紅瞳の秘預言64 守護

 それぞれの王を首都へと送り届けたルークたちとジェイドたちは、シェリダンの街で再び合流した。先遣隊としてインゴベルト王が手配してくれたキムラスカ軍の部隊が、少人数ではあるが街の警護を始めてくれている。近く、ベルケンドやバチカルから追加の部隊が派遣されて来るはずだ。ギンジのアルビオールが何度も空を飛んでいるのは、彼らを運んでいるためだろう。

「ヴァンにとって、地核振動の停止は彼の計画を遅らせる要素になりますからね。恐らく、妨害を行って来ます。だから、インゴベルト陛下にお願いして守備隊を増やして貰ったんですよ」

 にっこり笑ってそう告げたのはイオンだった。彼もまたカンタビレやアリエッタに指示を出し、シェリダンや港とその周辺に監視の目を張り巡らせていると言う。そう言えば、時折空を飛ぶフレスベルグやグリフィンの姿が視界の端に見えていたか。
 『前回』彼らは警戒すべき状況であったにもかかわらずそれを怠り、老技術者たちの生命を散らすことになってしまった。だが『今回』は、それと無くジェイドやサフィールが注意を促していたことが幸いしている。
 この地がマルクト領であれば、ジェイドが直接ピオニーに働きかけて兵士の数を増やすことが出来る。だがここはキムラスカの領地であり、マルクト所属であるジェイドたちはその力を発揮することが出来なかった。それに気づいていたのかどうかは分からないが、イオンが自身のキムラスカへの影響力を駆使してくれたのだ。

「兄さんについて、神託の盾を離れた兵士が多いと聞いていますが」
「ええ。おかげで教団は大規模な再編を余儀なくされていますよ。……六神将が半分残ってくれているだけでも、僕としては有り難いんですけどね」

 ティアが恐る恐る尋ねて来た言葉に、イオンは苦笑しつつ肩をすくめて見せる。これはヴァン自身のカリスマ性に由来するものなのだろうが、さすがに目に見える形でそれを示されては溜まったものでは無い。
 自分が、あくまでもお飾りの導師であるのだと再確認されているようで。

「とは言え、私はもうマルクトですしねえ」

 がしがしと癖の無い髪を掻き回しつつ、サフィールは口を尖らせた。もっとも彼には、今更ジェイドの補佐と言う立場を捨ててまでダアトに戻る気は毛頭無い。サフィールの存在がジェイドの拠り所になっているであろうことはイオンも理解しているから、微笑んで頷いた。

「それは分かってるんですけれど、しばらく兼務して貰えませんか? 業務引継とかは済ませて欲しいんですよね。フォミクリー以外にも貴方の残した譜業はいろいろあるんですから」
「まあ、そりゃ構いませんよ。ジェイドの邪魔にならない範囲でさっさと片付けますね」

 サフィールも、神託の盾に残して来た部下や譜業のことは気になっていたらしい。だから、イオンの提案を素直に受け入れた。

「ディストは、ジェイドと一緒に頑張って。イオン様はアリエッタが、アニスと一緒に守る」
「とーぜんじゃん、あたしは導師守護役だもん。だからディスト、大佐を大事にするんだよお?」
「ジェイドを大事にするなんて、当たり前じゃないですか。導師はお任せしますから、頑張りなさいね」

 導師を挟んだ位置に立ち、アリエッタとアニスは無邪気に笑う。オリジナルのイオンをずっと慕っていたアリエッタにとっても、現在のイオンにのみ仕えているアニスも、今この場所にいる緑の髪の少年を様々な害から守ろうとする思いは同じだ。それをジェイド第一思考のサフィールがちゃんと理解出来ているのかどうかは、本人にしか分からない。
 仲間たちの会話をじっと聞いていたガイは、ふと真紅の焔に視線を移した。彼もまた、現在の地位は神託の盾の中にある。だが、キムラスカの王位継承権を持つ1人であることに違いは無い。

「アッシュはどうするんだ? 俺と一緒で、一度はファブレに戻った方が良いんじゃ無いか?」
「そうだな。今後どうするにせよ、一度家に戻らなければならんとは思っている」

 アッシュ自身、それは当然のことだと思っている。自分が神託の盾に残る気なのか、キムラスカ王族としてバチカルに戻るのかは未だ決めていないようだ。
 もっともそれが、ナタリアにとっては不満でならないようだ。思わず身を乗り出し、アッシュを睨み付けるようにその顔を見つめる。

「……アッシュ」
「だからナタリア、そんな顔をするな。俺が何処に行くにせよ、死ぬまで会えないわけじゃ無いんだ」
「ずっと傍にいてくださるとおっしゃったでしょう。その言葉を信じていますわよ?」

