紅瞳の秘預言56 始動

 やがて、話題は次に訪れるセフィロトに移った。い組の技術者たちも創世暦時代の譜業機関であるセフィロトについては興味津々であり、ジェイドによって全ての位置を記された地図を身を乗り出して覗き込む。

「えーと……ホドが動いて無くて、アクゼリュスとシュレーの丘とザオ遺跡が魔界。ラジエイトゲートとアブソーブゲートは後回しだから、後4つか」

 既に機能していない1つと、魔界にある3つのセフィロトにそれぞれバツを付ける。両極にあるゲートには違う印を付けて、ルークは残った数を確認した。

「どこから行くですの? ボク、わくわくですのー」
「はぐれないよう気をつけてくださいましね、ミュウ。残ってるのはタタル渓谷、メジオラ高原、ザレッホ火山、ロニール雪山ですわ」

 耳をくるくる回す青いチーグルの頭を撫でてやりながら、ナタリアが訪れるべき地名を詠み上げる。キャシーがそれぞれの個所を確認して、指先で頬を掻いた。

「主席総長は、どこにセフィロトがあるか知ってるのかねえ?」
「ロニール雪山は、知ってる。酷い雪崩があったから、探すの大変だって言ってた」
「なるほどねえ」

 アリエッタがたどたどしく答えるのに、キャシーは微笑みながら頷いてその頭をやんわり撫でてやった。年齢より幼い容姿の彼女は、キャシーにしてみれば可愛い孫娘のように思えるのかも知れない。

「ザレッホ火山は知ってておかしくなさそうだな。ダアトから通路がありそうだ」
「メジオラ高原とタタル渓谷は知らないと思います。知っていれば、兵を派遣しているでしょうからね」

 不機嫌そうな顔のままのアッシュに対し、イオンは少しだけ落ち着いた笑みを浮かべながら自分が上げた2つの地を指差した。
 シェリダンの西に広がるメジオラ高原、ケセドニアの北にあるタタル渓谷。この2つは街からほどほどに離れてはいるが訪れにくい場所ではない。そこにセフィロトが存在することをヴァンが知っていれば、既に彼は六神将を派遣してその制圧に動いているだろう。

「ロニール雪山は気候も厳しいですし、強い魔物が多いと聞きます。雪山対策を十分にしてからの方が良いでしょうね」
「ザレッホ火山も後が良いよう。モースや主席総長をどーにかしてからじゃ無いと、絶対邪魔して来るもん」

 『前回』の旅を覚えているジェイドの言葉に続き、アニスが腕を振り上げて主張する。『今回』の彼女には両親というモースの鎖は存在せず、故にその主張は純粋に彼女の考えであるだろう。

「メジオラ高原も、状況が落ち着いてからの方が良くないかしら? キムラスカ領内だし、兄さんにバレたら確実に六神将が来るわ」

 ティアが大きく溜息をつきながら、とんと地図を指で叩いた。そうなると、残る候補は1つしか無い。
 『前回』も、まずはこの場所から始めたはずだとジェイドはふと思い出した。その彼の気を知ること無く、ルークは同じ顔をした青年と顔を合わせて頷く。

「じゃあ、まずタタル渓谷に行くか」
「そうだな。マルクトの領内だから、死霊使いたちがいるなら動きやすい」
「そうですね。振動数の計測も、そちらで行いましょう」

 ジェイドも頷いてしまってから、ふと目を見張る。
 ルーク、アッシュ、ティア、ナタリア、イオン。
 第七音譜術士である子どもたちが、じっと自分を見つめていることに気づいたから。

「何です? 私の顔に、何かついていますか?」
「あ、いや別にー」

 不思議そうに尋ねられ、彼らは初めて自分たちの視線が青の軍人に集中していることに気づいたらしい。慌てて目を逸らす彼らを、ミュウとアリエッタは同じように目を丸くして眺めていた。

