紅瞳の秘預言45 偽者
この後、ほんの少しだけ『記憶』とは異なる展開となった。ジェイドたちはダアトに向かうこと無く、ケセドニアの街中で捕縛されたのだ。
「『死霊使い』、抵抗はやめなよ。でないと、こいつ死ぬよ?」
そう言いながら白い鎧の部下を引きつれて姿を現したのは、緑の髪の少年だった。その顔は、鳥を模した仮面で隠されている。
「シンク……」
「ギンジ! てめえ!」
少年の名を呼んだジェイドの横から、赤の焔が少年が示した『こいつ』の名を呼んだ。シンクの部下の1人が、アルビオールで待機していたはずのギンジを後ろ手に拘束し連れて来ていたのだ。
「す、済みません……空に逃げる前に、おいら捕まっちまって」
悲痛な表情で謝る青年の腕を、神託の盾兵士がぐいと引く。白い鎧の腕に抱き留められる形になったギンジの姿に、ジェイドと同行者たちはぴたりと動きを止めた。
「抵抗しないなら、こいつとアルビオール? あれはちゃんと丁重にお預かりしといてやるよ。だから、大人しくするんだね」
ギンジの姿をジェイドの視界から隠すように歩み寄って来たシンクは、唇の端を歪めながら軍人の顔を見上げた。しばらく少年を見つめていたジェイドは小さく溜息をつき、頷く。
「分かりました。仕方無いですね」
「話が早くて助かるよ。こいつらを拘束、バチカルまで送り届けてやりな。向こうに届くまで丁重に扱ってやってよね、『国賓』なんだから」
シンクが口にした最初の一言はジェイドに、その後の言葉は並んでいる部下たちに投げかけられる。兵士たちがばらばらと駆け寄り、それぞれを取り囲んで抵抗出来ないように腕を取った。
「さ、連れて行きな! バチカルで偉いさんが待ってんだからね!」
少年が軽く手を振った。それを合図に兵士たちは、ジェイドたちを連行すべく足を進めた。何の苦も無く国境を越え、キムラスカ側にある港へと彼らは整然と更新して行く。
シンクとすれ違いざま、赤の焔は彼に視線を向けた。仮面の下でシンクが眼を細めたことには気づかずに、そのまま引っ立てられて去って行く。
「……案外、違うもんなんだね。白似合わねーったら」
長く伸ばされた赤い髪を見送りながら、シンクは口の中だけでぼそりと呟く。それから彼は、ギンジを捕らえていた部下の元へ歩み寄って行った。
ま、約束くらいは守ってあげるよ。
けど、どうしようかな。
そして、現在。
2人の王族と引き離されたジェイドたちは、バチカル王城の地下牢にいた。
もっとも、牢に閉じこめられている割には全員の表情がさほど暗くないのだが、そんなことは彼らを捕縛した神託の盾にもキムラスカにも分からないはずだ。
「あー、肩凝ったぁ」
ぐるぐると腕を回し、反対側の肩を拳でとんとんと叩きながらアニスはやっと重い荷を背から下ろしたように溜息をついた。それから入口の側に佇んでいるジェイドに視線を向け、僅かに首を傾げる。
「ねえ大佐ぁ。あれほんと?」
「ええ。我々がバチカルに到着する寸前だそうですが、ルグニカ平野からザオ砂漠辺りまでが『消失』したようです。無論これは外殻大地側から見てのことですから、実際には上手く魔界に降下させられたみたいですね」
くるり、と立てた人差し指を回して答えるジェイド。薄く細められた真紅の瞳は、満足げに笑っている。
「これでユリアの預言はまたずれちゃった、と。信者のみんな、ビビッてるだろうなあ」
「特にケセドニアでイオンの演説を聴いた連中な。まともにあの預言を聞いちまった訳だし」
少し難しい顔になったアニスの言葉の後を継ぎ、ガイが顎に手を当てる。
モースやキムラスカ軍にしてみれば、あの預言は『来年になればキムラスカ軍はルグニカ平野を侵攻せねばならない』と言う内容に取られかねない。だが、その前に当の平野は外殻大地から『消滅』し、ユリアの預言はここに来て『成就することが不可能』に近い状況になってしまっている。
オールドラントに住まう民のほとんどは預言に頼って生活しており、その預言は成就するのが当然だと言う思想に染まっている。その極端な例が、モースを中心とした大詠師派だ。故に、『預言を成就することが不可能』だと気づけば彼らは、果たしてどう言った行動に出るのだろうか。
さすがにそれは、時間を『戻って』来たジェイドにも推測することは出来ないでいる。
「それにしても、マルクトの領土はほとんど魔界に降りちまったなあ。残りはグランコクマ周辺と……ケテルブルク辺りか?」
「後は、ローテルロー橋より西ですね。ルグニカ大陸はほぼ降下しましたから、これでしばらくは休戦状態になるはずです。グランコクマへの進撃ルートが船以外に無くなりましたから」
脳内に地図を広げながら、ガイとジェイドは言葉を交わす。キムラスカ領の大半とダアトは外殻大地上に残っているものの、肝心の戦場がバチカルやグランコクマから接触することが出来ない場所に移動してしまった以上展開されている各軍もそれぞれの判断で戦争を一時休戦に持ち込むだろう。いや、それ以前に環境の激変にパニックを起こしているかも知れない。
同時に魔界へと降りたケセドニアの実力者であるアスターには『今回』ジェイドは会いに行っていないが、その辺りは別行動であるサフィールが手配を済ませているはずだった。ジェイドとしては、銀髪の幼馴染みと彼の同行者に全てを託している。
「だが、これで外殻大地自体のバランスはかなり崩れたはずだな。キムラスカもダアトも、そんなに安全な訳じゃ無い」
「そう言うことですね。グランツ謡将もそろそろ動き回っているでしょうし……今のところ、どちらが先手を取れているのでしょうね」
金髪の青年が呟く言葉に頷いたジェイド。彼の耳に、微かな……それでいて良く通る歌声が響いた。ややあってどさり、どさりと重い物が床に落ちる音がする。
「さて、そろそろお迎えが来たようですね。行きましょうか」
くるりと全員を見渡し、ジェイドは告げる。それに、仲間たちは力強く頷いた。
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