 僅かに怒りを含んでいるナタリアの瞳は、少しだけ潤んでいる。7年もの間引き離されていた恋人の傍から離れたくないと言う彼女の思いは、強い。
 それを分かっているかのようにアニスは、少し大袈裟に腕を組みながらうんうんと大きく頷いた。

「うん、あたしアッシュはキムラスカに戻った方が良いと思う。ダアトに戻って来ちゃったらナタリアも気が気じゃ無いだろうし、アッシュもアッシュで多分ナタリアのことが心配すぎて仕事になんないよ」
「な、て、てめえ……」
「ああ、ダアトは心配しないで良いですよ。アリエッタもアニスもカンタビレもいてくれますし、トリトハイムにもう少し頑張っていただければ何とかなりますから」
「アッシュ。ナタリアのことこれ以上泣かせたら、アリエッタ怒る」

 耳まで赤くした真紅の焔に、追い打ちを掛けるようにイオンとアリエッタが畳み掛けて来る。さすがにこれ以上の反撃は無駄だと悟ったのか、アッシュはぷいと視線を逸らした。その腕にぎゅうとしがみついたナタリアを、振り払うことはせずに。

 ほんの少しつまらなそうな表情を浮かべたサフィールが、さりげなくジェイドに寄る。声を落とし、耳元で囁いた。

「あの子たちは良いとして、まだ見つかんないんですよねえ。例のフローリアン」
「『前回』彼の存在が分かったのは、外殻大地が降下してしばらく経ってからでした。モースが上手く隠してるんだと思います」

 ジェイドもささやかな声で答えると、小さく溜息をついた。
 イオンやシンクの『兄弟』に当たるフローリアンの存在は、今になっても掴めていない。サフィールもアクゼリュスに向かう前、ダアトに戻った折に調べては見たもののその存在を示す証拠が見つかることは無かった。その後も折に触れては調査の手を伸ばしているのだが、相変わらず彼を見つけ出すことは出来ないでいる。
 ヴァンは神託の盾を離れたが、モースは未だローレライ教団大詠師の地位にある。ならば彼らの差し金によって生み出されたレプリカイオンの1人であるフローリアンの存在など、微塵の証拠も無く隠し通すことが出来るだろう。『前の世界』ではイオンの死と言う最悪の事態を迎えた後でやっと、その代替として利用されたことで彼が生きていることを知ることが出来たのだ。まさか、既に死んでしまっている訳では無いだろう。

「……まあ、そこまで行かないと状況が落ち着きませんもんね。それから何とかしましょうか」

 外殻大地降下を成し遂げなければ、世界が落ち着くことは無いだろう。そう結論づけて、サフィールは銀の髪をくしゃくしゃと掻き回した。


 そして、数日。キムラスカ軍部隊の増派もされ、厳重な警戒態勢の中地核振動停止装置は完成した。ジェイドが『覚えて』いる通り装置は守りの殻として改造されたタルタロスの中に設置され、ジェイドとタルロウを初めとした仲間たちがそれを地核まで送り届ける。その後は、圧力中和装置を付けたノエルのアルビオールで地核から脱出する、という手筈になっている。甲板上に上昇気流を生成するための譜陣が描かれていると言う点も、『記憶』そのままだった。同じ禁書を元に計画を組み上げたのだから、当然同じような展開になるのだけれど。
 ただ、向かう先は魔界に街が残っているアクゼリュスでは無く、ホド跡地と決定された。泥の海を通り抜け地核にまで至るためには、大地が未だ存在しているアクゼリュスは適していないからだ。

「ホドまで……5日前後でしたっけ」

 全ての説明をい組とめ組から聞き終え、アストンの譜術障壁発動を待ちながらサフィールは地図を睨み付ける。アクゼリュスに向かう時とは方角が異なるが、いずれにせよシェリダン港からの航行距離はそれほど変わらない。つまり、タイムリミットもジェイドの知る『前回』とほぼ同じだと言うことだ。即ち、地核突入から脱出までは10時間弱で終了させなければならない。

「ええ。なかなかギリギリの旅路ですよ」
「海上航行はタルロウが頑張ってくれるから良いけど、ホドに着いてからが勝負だな」

 地図に記されたホドの位置を指先で弾いて、ガイが溜息をつく。そこへ、タマラが扉を開けて顔を出した。

「坊やたち。狼煙が上がったよ、行っておいで」
「あ、うん」

 一番にルークが頷いて、ひょいと跳ねるように椅子から立ち上がった。足元にまとわりつくミュウを肩の上に乗せて、仲間たちを見回す。

「よし。じゃあみんな、行こう」
「ええ。行きましょう」

 互いに顔を見合わせて頷き合ったルークとティアを見て、アニスがにんまりと意地悪そうな笑みを浮かべる。そのまま彼らは、待機所としていた集会所を出た。


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