紅瞳の秘預言48 王女

 城を出たところで、ルークたちは独特の鎧を纏った騎士たちの出迎えを受けた。その先頭に立っているのは、庭師としてファブレの家に入り込んだペール。

「ルーク様! ……っ!?」
「ペール! 白光騎士団のみんなも!」

 駆け寄って来た朱赤の焔と、ナタリアを伴い歩み寄って来た真紅の焔を見比べて、ペールは訝しげな表情を浮かべる。シュザンヌはルークとアッシュの関係についてサフィールから説明を受けていたが、その場にペールはいなかった。故に彼は、この2人の関係性を知らずにいる。

「下層では白光騎士団が道を開いております。ですがルーク様、これは一体……」
「あ、うん。話せば長くなるけど、本当のルークはあっちなんだ。ごめん」

 その関係を、ルークはごく短い言葉で端的に説明して見せた。ジェイドが泣きそうな笑みを浮かべているのを見て取り、ペールは朱赤の少年の言いたいことをぼんやりとだが理解する。元ガルディオス家の左の騎士であったペールは、ジェイド・カーティスの所業を知っているから。

「……そう言う、ことですか。承知いたしました」
「ああ、あくまでもルークはそっちだからな。俺のことはアッシュと呼べ」

 当たり前のように己の名を口にするアッシュに、ルークは目を瞬かせた。ちらりと目が合った彼は、ふいと視線を逸らす。

 アッシュ、もしかして照れてる?

 今までの行動パターンから、そのくらいはルークにも分かる。だから朱赤の焔は、少しだけ口元に笑みを浮かべた。下手に口を出すつもりであれば、後で頭を殴られるくらいの報復は覚悟しておかねばなるまい。

「承知致しました、アッシュ様」

 ペールも幼い頃のアッシュのことは知っている。その当時のことを思い出したのか、孫を見る老人のような優しい眼になって頷いた。が、すぐに表情を引き締めると僅かに声をひそめ、2人の焔に問いを投げかける。

「ところで、どうなされますか? バチカルを出られるのであれば、我らが護衛いたします」
「ここから? 確かに、バチカルは出た方が良いんだろうけど」
「護衛は一部で構わないだろう。本隊には城に母上を迎えに行かせて、そのまま屋敷の防衛に回って貰おう」

 少し考え込む仕草になりながら、ルークがアッシュに視線を向ける。アッシュもほんの少しだけ思考に潜ったが、すぐに顔を上げると結論を出した。今の彼らにしてみればバチカルは敵の中枢部と言っても差し支えない地ではあるが、母シュザンヌをそこから連れ出す訳にもいかないだろう。それは間違い無く、キムラスカとマルクトの戦争を再開させるきっかけになる。
 だが、それはつまり。

「ルークのママ、危ないの?」
「モースですからねぇ。シュザンヌ様の身に危害を与えて、マルクトのスパイのせいだとか理由を取り付ける可能性はあります」

 不安げに同僚の顔を見上げるアリエッタに、サフィールは癖の無い髪を掻き上げながら答えを提示した。視線を向けた先にいる真紅の目の譜術士は小さく頷くと、ペールに視線を戻す。ガイと彼を見比べるのは、既に2人が主従関係であったことを知っているから。

「取り急ぎ、アッシュの指示に従ってください。我々はしばらく、バチカルを離れます」
「旦那の言う通りだ。インゴベルト陛下がまだ落ち着いてものを考えられる状況じゃ無いからな。事態が収拾するまでの間、奥様の身の回りを固めておいてくれ」

 ジェイドの視線の意味を悟ったのか、ガイもまたペールに指示を下す。はっとした老将に、金の髪の青年はにいと不敵な笑みを浮かべて頷いた。

「皆は、俺のことを知ってる。心配するな、ペール」
「……御意、ガイラルディア様。お気を付けて」

 少ない言葉の中に込められた思いと事実を知り、ペールギュント・サダン・ナイマッハは深く頭を下げた。


 白光騎士団の1部隊に守られ、さらに別部隊が開いた道を通り抜けてルークたちは、バチカルの最下層まで降りて来た。そこでやっと、彼らの前にバチカルの守備隊が立ちはだかった。指揮を執っているのは、ジェイドの『記憶』の時と同じゴールドバーグ将軍である。

