紅瞳の秘預言57 感謝

「威張るところじゃ無いですよ? 大体貴方、まだ7歳でしょうが」

 そのまま朱赤を撫でつつ、サフィールは普段通りの口調で話しかける。ぱちくりと眼を瞬かせたルークの頭をぽんぽんと軽く叩いて、その手はそっと離された。

「貴方、私やジェイドの5分の1しか生きて無いんですよ。まだまだ人生先は長いんですから、しっかりいろんなことを覚えて成長しなさい」

 ね、と小さく首を傾げつつジェイドに笑いかけるサフィール。苦笑でそれに答えてから、ジェイドはルークの顔を改めて見つめた。

 そう言えばこの子は、まだそんな年齢だった。
 『前の世界』では、そんな幼子を自身のわがままで殺してしまった。

 一瞬哀しい色を帯びたジェイドの顔を覗き込もうとしたルークの耳に、仲間たちの声が飛び込んで来た。

「そう言えばそっかあ。ルーク、あたしより年下なんだよねー」
「ルークより下なのはそこのチーグルとライガと……後は導師くらいか?」
「ええ。ディストの言い方を借りれば、僕はまだ2歳ですから」

 アニス、アッシュ、イオン。真紅の焔を挟んでの会話は、『前』には見られないものだった。アッシュが当たり前のようにルークの名を呼ぶ光景も、『今』で無ければあり得ない。
 世界は確実に、『記憶』とは異なる歴史を進んでいる。それを理解して、ジェイドは胸の奥だけでほっと息をついた。
 それから、7歳の『我が子』が自分をじっと見ているのに気づいて、指先で眼鏡の位置を直す。この子の目に、今の自分はどんな顔をして映っているのだろうかと考えながら。
 無論、その考えはルークには分からない。ジェイドが何を考えているのかに気づかぬまま、朱赤の焔はジェイドと、そしてサフィールを何度か見比べて、こほんと1つ咳をした。

「なあ、ジェイド、ディスト」

 改まった表情をしてルークは、2人の大人たちを見つめる。その表情に、思わずジェイドとサフィールは顔を見合わせた後、姿勢を正した。

「確かにディストの言った通り、俺はまだ大してこの世界で生きちゃいない。だけど俺、本当にこの世界に生まれて良かったと思う」

 同行者たちの視線が集まる中、ルークは真っ直ぐに『生みの親』たちへと自分の思いを語る。きゅっと胸元で握った拳は、怒りではなく喜びをその中に包み込んでいる。
 そして。

「俺をこの世界に生まれさせてくれて、ありがとう」

 その言葉を朱赤の焔は、とても嬉しそうに口にした。

「……いえ」

 ジェイドが、小さく首を振る。サフィールは口を開くことも無く、親友に視線を移した。
 金の彼が言いたいことを、銀の彼は分かっているから。

「私の方こそ、貴方にはお礼を言わなければなりません」

 サフィールが考えている言葉をそのままに口にしながら、ジェイドは1歩2歩と踏み出した。そうして、ルークの目の前にまで進み出る。
 少年が拳を握った手を、グローブで覆われた青い両手でそっと包み込む。見上げたルークの視界に映ったのは、どこかあの『夢』で見た笑顔にも似た、ジェイドの微笑み。

「私に人の感情をくれて、ありがとうございます。ルーク」
「え?」

 一瞬ルークは、ジェイドの言葉の意味を汲み取ることが出来なかった。何度も目を瞬かせているうちに言葉を飲み込むことは出来たけれど、その意味はやはり理解出来ない。
 ルークにとってのジェイドは、最初から普通に笑ったり悲しんだりしてくれる人だったから。

「……あー。言葉はあれですが、ともかくジェイドは本気で貴方に感謝してるんですよ」

 がりがりと自分の銀髪を掻き回しながら、サフィールが横から口を挟んだ。この中ではジェイドと一番長く付き合っている彼であり、その『記憶』を知るからこそ、幼馴染みが紡いだ言葉の意味を汲むことが出来る。
 最初の『結末』へと至るまでに、ジェイドは遅ればせながら己の感情をゆっくりと育てて来た。『戻って』来た時にはルークたちの知るジェイドになっていたけれど、そこまで彼を『育てた』のは間違い無くルークなのだ。
 故にジェイドは、ルークに礼の言葉を述べた。その意味を知る者は、『この世界』にはほとんど存在しないけれど。

「だから、受け取っておきなさい」
「……うん」

 言葉の意味を知る数少ない人物にそう言われて、理解出来ないながらもルークはこくんと頷いた。くるりと仲間たちの顔を見渡して、今度は力強く頷く。第七音素の素養を持つ者たちには、その意味が分かっただろう。

 本当にありがとう、ジェイド。
 守るから。

 貴方が、光に消えないように。


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