかなローレライ教団の大詠師といえども、私への侮辱は即ちキムラスカ・ランバルディア王国への侮辱となろうぞ!」

 凛と胸を張り、モースに対し厳しい言葉を投げつけるナタリア。しかし、当の大詠師からは冷たい言葉が投げ返されて来る。

「私はかねてより、敬虔な信者から悲痛な懺悔を受けていた。曰くその男は、王妃のお側役と自分の間に生まれた女児を、恐れ多くも王女殿下とすり替えたと言うのだ」

 『今』聞いていると、ラルゴの話と違いますね。懺悔の捏造ですか、情けない。
 ですが、ここで明かすわけにはいきませんか。

 今この場にいるナタリアの実父は黒獅子ラルゴであり、彼は自らの留守中に娘を奪われたと『記憶の世界』でそう言っていた。実の娘を前にして彼が嘘をつくとも思えず、またナタリアの乳母を務めていた彼の姑からも同様の証言を得ている。
 だが、さすがにキムラスカ王室に関わる秘密の詳細をマルクト軍人である自身が知るはずも無い。ここでジェイドが事実を語っても、真実であると見極められる人物はここには存在しない。
 故にジェイドは、しばらくの間口を閉ざすことにした。対立している六神将の1人が己の実父だとナタリアが知るのは、もう少し先でも遅くない。
 その彼の目の前で、威張りくさった表情のままモースは高らかに少女の髪と目の色をあげつらう。そして、インゴベルト王が彼女を罪人として裁くであろうと言い放った。

「そんな……そんなはず、ありませんわ……!」

 ふらり、と一瞬だけバランスを崩したナタリアの肩を抱き込むように、赤い髪の青年が支える。そうして彼は、真正面からモースを睨み付けた。

「待て。このままでは戦場は崩落する。それで良いのか」
「それがどうした。戦争さえ無事に始まれば預言は果たされる。ユリアシティの連中は、崩落如きで一体何を怯えているのだ」

 鼻息も荒く、モースはそんな言葉を吐き捨てた。が、その表情が一瞬にして強張る。

「──ND2019、キムラスカ・ランバルディアの陣営はルグニカ平野を北上するだろう。軍は近隣の村を蹂躙し要塞の都市を進む」

 涼やかな声が、朗々と響き渡る。ジェイドも含めその場にいた全員が、声の主である緑の髪の少年に視線を集中させた。

「ど、導師!?」

 目を白黒させるモースの目の前で、第七譜石に刻まれていた預言の一節を言葉にしたイオンはにっこりと微笑んで見せる。そうして、すぐ側に立っているアニスへと問うた。

「アニス。今の預言に間違いはありますか?」
「へ? あ、いえ、全く相違ありません! 一言一句、ユリアの詠まれたまんまですっ!」

 イオンの意図は理解出来ないまでも、アニスにはユリアの預言やイオンの言葉を否定することは出来ない。故に彼女は声を張り上げて、今少年導師が詠み上げた言葉が真実の預言であることを皆に知らしめる。

「秘匿されていた、ユリアの第七譜石の一部です。保存されていた文書を、ユリアシティからこちらに戻る道すがら託されました。譜石自体はここにはありませんが、真実ユリアの預言であると保証されています」

 また上手く言いましたね。
 さすがはイオン様……ですか。

 ほんの僅か言葉の足りないが、虚偽を交えている訳では無い説明を朗々と紡ぎ上げたイオンに、ジェイドは小さく肩をすくめた。
 第七譜石は未だタルタロスに収容されているはずであり、そのことをジェイドはグランコクマ帰投の折にピオニーに伝えている。事情を知る彼が手を回していてくれれば、今頃最後の譜石はジェイド自身知らぬ場所に保管されているのでは無いだろうか。

「ユリアの預言によれば、来年キムラスカ軍はルグニカ平野を北上することになっています。つまり、本来ならばルグニカ平野が崩落することはありません。まあ、逆に言うのであれば今年中にキムラスカ軍が北上するのも本来の預言ではあり得ません。何故ならば、ユリアがそう詠んでいますからね」

 モースの盲信する預言を逆手に取った形になったイオンは、胸を張ると携えている音叉の杖でがつっと地面を叩いた。アルマンダインや国境を守っている両国の兵士たちは行きをすることも忘れたかのように、この1人の少年を見つめている。それは、彼が己らが生み出した複製体だと分かっているはずのモースですら。

「ですが、現実として地盤沈下は起こっています。モース、我々はこの現実について対処を施さねばなりません。それがユリアの預言を預かる我々ローレライ教団の為さねばならぬこと、違いますか?」
「む……た、確かに」

 強い光を放つイオンの瞳に見据えられ、モースは軽く冷や汗を掻きつつもゆっくりと頷いた。それを確認してからイオンはジェイドたちを振り返り、笑顔になって言い放つ。

「そう言うわけなので、僕は一度ダアトへ戻ります。ヴァンが目論む外殻大地の崩落に対し、対処しなくてはいけませんからね」
「ちょ、ダアトになんて戻ったら主席総長にあっちこっち引きずり回されちゃいますよー!」

 あわあわと両腕を振り回しながら反論を試みたアニスに対しては、モースが「ヴァンに勝手な真似はさせぬ」と断言して見せた。『記憶』の時よりも言葉に力が籠もっているようにジェイドが感じたのは、恐らくヴァンの行動がユリアの預言に相反するものであることがより鮮明になっているからだろう。
 どこかぼんやりと光景を見つめているジェイドの眼前では、イオンがアニスの導師守護役解任を彼女に告げていた。これはイオン自身の意志によるものであり、紅瞳の譜術士は何ら関与していない。
 だから。

「──ルークとジェイド、お2人を間近で守ってください。お願いします」

 イオンがアニスの耳元でそう囁いたことを、ジェイドは知らないでいる。
 そしてもう1人。

「……くれぐれも、ユリアの預言をお忘れにならぬよう」

 無邪気に微笑んだはずのイオンの笑顔を見て、アルマンダインはしばらく足を進めることも出来ずに凍り付いていた。


PREV BACK NEXT