紅瞳の秘預言 86 活動

 言われて、やっとルークも気がついた。ジェイドは自身の腕に槍を収納しており、自在に実体化させることが出来る。それを応用して、投擲した槍を瞬時に手元に引き戻すことも出来た。
 それならば、彼に聞いてみれば何かヒントを得られるかも知れない。ティアはルークに、そう言いたいのだろう。
 だが、ルークはふと顔を曇らせた。考え込む表情になり、そのまま俯いてしまう。

「え、あ、でも……今行って、良いのかなあ」
「どうして?」
「うん……だってさ、外殻大地が降下してからみんな忙しいじゃん。プラネットストームのこととか、預言のこととか。ジェイドだって、療養しながらだけどきっと忙しいだろうし」

 少女の問いにぼそぼそと答えた少年の言葉は、僅かにティアの目を見開かせた。
 ヴァンの元から助け出された時の、疲れ切ったジェイドの姿をルークは覚えていた。自分たちに『記憶』のことを話してくれた後、ジェイドはピオニーの元で療養生活に入ったと聞いている。それでも彼はなお、ピオニー皇帝の懐刀として世界を救うために戦っているのだとも。

「だのに、俺はまだ結果も出せてない」
「なら、音素乖離しかけてみる? それなら一度で結果が出るでしょう?」

 頭を抱え込んだルークの耳に、ティアが放った言葉が刺となって突き刺さった。思わずがばりと顔を上げた少年の目には、泣きそうに唇を噛んだ少女の顔が映り込む。

「え……ティア」

 少女の名を呼んだルークの頬を、ティアがそっと両手で包み込んだ。そのまま前髪同士が重なり合う程に顔を近づけ、ティアはゆっくりとルークに言い聞かせる。

「焦らなくて良いの。大佐の『記憶』よりもずっと、私たちは早く動けているわ。兄さんはどうしても、戻ってくるのには時間が掛かる。だから、焦らなくても大丈夫。きっと間に合う」
「で、でも……」

 至近距離でその目を見て初めて、ルークはティアが本当に泣きそうになっていることに気づいた。狼狽えかける少年の、空気を掻くように動かされた手にそっと、チーグルの子が触れた。微かな感触が、ルークの視線をミュウに向けさせる。

「みゅう。無茶してご主人様がいなくなっちゃったら、ボク悲しいですの。ティアさんもジェイドさんも、たくさんの人もみんな悲しいですの」
「ミュウ……」

 ふたりの言葉に、ルークは頭から水を掛けられたようだった。
 そうだ。『前の自分』が無茶をして死んだからこそ、ジェイドもまた自分を救おうとして生命を落としたのだ。今の自分が無理をして同じ末路を辿るようなことになってしまっては、同じ歴史の繰り返しにしかならない。
 ジェイドの知らない未来を迎えよう。そう、共に旅をした仲間たちは誓い合ったでは無いか。

「ローレライさんも、今きっと頑張ってるですの。だから、その間にご主人様も宝珠さんと仲良くなって、出て来て貰えるようにするですの。ご主人様、第七音素と仲良しだからきっと大丈夫ですの」

 ルークを主と仰ぐこのチーグルもまた、同じ思いを抱いている。それを思い出してルークは、空色の頭をそっと撫でてやった。離した手を、軽く握りしめる。

「わ、悪かったよ。……そうだな。あんまりのんびりしていられないとはいえ、時間はあるんだ」

 自分に言い聞かせるように呟いた少年の言葉を、ティアはじっと聞いていた。やがて、恐る恐る呼びかけてみる。

「どうしても行くのが不安なら、お手紙書いてみる?」
「手紙?」

 ティアの提案に、ルークの目が丸くなった。その考えは朱赤の焔の中には無かったらしく、本気で驚いているらしい。提案して良かった、と少女はこっそり胸を撫で下ろした。

「ええ。大佐にお手紙を書いて、こういう事情だから教えてくださいって。アルビオールが定期便の形で飛んでいるから、鳩よりずっと早く届けられるはずよ」

 外殻降下以降も飛晃艇は人員や小型の貨物、そして書類を配送するためにオールドラントの空を飛び回っている。もうすぐ三号機が就航するらしく、そうなると更に流通が増えるだろうとアッシュが言っていたことをルークは思い出した。
 それに、しばらくジェイドとは会っていない。せめて、彼の字だけでも見てみたい。
 その思いが、ルークを頷かせた。

「……そだな。うん、手紙書こう」
「ご主人様! ボクもジェイドさんにお手紙書きたいですの!」

 主の顔を見上げていたチーグルの子が、全身を使ってアピールする。彼もジェイドには懐いており、やはりしばらく会えなくて寂しいのは同じらしい。
 そうしてそれは、ティアもやはり同じことで。

「じゃあ、私も書くわ。それで、一度に送りましょう」
「そうだな……ん、待てよ」

 少女の提案を受け入れた後、一瞬だけルークの動きが止まる。少年の顔に、悪戯っ子のような表情が浮かび上がったのはその更に一瞬後だった。そこから得意げな表情に変化して、ルークは人差し指を立てる。

「アッシュにも聞いてみようぜ。せっかくなんだしさ!」
「ふふ、それは良い考えね」

 頷きながらティアが浮かべた柔らかな笑顔を目にして、ルークはほんの一瞬だけ顔の表面温度が上がったのを感じる。思わず視線を逸らしてしまった少年に、少女とチーグルは不思議そうに首を捻った。ルークも含め、まだまだ色恋沙汰には疎い子どもたちのようだ。


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