紅瞳の秘預言 78 突入

「ともかく、さっさとゲートに行こう? 急いだ方が良いんでしょ?」

 アニスの言葉に、2人の青年は顔を見合わせて頷いた。確かに、この場の状況をのんびりと分析している場合では無い。少なくともこの先にはリグレットがいるだろう、それだけで十分だ。

「そうだな。ガイ、殿を頼む」
「任せとけ」

 短い金髪を軽く揺らし、ガイはナタリアとアニスを大きく迂回して最後尾についた。その姿を追っていたナタリアは、ふとリボンを付けているグリフィンに視線を止める。じっとその目を真っ直ぐ見つめ、彼女はふわりと微笑んで呼びかける。

「貴方は、出来ればアルビオールの警護をお願いしますわ。……言葉は分かるんですの?」
「くぉ? ……くぅ」

 グリフィンはしばらくナタリアの顔を見ながら首を左右に傾げていたが、やがてばさりと翼を広げた。一行が距離を開けるのを待って、空へと飛び立って行く。その姿を見送って、ガイは表情を緩めると肩をすくめた。

「うーん。多分分かってんじゃないかな? あいつ」
「アリエッタと会話は出来るもんねえ。少しくらいフォニック言語出来ても、びっくりしないよ」
「そうですわね。発声器官が人とはかなり違うでしょうから、発音は無理かも知れませんけれど」

 アニスとナタリアも、どこかほっとしたように顔を見合わせる。その中にあってアッシュだけは、眉間にしわを寄せたままでいた。
 これまでに見た、戦闘の跡。シンクとリグレットのものはほぼ特定出来ている。
 譜術は使われていたとしても小威力のものであり、ジェイド・カーティスが使うような譜術の跡は見られなかった。

 奴は来ていないのか……譜術を使えない状態なのか。
 いずれにせよ、進めば分かることか。

 真紅の焔は、思考をそこで停止させることにした。今自分が考えた通り、先に進めば事実は判明するのだから。


「うわあ……」

 アブソーブゲートに入ったところで、ルークは思わず声を上げた。
 オールドラントを巡るプラネットストームの、ここは終着点。惑星の空を駆け抜けた記憶粒子たちはこのセフィロトを通り抜け、地底へと還る。
 記憶粒子たちがきらきらと舞い、地の底へ戻っていく様子が目に見えて分かる。一行はその美しい光景を目の当たりにし、ほんの僅かな間ではあるが我を忘れた。

「素敵……記憶粒子がきらきら光ってる……」
「みゅうう。音素たちがたくさん、たくさん集まってるですのー!」

 ティアが見上げる横で、ルークの道具袋から顔を出したミュウが大きな目を輝かせた。アリエッタは両手を伸ばし、まとわりついてくる記憶粒子たちの動きを楽しんでいる。
 サフィールもまた、先ほどまでの怖い表情を消して舞い散る光を眺めながら微笑んでいた。もっともそれは、学者としての笑みではあるけれど。

「ここまでの濃度になると、プラネットストームが吸い込まれて行くのが分かりますねえ。創世暦時代にはこんなものを人工的に作ることも出来たんですね」
「だなあ」

 長い朱赤の髪をなびかせて、ルークは頷いた。先端の金にまとわりつく記憶粒子の光を興味津々の表情で追いかけていたアリエッタが、ふとサフィールの顔を見上げて問うた。

「ヴァン総長、ここから無理矢理逆流させてるの?」
「ああ、プラネットストームですね」

 床を見下ろして頷くサフィール。その足元からは、きしきしと嫌な音が漏れ聞こえて来る。恐らくは本来の機能で無い動作を強いられて、セフィロトが悲鳴を上げているのだろう。

「そういうことです。床が軋んでいますし……無茶やりますねえ、全く」

 呆れ顔で溜息混じりの答えを呟いたサフィールに倣い、一同も床に視線を向けた。ライガなどは低くぐるると唸っているから、気になって仕方が無いのだろう。

「セフィロト全体に負荷が掛かっているのね。でも、ここより先に周囲の外殻が崩落する」
「その前に、ヴァン師匠を止める。そして……外殻大地を降ろす」

 ティアが愛用の杖を握りしめ、決意の表情を浮かべる。ルークは1度目を閉じて、自らのすべきことを言葉に紡いだ。そうして、もう一言。

 ジェイドが帰って来られる世界を、守る。

 胸の中だけでルークが呟いた言葉は誰にも届かないけれど、その思いは皆同じだろう。

「みゅう! 皆さん、頑張るですの!」
「おう!」

 きっと彼も同じ思いを持つ、チーグルの子が拳を振り上げる。それに呼応して、人間たちも軽くではあるが手を振り上げた。


 タン、タン。

 乾いた破裂音が、パッセージリングを祀る空間に響く。先頭を走るアッシュがその部屋に飛び込んだときには、音は残響だけになっていた。

「ちっ」

 舌を1つ打って床を蹴ったアッシュの視界に、崩れ落ちる青い軍服とそれを必死に抱え込もうとする小柄な少年の姿が映る。長い金髪を結った女の姿が一瞬見えたが、すぐに自身の後ろへと流れて消えた。

「ジェイド!」

 口から漏れた名は、探していた人のもの。だが、真紅の目を瞼の下に隠した彼には届かない。ただ、荒い呼吸が彼の存命を示している。

「アッシュ……お前がこちらに来たのか」

 リグレットの声に、アッシュは振り返る。両の手に譜業銃を構え、自分を睨み付けている彼女を真紅の焔は見つめ返した。

「俺がヴァンの方に行くことを望んでいたか? お断りだ。奴との決着はルークが付ける」

 吐き捨てるように言い返しながら、己の位置を定める。青の軍人を守れるように。仲間たちも同じことを考えたのだろう……巨大譜業人形も金髪の剣士も、彼の盾になった。幼馴染みの少女は跪き、軍人の傷を癒そうと譜術を唱え始める。緑の髪の少年は……しばらく、使い物にはならないだろう。彼には珍しく、呆然としているから。

「俺はてめえらの腐った根性をぶっ飛ばして、こいつを取り返すだけだ」

 そうしてアッシュは、剣を構えた手に力を込めつつ言い放った。


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