紅瞳の秘預言 74 情報

 前回同様ホテルの手配をネフリーに頼んだルークたちが知事公邸を出ると、入る前とは異なる光景がそこに広がっていた。
 無彩色に近い彩りの街並みには似つかわしくない、極彩色の衣装を纏った人々が通りを練り歩いている。さほど多くはない通行人に、チラシを配っているようだ。子どもたちの手には綺麗な色の風船も渡っていて、まるでバチカルにあるファブレ邸の庭のように華やかである。
 つい顔を綻ばせた少女たちとは裏腹に、ルークはぽかんと目を丸くして彼らに見入っていた。それから金の髪の育て親に視線を向け、単純な言葉で問う。

「なあなあ、あれ何だ?」
「サーカスだよ。こっちに来てたんだな」
「この街、大人向けの娯楽は充実してるんですが子どもには退屈でしょうからねえ」

 楽しそうに眼を細めていたガイの答えと眼鏡の位置を直しながらのサフィールの説明に、ルークは「へー」と興味津々の表情で派手な色の衣装を見つめている。
 と、彼らの視線に気づいたのか、チラシを配っていた細身のピエロがひょこひょこと歩み寄って来た。ルークの顔を覗き込み、厚化粧の顔でにやりと笑ってみせる。

「はーいはーい坊や、サーカスはいかがかなー?」
「え……あ」

 自分が誘われているのだと気づいて、ルークは少しだけ身を引いた。
 時間があれば、余裕があれば、自分だってサーカスというものを見てみたい。
 バチカルに来たことがあったのかも知れないけれど、その時自分は屋敷の外に出ることすら出来なかったから。

 でも、どうせなら。
 ジェイドと一緒に見たいなあ。

 ジェイドは、楽しんでくれるかな。

「ごめんな。俺たち忙しくてさ、ちょっと余裕無いんだ」

 さらりと流れるくすんだ金髪を思い出し、ルークは済まなそうに首を振った。ピエロは「ありゃ〜、残念」と笑顔を崩さないまま少年から離れ、くるりと身を翻してサフィールの前に滑り込む。手の中に掴んだチラシの束から一番上を取り、彼の目の前に差し出した。

「ま、チラシでも貰ってってくださいな? 旦那ぁ」
「……」

 子どもが興味を引くように色とりどりのインクで印刷されたチラシにざっと目を通し、サフィールはレンズの奥で眼を細める。するりとそのチラシを取り上げると、懐から数枚の紙幣を取り出してピエロが持つチラシの束の上に乗せた。

「寒いところ、ご苦労様です。これで温かいものでもどうぞ」
「ありがとうございます。どうぞ、機会がありましたら『暗闇の夢』を楽しんでくださいよ」

 ピエロはにいと歯を剥き出して笑うと、さりげない仕草で紙幣を自分の懐に押し込む。少々大袈裟に礼をすると、そのままサフィールから踊るように離れていった。
 彼の姿がサーカスのメンバーの中に紛れた頃、ティアが顎に手を当てながらサフィールに視線を向けた。

「ネイス博士、どうしてお金を?」
「ああ、情報料ですよ。どうぞ、ティア」

 彼女が疑問を持つのも当然だろう。サフィールはひらりとその手に、渡されたばかりのチラシを載せてやる。派手な色のチラシにはサーカスのイラストと興行日時が印刷されているのだが、その余白には黒いインクで走り書きがしてあった。

 街外れに神託の盾部隊の高速艇あり。恐らくは黒獅子。気をつけられたし。

「まあ、これは」

 目を丸くしたティアの横からチラシを覗き込み、ルークも碧の目を見張った。同じ表情を浮かべながら、アッシュが少女の手からチラシを抜き取る。

「なるほど。世界中を回るサーカス団なら、情報も手に入りやすいな」
「ええ。どこぞの組織から、情報収集を依頼されていたんでしょうねえ。推測になりますが、カンタビレかと」

 にいと眼を細めるサフィールに、ルークは「何で分かるんだ?」と純粋な問いをぶつけた。それに答えたのは銀髪の学者では無く、黒の詠師服を纏う真紅の焔。

「あいつは俺たちと違ってヴァンやモースとは距離を置いてたからな。そのせいでモースに疎まれて、しょうもない任務でオールドラント中飛び回らされてたんだよ。だから、あちこちの情報をこまめに手に入れておけば、いつどこに飛ぶことになっても動きやすいだろう?」
「なるほどー。カンタビレも大変なんだな」

 アッシュの説明をふんふんと素直に聞き終わり、ルークは感心したように何度も頷いた。それから真紅の焔に顔を向けて、ほんの少しだけ笑う。

「ありがと、アッシュ」
「……ふん。このくらい、自分で考えつけ」

 ぷい、とアッシュは腕を組みながら視線を逸らした。礼を言われて、照れくさかったのかも知れない。ぷ、と吹き出したガイとサフィールに投げかける殺気の籠もった視線も、いまいち力が足りない。

「ほら、ホテルに行きますよ。明日は朝から雪山登山ですから、今夜はしっかり寝ておきなさい」

 くっくっと喉の奥で笑いつつ、サフィールは子どもたちを諭すように告げた。その心の中では、この場にいない真紅の瞳を持つ幼馴染みを思いながら。

 ジェイドが戻って来るまで、この子たちを1人たりとも脱落させるわけにはいかないんです。
 ラルゴ、貴方が相手でも容赦はしませんからね。

 実の娘と争わせたりしたらきっと、ジェイドは悲しむんですから。


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