「大人しく城にお戻り頂こうか。上で何があったかは知らぬが少なくとも貴様らには王位簒奪、敵国への情報漏洩と言った嫌疑が掛けられている」
「有益情報なんて頂いていませんよ。貴方がたと違って、そんなつもりもありませんでしたから。失礼ですね」

 将軍の威圧的な言葉を、ジェイドは思わず軽口で返した。ぎろりと睨み付けるゴールドバーグの視線も、彼には特に気にならない。将軍の背後に並んでいる兵士の数が多いと言うことの方が、気に掛かる。
 これだけの人数を、出来るだけ傷つけないようにしてこの街を出なければならない。ティアの譜歌を以てしても、全員を眠らせるには至らないけれど。
 ルークやナタリアが、きっと悲しむから。
 そして、ナタリアが悲しむことを良しとしないのはジェイドやアッシュだけでは無い。

「姫様をいじめるな!」
「ナタリア様をお守りするぞ!」

 フライパン、お玉、箒、鍬、スコップ。家庭にある武器とも言えないものを手に持った住民たちが、兵士の背後から大挙出現した。
 さすがの兵士たちも、反逆者だと信じているルークたちが相手ならまだしもバチカルの民が相手である。躊躇しているうちに一部の兵士が戦列を外れ、住民たちがナタリアを中心としたルークたち一行を守る形になった。その中でジェイドだけは、僅かに首を捻る。
 『記憶』の世界では、恐らくアッシュの手引きによるであろう漆黒の翼たちの声により住民が立ち上がった。だがこの世界ではそもそもアッシュと漆黒の翼とは関わりが存在しない。

 誰が、動いてくれたんでしょう?

 一番に候補として上がるサフィールも、この状況に目を白黒させている。だから、彼が動いたのでも無いことは分かった。だが、いずれにしろ住民たちがナタリアを守るために立ち上がったことだけは事実。

「貴様ら! その者はキムラスカの王女の名を騙った偽者だ! その偽者を庇うとあらば、貴様らも同罪!」

 焦って叫ぶゴールドバーグだったが、その彼に返って来たのは住民の思いを込めた叫びだった。

「偽者がどうした」
「姫様のお顔は存じ上げませんでしたけどねえ、私らはナタリア様にはとってもお世話になったんですよ!」
「療養所を造ってくださったのはナタリア様じゃ。そのおかげでわしもこうやって、今生きていられるんじゃ」
「仕事が無くて困っていた俺たちを、港の開拓事業に雇ってくださったのは姫様だ」
「あたしたちはねえ、王女様が王家の血を引いているかどうか、なんてことは知ったこっちゃ無いんですよ。あたしたちのことを思ってくれた王女様だからこそ、お守りするんです」

 ジェイドが彼らの声を聞くのは『2度目』になる。前回と今に共通しているのは、ナタリアが真に国民に愛された王女だと言うこと。だからこそ、相手が武装した兵士であろうとも彼らはナタリアを守るためにこうやって出てきてくれたのだ。
 だが、『2度目』であるジェイドと違いゴールドバーグにはその思いは届かない。故に彼は兵士に命じ、武器を構えさせた。

「てめえら、守るべき民に剣を向けるか!」

 アッシュが剣の柄に手を掛けながら、吠えるように叫ぶ。『前回』とは異なり、ここで彼に盾になって貰うわけにはいかない。
 『前回』のアッシュは基本的にジェイドたちとは別行動を取っており、時折連絡をし合うことはあっても最後まで同じように道を進むことは無かった。だが『今回』、彼はアクゼリュスで合流してからずっと同じ道を歩んで来た。そのおかげでナタリアやルークを初めとした仲間たちとの結びつきは『前』よりもずっと強く、故にこのような形で不本意な別離を遂げるのはジェイドとしても避けたかった。
 また、エルドラントで彼が死んでしまわないとも限らないから。

「そうだね。ほんとに愚か者じゃないか、それでもバチカルの守備隊長かい?」

 そんなジェイドの思いを断ち切るかのように、黒髪黒瞳の詠師がその場に現れた。隻眼の彼女の背後には、彼女の部下である兵士たちが整然と並び立っている。

「カンタビレ!」
「貴方は……何故、ここに」

 ルークが目を丸くしてその名を呼ぶ。ジェイドはレンズの奥の目を見張り、言葉を詰まらせる。神託の盾騎士団第六師団長カンタビレは、悪戯が成功した子どものようににいと笑いかけて見せた。


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