「……ご主人様たち、どうしたですの?」
「アリエッタ、わかんない」

 首を傾げた空色の聖獣に、桃色の髪を持つ少女はふるふると首を振ることで答える。彼らやガイやアニス、そして大人たちは第七音譜術士たちの知る『夢』を知らない。

 こんこん、と扉をノックする音がした。「何じゃ?」と言うヘンケンの声に重なるように開かれた扉の向こうから姿を現したのは、屋敷の現在の主であるビリジアン知事だった。

「失礼します。ナタリア殿下、ルーク様」
「知事。どうなさいました?」

 少し焦った表情の知事に、ナタリアが訝しげな顔をする。こほんとひとつ咳をして、知事は全員の顔を見渡すと口を開いた。

「はい。秘密裏に内偵させておりましたところ、音機関研究所の所員の数名が神託の盾の間諜であることが判明しました。外殻大地の問題についても、既に漏れた可能性が高いかと」
「ち、やはりか」

 露骨にアッシュが顔を歪める。一方サフィールは、一瞬だけ眼を細めた後金髪の青年に視線を向けた。

「ガイ。い組の方々を連れて、シェリダンに移ってください。あちらの方がまだ、神託の盾との結びつきは緩いですから」
「了解。あっちに行けば最悪、アルビオールで逃げられる」

 即座に頷いたガイの反応に、ヘンケンが思わず拳を握った。興奮したのか、顔が紅潮している。

「ええ!? 冗談じゃ無いわい、せっかくの音機関にめ組の連中が出しゃばってきよる!」
「そのようなことをおっしゃっている場合では無いでしょう! 世界を救うどころか、その前に貴方がたの身に危険が及ぶかも知れないんですよ!」

 『ベルケンドのい組』と『シェリダンのめ組』。2組の技術者集団の諍いは、その実彼らが結託することを恐れた神託の盾……引いてはヴァンの陰謀である可能性が高い。だからであろうか、普段は冷静な方であるティアが大声を張り上げた。彼女はそもそも、兄の野望を止めたくて外殻大地へと踏み出して来たのだから。

「喧嘩、だめ。ヴァン総長、ここにいたらきっといじめに来る」
「そうそう。神託の盾、主席総長にいっぱいついてったんだよ? みんなで来たらどうすんの」
「みゅう。喧嘩はだめですのー、しょんぼりした顔は見たくないですのー」

 アリエッタ、アニス、そしてミュウも声を上げる。外見上年少組とも言える彼らにそう言われて、老人たちは思わず口をつぐんだ。子どもたちが純粋に自分たちを案じる気持ちが伝わったのだろうか。

「もしかしたらヴァンは、もうリグレットか誰かに動いて貰っているかも知れませんね」
「……兄さんの、馬鹿」

 考えながらイオンが口にした言葉に、ティアは半ば呆れたように肩を落とした。ヴァンの実妹でリグレットの教え子でもある彼女にとって、その2人と完全に対立することは辛いのだろう。

「主席総長、裏切り者には冷たいですからねえ。それで私も顔合わせたくないんですけど」
「ヴァン謡将に会いに行くとき、上手く席を外してたのはそれでかよ」
「済みません、ずるい大人で」

 腕を組みつつぼそりと呟いた銀髪の学者は、ガイの非難がましい視線をしれっと受け流した。彼レベルの図太い神経を持っていれば、ティアはもう少し気楽に構えていられたかも知れない。
 と、サフィールがふと何かを思い出したように目を見開いた。そうして、自分を見ている青年を見返すように首を少しだけ傾げる。

「あー、ガイ。シェリダンに着いたら、港を空けておくよう頼んどいてくれませんかねえ」
「何でだよ? ディストの旦那」
「振動停止装置を地核に降ろすのに、頑丈な船が必要だと思うんですよ。まだローテルロー橋にタルタロスが係留されてるはずですから、ついでに呼びつけておきます」

 そう告げたサフィールに、金髪の青年はにいと青い眼を細めた。しばらく会っていないあの譜業人形は、今も元気に陸艦を守ってくれているだろうか。


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