紅瞳の秘預言64 守護

 会談を終えたインゴベルト王とファブレ公爵は、ルークたちや同行を希望したイオンと共にアルビオールでバチカルに戻って来た。ピオニーと共にグランコクマへと飛んだジェイドやサフィールとは、彼らを送り届け次第シェリダンで合流することになっている。
 テオドーロ市長から、外殻大地降下計画については自分が一任されたと言う話を聞かされた。つまり、インゴベルトもピオニーも計画自体については了承したと言うことだ。そうして王と皇帝は国に戻り、計画を政府に伝えると共にその後のプラネットストームの扱いについての会議を持つことになったとも聞いている。
 既にジェイドやサフィールから、地核振動の原因がプラネットストームであることは明かされていた。日々の生活を担うために必要なエネルギー源ではあるけれど、そのまま使い続ければいずれは暴走し、オールドラントを破壊することになる。
 だから、自分たちはオールドラントに生きる者としてプラネットストームに依存した生活からの脱却を図らなければならない。それを互いの国民たちに伝えるのが為政者の義務だとインゴベルト王は、愛娘と2人の甥たちに語った。

「案ずることは無い。未来へと進むためだ、大臣たちはわしの責任において説得して見せようぞ」
「お願いいたしますわ、お父様」

 飛晃艇の座席に父と並んで座るナタリアは、とても楽しそうに微笑んでいる。父王がナタリアの良く知る王に戻ってくれたことが、嬉しくてならないのだろう。親子の絆が再び、そして以前よりも固く結ばれたことも無関係ではあるまい。
 それは、王の義弟に当たるファブレ公爵とて同様だった。預言に死を詠まれた息子たちが欠けること無く生き延び、こうやって今一度父子として向き合うことが出来るのだから。
 王やナタリアよりも後方に、通路を挟んで、並んで座っている2人の焔。その我が子たちを、公爵は先ほどからちらちらと伺っていた。やがて心を決めたように1つ頷くと座席を立ち、息子たちへと歩み寄る。

「あれ? どうしたんですか、父上」

 同時に顔を上げ父に視線を向けた子どもたちのうち、声を上げたのはルークだけだった。アッシュはちらりと父の顔を伺い、訝しげな表情を浮かべる。ファブレの屋敷にいた頃からアッシュは自身の感情を抑え込んでいることが多く、子どもらしく無いところがあったものだが……今もそれはそのままらしい。
 我が子を正面から見ること無く父親面をしていた自分の責任もあるのだろうと胸の中で呟きながら、公爵はゆっくりと言葉を口にした。

「ルーク、アッシュ。折があれば、2人揃ってファブレの屋敷に一度戻って来なさい。シュザンヌがお前たちのことを気に掛けていてな」
『え?』

 全く同時に、2つの声が同じ答えをこぼす。一瞬目を見開いた表情はとても良く似ていて、この2人が同じ姿をしているのだと言うことがはっきりと分かった。
 だがそれは一瞬だけで、すぐにその表情は異なるものに変化した。

「あ……はい!」

 ルークは明るく笑って、大きな声で答えた。

「……はい、父上」

 アッシュは少しだけ微笑んで、小さく頷いた。
 オリジナルのアッシュから生まれた存在である、レプリカのルーク。だが、今の反応を見ただけでも2人が違う性格を持つ別人なのだと言うことは分かる。ひとまず公爵は、オリジナルとレプリカと言う存在の意味を忘れることにした。
 そのような意味など、もう必要が無いから。

「白光騎士団の者たちも、お前たちの帰りを心待ちにしている。ガイ、お前もだ」
「え、俺もですか?」

 2人の子どもたちを身近なところで見守っていてくれた金髪の青年は、今回は珍しく2人の後ろの席に座っている。その彼に話を振ると、海の色の瞳が何度も瞬いた。

「うむ。マルクトに戻るかどうかはお前の自由だが、何にしろしておくべきことはあるだろう?」

 マルクトの貴族の嫡男であったガイは、だが同時にファブレの息子たちにとっては養い親でもあった。ガイがマルクトに戻ることになればルークは寂しがるだろうが、彼がどのような道を選ぶかを公爵は本人の判断に任せるつもりである。それをガイも理解したようで、ほっとしたように微笑むと少しだけ頭を下げた。

