紅瞳の秘預言54 方策

 『前回』とは違い、寝坊すること無く目を覚ましたルークを始め一行は、朝食を取った後全員がジェイドとサフィールの泊まっていた部屋に集まった。
 全員を招き入れて扉を閉めるとき、ジェイドは周囲を確認してから施錠することを忘れなかった。夜が明けぬうちにヴァンを初めとする神託の盾騎士団が街を発ったことは朝食時に宿の主から聞いていたが、念には念を入れてのことである。ヴァンのことだ、どこに諜報員を忍ばせているとも限らない。
 『前回』はそう言った周囲への警戒を怠ったため、あの世界では未だ味方で無かったスピノザを通じて地核振動停止計画がヴァンに漏れた。そして、シェリダンで多くの血が流された。
 あの惨劇を、『この世界』で再び起こさせるわけにはいかない。

「んで、要するに旦那がた」

 2人から受けた説明を、ガイは自身の頭の中で噛み砕いてまとめた。そうして、その結論が間違っていないかどうかを問う。

「ぶっちゃけて言うと、プラネットストームのせいで地核が振動してて、それが魔界の海の現状と障気発生の原因ってことで良いんだな?」
「はい」
「そうです」

 ジェイドは小さく、サフィールは満足げに答える。ルークを初めとする子どもたちも、金髪の青年の言葉に「なるほど」と頷いた。

 外殻大地を、魔界へと降下させる。
 創世暦時代の人間は、世界と人類を障気から守るために外殻大地の浮上を行った。それとは逆のことを現代の人間がやろうとしている、その意味と問題。
 それを、現在オールドラントに発生している問題の根源を突き止めることで、ジェイドたちは子どもたちに改めて理解して貰おうとしていた。
 地核が振動を起こしているために、魔界の表面が液状化現象を起こしていること。
 液状化したことによって出来上がった泥の海に障気が多分に含まれていることから、障気の発生も恐らくは地核振動に関係していること。
 それらを説明することで、ジェイドは子どもたちに現時点での問題を理解して欲しかったのだ。
 そうして、子どもたちはその思いに答えてくれた。

「んじゃあ、その液状化ってのを止めれば魔界もしっかりするし、障気も減ってくるんじゃねえか?」

 ルークが口にした言葉は単純なものだ。しかし、これから先の『未来』を知るジェイドにとってそれは、未来を見通した言葉とも思える。

「あら。ですが、元々魔界に存在するユリアシティや、先に降下したアクゼリュスやルグニカ大陸は現在のところ無事なんですわよね?」
「ユリアシティは確か、魔界に残された人々を保護するために造られた街って話があったかしら。でも、アクゼリュスはローレライがセフィロトの力で浮かせてくれてるんでしたよね」

 ナタリアの素朴な疑問には、この中では一番魔界に詳しいティアが僅かに首を傾げながら答える。最後が敬語に切り替わったのは、彼女の視点がジェイドに向けられたからだろう。

「ええ。ルグニカ大陸の降下した部分も、複数のセフィロトを相互に作動させることでどうにか浮いていると言う状態ですね」
「どうにか、ね」

 ジェイドの説明に、ガイが小さく溜息をつく。脳裏に広げられたオールドラント全域の地図にある、現在魔界にある範囲とそれを支えている3つのセフィロトの位置をチェックしてのものか。

「そうなると、外殻を全部降ろすとしても10……いや、ホドが無いから9か。液状化をほっといて、9つのセフィロトで支えると言うのは無理そうだな」
「そもそもパッセージリングの耐久年数も尽きかけてるようだしな。あれが停止すれば、セフィロトは大地を支える力を失う。いずれにせよ、降ろした大地は全て泥に飲み込まれることになるわけだ。ホドのように」

 額に手を当てて、肩をすくめながら首を振るガイの言葉の後を引き取りアッシュは髪を掻いた。
 セフィロトから発生させたツリーで外殻大地が2000年もの間維持できたのは、パッセージリングによるツリーの機能保持とディバイディングラインの存在が大きい。だが、既に16年前にホドセフィロトのツリーが消え、今はそれに加えてアクゼリュス・シュレーの丘・ザオ遺跡のセフィロトが魔界にある。そのために残されたツリー同士のバランスは崩れ、外殻大地自体が不安定な状態になっている。いつどこが崩落を起こしてもおかしくないのが現状なのだ。
 それを防ぐためには、残った6つのセフィロトを起動させ、外殻大地全体を降下させるしか無い。だが、液状化した泥の海に降下した大陸は程無く泥に飲み込まれ、やがてオールドラントは死の星と化すだろう。

「そうなると、液状化を止めて魔界の表面を固めて、その上に降ろすっきゃねーんだな」

 ルークの言葉が代表して結論を語る。それから朱赤の髪の子どもは、少しだけ考えて自分に出せる答えを口にした。

「でもさ、液状化の原因ってプラネットストームなんだろ? そしたらさ、魔界固める方法ってプラネットストームを止めろってことか?」
「いえ、それは出来ません。後々止めることにはなるかと思いますが、現状では無理ですね」

