紅瞳の秘預言 77 双門

 知事公邸にイオンとフローリアンを預け、一行はホテルに戻った。どうやらネフリーの指示だったのだろう、部屋には新しい衣服が用意されていた。一行はそれぞれ着替えると、ルームサービスで食事を注文した。
 プラネットストームの逆流と言うこともあり、あまり時間は残されていない。だが、すぐにでもゲートに向かいたいと焦る子どもたちを諭してくれたのはネフリーだった。

 駄目よ? 焦るのは分かるけれど、ちゃんとご飯を食べないと。
 いざというときにお腹が空いてしまって、力が出ないと困るでしょう?
 それに少なくとも、アルビオールの2号機はまだ飛べないのだから。
 飛べるようになるまで待てるわね?

 ジェイド、サフィール、そしてピオニーと長くにわたって付き合って来た彼女の気苦労が目に見える、とはガイの台詞である。彼の、幼いアッシュやルークの面倒を見て来た過去がそう言わせるのだろう。

「確かに、主席総長とやり合うってのにお腹空きましたー、じゃやってらんないもんねえ」

 もぐもぐとジャガイモを頬張りながら、ガイの言葉に思わず同意してしまったアニスが難しい顔をする。アリエッタはぎこちなくナイフとフォークを使い、どうにか肉を切り分けた。

「でも、ヴァン総長やっつけないと、世界が終わっちゃう」
「そうですわね。ですが、外殻大地降下計画も進めないと……」

 優雅な仕草でパンを口に運び、ナタリアは溜息をついた。目標に辿り着こうとする自分たちの前に立ちはだかる、ヴァン・グランツと言う高い壁を思い出したのだろうか。
 アッシュも同じ男のことを脳裏に浮かべたのか、あからさまに嫌そうな表情を浮かべた。その幻を振り払うためか、意図的に話題を転換する。

「残るはアブソーブゲートとラジエイトゲートだな。今までと同じように……とはいかんだろう。時間制限がある」
「そうですねえ。操作するのは片方だけでギリギリじゃ無いですかね」

 真紅の焔に同意して、サフィールはゆで野菜を口にした。飲み下してから、自分なりの推測を紡ぎ出す。推測と言っても、以前ジェイドから聞いた『記憶』を元にしたものなのだが。

「アブソーブゲートもラジエイトゲートも、ユリア式封咒の解除はされていないと思います。私たちが行く前に、主席総長が封咒を解除する意味がありませんから」
「そうだな。俺たちがヴァンを倒してしまったら、そのまま外殻降下の操作に入れる。ヴァン自身は負けるつもりは無いんだろうが奴のことだ、そのくらいは当然考えているさ」

 皿の上を片付けた後、ガイは水を一口飲むと小さく頷いた。既に他の皆もほとんど食事は終わっており、食後のデザートとコーヒーが運ばれて来る。

「……じゃあ、ティアが両方のゲートを解除しなくちゃいけないのか? そんな時間……」
「ありませんね」

 コーヒーに砂糖を放り込みながら口にしたルークの不安を、サフィールは一言で肯定した。『前の世界』でもそうだったのだから、当然だろう。
 つまり、攻略法も『前回』と同じ方法が使える、と言うことだ。もっともこれは、ヴァンがそれに対する策を講じていなければ、と言う前提だが。

「ですから、どちらか片方のゲートだけを解除して、操作はそちらから行います。もう片方からはアッシュ、貴方が超振動を使って第七音素のサポートをしてください」
「分かった。つまり、俺とルークは別行動と言うことだな」

 サフィールが示した攻略法に、アッシュは納得したように頷いた。と言うよりは、難易度の高い問題解決を彼に任せているからこそ、だろうか。
 このメンバーの中で……いや、オールドラント全土を見渡しても単独で超振動を操ることが出来るのはアッシュとルークの2人だけしか存在しない。そうしてセフィロトを操作するためには、その内どちらか1人がいなければならない。残る1人は逆サイドのゲートに向かい、惑星の反対側から兄弟のサポートを行う。
 ジェイドの『記憶の世界』では、操作はアブソーブゲートから行われたらしい。だがセフィロトに書き込まれた命令は『ラジエイトゲートの動作に合わせる』ことが前提となっており、アブソーブゲートから操作を行う場合はそのセフィロトにゲートの変更を書き込まなければならない。
 ならばいっそ、操作する側がラジエイトゲートを選んでも良いのでは無いだろうかとサフィールは考えていた。ロニール雪山から近いのはアブソーブゲートだが、どちらか一方を選ぶのであればそれがラジエイトゲートでもさほど差異は無いだろう。2つのゲートを順に巡る時間が無かったが故に、『前回』は近い側でありヴァンが待っていたと言うアブソーブゲートを選んだのだろうから。
 そう。
 このまま外殻崩落を起こしても、そこだけは災厄を免れるであろうアブソーブゲートにヴァンはいる。それはサフィールも、そしてアッシュも推測出来ている事態だ。
 そうして、かの男を兄に持つ少女もまた。

「状況を考えれば、兄はアブソーブゲートにいるんでしょうね。だから、そちらに向かうのであれば……」
「……師匠と戦うことになる」

 ティアの、小刻みに震える言葉を引き取るようにルークが吐き出した。だが、少年の表情はティアの不安げなそれとは違いどこかに決意を秘めたものだ。

「ラジエイトゲートは……リグレット辺りがいてもおかしくないかもねー。あたしたちがどっちに行くか、主席総長分かんないもん」

 デザートのケーキをフォークで切り取りながら、アニスがぼそりと呟いた。
 ヴァンの部下だった六神将のうちアッシュ・アリエッタ・サフィールの3人はここにいる。シンクはジェイドの望み通りフローリアンを救ってくれたことから、彼も敵では無いと見なせる。残る2人のうちラルゴはロニール雪山で雪崩に飲まれたが、リグレットだけは未だ目の前に出て来ていない。ヴァンの副官と言う地位であるから当然と言えば当然だろうが、しかし。

 しんと静まりかえった室内に、アッシュの声が響いた。

「ルーク。お前はどうしたい?」
「え?」

 突然投げかけられた問いに、ルークは慌ててアッシュと視線を交えた。自分をじっと見詰めているアッシュの視線は鋭く、そして真剣なもので……だからルークは、自身の思いを言葉にして吐き出した。

「……俺は、出来れば師匠と決着を付けたい。俺はあの人に作られたただの人形じゃない……俺って言う1人の人間として、師匠を止めたい」

 朱赤の焔は、真っ直ぐに『兄』を見つめて思いを口にする。その言葉は、アッシュが待っていたその通りのものだった。故に、満足げな笑みをその端正な顔に浮かべた。
 実のところ、最初から自分はそのつもりだったから。


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