「はい、分かりました。旦那様」

 青年の言葉に焔たちも笑顔を向け合ったが、朱赤の子が少しだけ考える表情を浮かべた。そうして父の顔を見つめ直す。

「父上、家に帰るときジェイドもディストも一緒に連れてって良いよな?」
「……むっ」

 ルークが挙げた2人の名に、公爵は思わず顔をしかめた。
 マルクトの『死霊使い』ジェイド・カーティスと、現在はマルクトにその身を置くと言うダアトの六神将『死神ディスト』。
 キムラスカ軍を幾度と無く打ち倒して来た紅瞳の軍人と、その彼を補佐する譜業の天才学者。
 その2人が息子たちと旅路を共にしている理由を理解出来てはいたけれど、それでもほんの僅か前まで敵と呼んでいた国の人物を自らの屋敷に招くことにはやはり抵抗がある。

「父上」

 だが、真紅の焔が重い口を開いた。同じ声質ではあるけれどルークよりも少し低いその声に、父親は息子の顔を見つめ直す。

「あの2人がいなければ、俺はこうやってルークと共に進むことはありませんでした。彼らは俺と、そしてルークの大恩人です」

 真剣な眼差しで真っ直ぐに父を見つめ、アッシュは言葉を紡いだ。続けて「そうだよ、父上」と『兄』の言葉に頷いて、ルークが口を開く。彼もまた、その眼差しは今までに無いほど真剣なものだ。

「ジェイドは何度も、身を挺して俺を守ってくれた。ディストはアッシュのこと助けてくれたし、他にもアニスの父上や母上とか、いっぱい助けてくれてる。2人とも大事な仲間なんだ、お礼なんてどれだけ言っても足りないよ」
「…………」

 ルークに指摘を受けるまでも無い。『ケテルブルクの双璧』がその知恵と力を駆使し、2人の息子とその仲間たちを守り続けていることくらい公爵にも分かっている。今回の和平条約締結にも、彼らが動いてくれたことが大きい。ただ、『敵国皇帝の懐刀とその親友』が何の打算も無しにそのような行動を取っていることが彼には信じられなかった。
 彼らが仕えている皇帝を、自らの目で見るまでは。
 先代皇帝の好戦的な印象が残っていたインゴベルトやファブレ公爵の前に現れた今代皇帝ピオニー。彼の若いながらも堂々とした態度と先帝の過ちを自ら口にするその潔さ、そして子どもたちに見せた裏表の無い表情は、その印象を払拭させるに十分なものであった。
 彼ならば、彼の身近に仕えている者たちならば、きっと。

「……そうだな。カーティス大佐やディスト殿には、お前たちが大変世話になった。父として、私からも礼をせねばならんだろう」

 屋敷から消え去る前と比べて、ルークは素晴らしく成長した。まだまだ言葉遣いには乱暴なところもあるけれど、他人を気遣い自ら動こうとするその言動は屋敷の中だけで暮らしていた頃の彼には無かったものだ。
 それは、ジェイドを初めとする友人たちとの短くは無い旅路の中で育まれた。右も左も分からぬ状況に投げ出された実年齢7歳の幼子は、多くの人々と触れ合い様々な経験を積むことで優しく、強い少年としてバチカルに帰って来た。
 その子を父親は、祖国繁栄の生け贄として捧げるためにアクゼリュスへと送り出した。けれど同じ旅路を歩んだ仲間たちが、その生命をすくい上げてくれた。妄念に囚われていた、もう1人の息子をも。
 確かに、礼はどれほど言っても言い足りない。父親が率先して守らなければならなかったはずの我が子を、その身を挺して救ってくれた彼らには。
 だから公爵は、ほんの僅か表情を緩めてゆったりと頷いた。マルクトに対する嫌悪感が消えたわけでは無いけれど、それよりも息子を救われたと言う恩義の感情の方が強く彼を支配しているから。

「是非、皆で来なさい。その代わり、きちんと先に連絡を入れること。失礼の無いように準備をせねばならんからな」
「うん。……もう、ジェイドのこと悪く言わないでくれよ」
「大丈夫だ。アッシュ、ルーク。お前たちの恩人に、もう、そのようなことはしないと約束しよう」
「お願いします、父上」

 ほっとしたように笑ったルークと、彼の表情を見て安堵の笑みを浮かべたアッシュの表情を見比べながら、ファブレ公爵は胸の内で呟く。

 私は……今から父親をやり直すことが出来るのか。
 何よりも、それを感謝せねばなるまい。

 ありがとう。


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