 無論、最終的にはそうなるだろう。だが現時点でそれは無理なのだと、ジェイドは朱赤の髪を指先で梳いてやりながら答えて見せた。「そっか」としょげた子どもの表情に、少しだけ顔を俯けてしまう。

「セフィロトツリーを構築しているのがプラネットストームだから、ですわね」
「そうだな。プラネットストームを止めたら、セフィロトツリーが消える。そうしたら外殻全体がずどん、だ」
「そうか。そりゃ無理だよな、分かった。ごめん」

 唇に人差し指を当てながら、ナタリアがジェイドの否定の意味を言葉にして紡ぐ。ガイが地面と水平にした掌を声に合わせてすっと下に降ろす様子を目にして、ルークは納得したように頷いた。

「つまり、プラネットストームを維持したまま何らかの形で地核振動を止める。その後で外殻大地をその上に降ろす。手順としてはこうですね? もしプラネットストームを止めるとすれば、それらが全て終わった後と言うことになりますけど」
「そう言うことです」

 ティアが考え考え、これから自分たちがすべきことを口にする。それは『前の世界』で、結果的にジェイドたちが辿った同じ道だ。
 『あの世界』では何度も後手に回ってしまい、技術者たちやアスラン、そしてルークの生命を失う結果に終わってしまった。『この世界』ではそうならないで欲しい、とジェイドは心の中で願う。
 そのためにはまず、目の前にある問題を解決しなければならない。

「で、サフィールが持って来てくれたこの禁書にはそのヒントが記されているんですよ」

 ジェイド自身『今回』は目を通した訳では無いが、ジェイドの『記憶』を知るサフィールがダアトから持ち出した禁書の内容は『前回』と同じものであるはずだ。何しろ、その内容は今後の計画において重要な位置を占めるものなのだから。
 そして、サフィールは当たり前のようにジェイドの『覚えて』いた同じ内容を口に出して説明して見せた。両手で禁書を持って、とても楽しそうに笑いながら。

「ヒントと言いますか、まあ創世暦時代の譜業機関の設計書みたいなものですね。プラネットストームを維持したまま地核の振動を停止させる音機関について書かれています」
「そんなことが出来るのか?」
「みたいですよ。ま、預言に無いことだったらしくて禁書扱いされちゃいましたけどね」

 目を丸くしたアッシュに、笑みを浮かべたまま頷くサフィール。ジェイドのためになること、更に創世暦時代の譜業に関することであるからこその、この上機嫌なのだろう。

「なるほど。旦那たちだけじゃ手に余るから、その音機関の復元をここの技術者に任せたいって腹だな」
「理解が早くて助かります」

 同じく音機関好きであるところのガイと、大変楽しそうに顔を見合わせている幼馴染みの顔を見て、ジェイドは少しだけほっとした。
 『前回』とは違い、サフィールはジェイドの味方として何くれなく世話を焼いてくれている。昨晩も彼のおかげでジェイドはゆっくり休むことが出来たため、今朝の目覚めはそれは爽快なものだった。
 誤解を解いて仲を修復さえしていれば、『前の世界』であそこまで対立を続けることも無かったのだと今更ながらに気づかされる。ピオニーがサフィールのことをずっと気に掛けていた理由も、『2度目』を過ごしている今のジェイドには理解出来た。
 友人を気に掛けるのは、当たり前のことなのだと。

「だが、ここの技術者たちには皆父上とヴァンの息が掛かっている。大丈夫か?」

 ジェイドの思考を途切れさせたのは、『前回』とほぼ同じアッシュの言葉だった。あの時は彼の口調についてアニスが笑ったのだけれど、今彼女はここにはいない。いや、いたとしてもアッシュの言葉に笑うことは無いだろうが。

「ファブレ公爵の影響力はともかく、主席総長の方は何とかなりますよ。元々ここの責任者は私ですし」

 そして、アッシュの不安にもサフィールは平然と答えてのけた。彼に加えてスピノザもこちら側についているらしいことから、『前回』のような強襲の可能性は低いのでは無いかとジェイドは思う。だが、スピノザ以外にヴァン側の人間が残っていない保証は無い。油断は禁物だろう。

「では、その技術者の方々にお会いしましょう。きっと、分かってくださるはずですわ」

 そんなジェイドの気も知らず、ナタリアは穏やかに笑みを浮かべた。彼女にして見れば自分がインゴベルト王の娘で無いと知らされてからさほどの時間も経っていないはずだが、アッシュが側にいるせいか落ち着いているようだ。

「ああ、それに俺にもちょっと手があるんでね。大丈夫」

 そう言えば、『前』は貴方にお世話になりましたっけね。

 ガイのどこか胡散臭げな笑顔に、ジェイドは『前回』の顛末を思い出す。彼の音機関好きと言う性癖には何度も世話になったけれど、あの時もそうだった。


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