紅瞳の秘預言46 親子

 ナタリアたちが無造作に突入して来たために開かれたままだった扉の向こうから、いくつかの足音が入り交じって聞こえて来た。その先頭に立っているのは黒衣を纏った赤い焔と、良く似た赤い髪を持つ女性。

「開けっ放しだ。まあいっか、失礼します!」
「失礼いたします」

 2人の背を守るように銀髪の科学者と桜色の髪の少女が顔を覗かせた。彼らはそのまま、ナタリアたちのすぐ側まで歩み寄って来る。

「はいはい、お邪魔させて貰いますよ〜」
「こんにちは」
「しゅ、シュザンヌ!?」

 赤い髪の女性……自身の妹であるファブレ公爵夫人シュザンヌの名を呼ばわり、インゴベルト王は思わず玉座から立ち上がった。モースは彼女の同行者たちを一瞥するや否や、その名を叫ぶ。

「ディスト、アリエッタ、アッシュ! き、貴様ら、今の今までどこに行っていた!」
「俺ならさっきからてめえの目の前にいるだろうが、モース」

 白いコートの青年が、呆れ声で大詠師に答えた。細い眼を少しだけ丸くして、モースは今自身の名を呼んだ青年の顔に視線を向ける。

 大佐のおっしゃる通りでしたわね。
 大佐の言った通りだったよねー。
 旦那の言う通りだったな。

 結構しゃべってるのに、ここまで気づかないとは思わなかった。

 三者三様ながら同じ思いを胸に抱いて、ナタリアが小さく頭を振り、アニスとガイは顔を見合わせて肩をすくめた。ジェイドは冷たい笑みを浮かべたまま、楽しそうに大詠師の顔を見つめている。

「だ、だ、黙れ、レプリカの分際で……へ?」

 言葉を紡ぎかけて、何かに気づいたようにモースの動きがぴたりと止まる。その目の前で、白いコートを纏った青年はぐいと前髪を掻き上げた。しかめ面で大詠師を睨み付けるその顔は、ルークでは無くアッシュのもの。

「だから、さっきからてめえの目の前にいるだろうが。それとも何か、その細っこい目じゃ俺が誰だか分からなかったか?」
「あーアッシュ、それ無理。別々に見るとみんな、結構分からねえみたいだ」

 黒の詠師服を纏った少年が、こちらは撫でつけていた前髪をぐしゃぐしゃと掻き回しながら歩み寄って来た。ぶるりと頭を振ったその表情は幼げで、こちらがレプリカのルークであることをモースはやっと理解する。
 2人が並んだことで、やっと彼らの容姿における最大の相違……髪の色の違いがはっきりした。
 毛先は色が抜けて金に変化している、朱赤の髪のルーク。
 色が抜けること無く伸ばされた、真紅の髪のアッシュ。
 そして、朱赤の焔の肩には空色のチーグルが当たり前のように座を占めている。

「神託の盾兵士に結構会って来たけどさ、みんな俺のことアッシュって呼ぶんだぜ」
「ま、俺もさんざんてめえ扱いされてたけどな。ちょっとくらい気付けっつーの」

 外見年齢よりも幼い表情を浮かべ、肩をすくめるルーク。眉間にしわを寄せ、呆れ声で吐き捨てるアッシュ。

「みゅみゅ。ご主人様とアッシュさん、どうして皆さん見分けが付かないですの? 全然似てないですのー」
「ミュウは、チーグルだから分かる。みんなは人間だから、気がつかない」

 ルークの肩の上で小さな手を振り回して文句を付けるミュウに、アリエッタがぎゅっとぬいぐるみを抱きしめながら言った。顎に手を当ててにやにやと光景を眺めていたサフィールは、同僚であった2人に興味深げな視線を向けて問う。

「ちなみにシンク、ラルゴ。貴方がた、気づいてたんじゃありませんか?」
「まあね。何でみんな分からないんだかおかしくってさ、黙ってた」

 つまらなそうな口調でサフィールの問いに答え、シンクはモースの顔を見た。唇の端が面白そうに歪んでいるから、この少年は大詠師を嘲笑っているのだろう。

「……そうだな。最初からこやつがアッシュであることは、俺にも分かっていた。大詠師が何故気づかんのか、そちらの方が不思議でならなかったぞ。部下の顔などろくに覚えておらんと言うことか、情けない」

 一方ラルゴはほとんど表情を変えること無く、しかしシンクと同様の答えを紡ぐ。携えている大鎌の柄でがつんと床を叩き、視線でモースの顔を伺うことすらしない。

「モース様ぁ、良かったですね〜。もう少しで、王位継承者に偽者の烙印押して殺すところだったんですよ?」
「な、ななななな……」
「そうしたら、貴方は重罪人でしたねえ。如何に導師イオンのご威光を以てしても庇いきれるものではありませんよ。ああいや、今の時点で未遂とは言え罪状が出来上がっちゃってますね」

 アニスの嫌味たっぷりの台詞と、サフィールの嘲笑混じりの台詞にモースは目を白黒させる。ぱくぱくと開閉される口からは、もう威勢の良い言葉が出て来ることは無い。
 自身が弄ばれたのだと、気づいたから。
 一方、シュザンヌは真っ直ぐにインゴベルト王を見つめていた。急いで登城したせいか簡素なドレスを身に纏っている彼女は、だが国王の妹君と言うだけありその威厳に些かの隙も存在していない。

「陛下……いいえ、兄上。これはどういうことですの?」
「シュザンヌ、お前……」

 愛娘が血の繋がらない存在であることに打ちのめされているインゴベルト王に対し、妹であるシュザンヌは病弱であるとは思えないほど力強い表情を見せている。彼女が紡いだ言葉にも、その力は溢れかえっていた。

「お話は、こちらのルークから全て伺いました。この子がどう言った存在であったかも……ナタリア様の出自も、先ほどしっかりと聞かせていただきました」
「そ、そうか……シュザンヌ、わしは……」

 兄王の言葉には、救いを求めるような響きが混じっている。だがシュザンヌはその響きに耳を貸すこと無く、凛と声を張り上げた。

「兄上がナタリア様をどうお扱いになるかは、兄上ご自身がお決めになることです。ですが、ルークについては私から申し上げさせていただきます」

 名を呼ばれ、2人の焔が視線を移す。良く似た表情の、けれど全く違う面差しの2人をふわりとした優しい眼差しで見つめ、シュザンヌはゆっくりと頷いた。

「例えレプリカであろうと、この子は私の息子です。生まれてから7年の間ファブレの屋敷で育った、紛れもない私の息子です。それは兄上、貴方にも否定はさせません」
「シュザンヌ様!」

 モースの声は、既にその場にいる全員の耳に届くことは無い。毅然と胸を張り、シュザンヌは兄王を真正面から睨み付けている。
 そうしてルークは、以前タルタロスの甲板でアッシュにぶつけられた言葉を思い出していた。

 てめえは母上をどのような方だと思っている? 母上は、オリジナルだのレプリカだのと言うくだらん理由で7年育てたお前を息子では無いなどとおっしゃる方か。

 さっすがアッシュ。ずっと離れていても母上のこと、ちゃんと分かってるんだなあ。
 ……ありがとう、母上。

 少年の胸がじんと熱くなる。そうして少しだけ、ルークの視界が涙で歪んだ。
 こつん、とアッシュの拳が軽く頭にぶつけられた。


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