紅瞳の秘預言 93 対策

「ま、乖離したってことは逆に主席総長がやったって証拠になるんですけどね。証拠は無くとも私やアリエッタのような証人はいますし、キムラスカもマルクトもわざわざレプリカ兵士なんて作らなくても十分兵隊はいるんですから」
「それで、自爆攻撃を仕掛けて来たんですね。音素乖離したのでは無く、爆発四散したせいで相手の死体が残っていないのだと見せかけるために」

 サフィールの言葉に、アスランが続く。レプリカ兵士をキムラスカの兵士と認識させるためには、その兵士が音素乖離した証拠もしくは証人を残してはならない。ならば、音素乖離したと分からないように死ねば良い。
 レプリカたちをそんな風に使い潰すことを由とするヴァン一派には、ヘドが出る。
 アスランは自身の胸の中に生じたもやもやを、打ち消すことが出来ずにいた。

「そのフォミクリーも、ジェイドたちがプラネットストームを停止させたことで今後は使いづらくなります。となれば、主席総長自ら出てこなくちゃならなくなる」

 一方、サフィールにはアスランのような感情は湧いていなかった。ただ、そうであることを表に出すことはしない。
 他の誰に非難されても構わないけれど、きっとジェイドは使い捨てにされたレプリカたちのことを悲しむだろう。そして、フォミクリーと言う技術を生み出した自分を責める。
 それだけは、サフィールには耐えられなかったから。

「あの男は、第七音素の塊であるローレライを自分の中に封じ込めています。フォミクリーを稼動させるためにはローレライを使いこなさなくちゃなりません。そう遠くないうちに、成し遂げちゃうでしょうね」

 だから、意図的に表情を消して話を進めた。上手く消せただろうか、とサフィールは自分自身に問うが、答えが出て来るわけでも無い。勝手に動く口が、こんな時だけはありがたかった。

「意志の力だけは素直に賞賛しますがね、敵対する相手となれば面倒でしか無い。その前にこちらが主席総長を抑えれば勝ちですが、そうも行かないと思います」
「グランツ謡将ですからね……マルクト軍でも彼ら一派の拠点を探っているのですが、タタル渓谷で1つ見つけたくらいでなかなか。それ以外のセフィロトには特に問題がありませんでした」

 サフィールの口が勝手に動いていることに気づいているのかいないのか、アスランは当たり前のように会話を続けた。だが、その中にあった『ヴァン一派の拠点』の情報を耳聡く聞き咎め、サフィールは目を細める。

「となると、フェレス島のレプリカが回遊していたあの辺りですかね。複製前でも無人島なんかありますし、隠れるにはうってつけじゃないですか」

 サフィールの指摘に、アスランは露骨に表情を歪めた。どちらかと言えばうんざりとした顔で、青年将校は軽く首を振る。

「どれだけ数があると思ってるんですか、あの辺」
「虱潰しするしか無いでしょう? ま、私が提出しておいたここ1か月ほどの第七音素消費量と突き合わせればある程度は絞り込めますが」
「……やるしか無いですか」

 さすがは科学者、とはアスランは口にしなかった。確かに、彼の指摘した方法がタタル渓谷に存在したヴァン一派のアジトを摘発したのだ。ただ、この方法はマルクト軍が音素の消費量を把握している地域に限られるため、公海や離れ小島と言った場所を細かく探査する役には立たないのだが。
 それでもある程度の海域までは絞り込めるから、そこからはひたすら該当するエリアに存在する島を1つずつ確認し探し出すしか無いだろう。途方も無い作業ではあるが、やらなければならない。
 ジェイドの望まない、破滅の未来を遠ざけるために。
 言葉には出さないけれどそれは、ジェイドの『預言』を知る2人が持つ同じ感情だった。

 かりかりと細い指先で自身の髪を掻くサフィールを、アスランはしばらくじっと見つめていた。しばらくして、そっと口を開く。いつまでこうやっていても、埒が明く訳でも無いから。

「ひとまず、部隊をセントビナーまで戻します。陛下への報告は……」
「私がやりますよ。証人としてアリエッタと、あとマルコ辺り貸してくださいな」

 サフィールが頷いてくれたことに、アスランはほっと息を漏らす。自身はジェイドから預かったと認識している第三師団を放って、皇都に帰参するわけには行かなかった。銀髪の学者が申し出てくれなくとも、彼に依頼するつもりではあったのだ。
 故にアスランは、穏やかな笑みを浮かべて頷いた。近くを通りかかった兵士を止めて、マルコを探して来るよう命じたのはその後だ。

「分かりました。自分は部隊の体制を立て直すことに専念いたします」
「復旧は早いと思いますよ。元々はジェイドの部下なんですし」
「そうですね」

 『ジェイド』の名を呼ぶだけで、サフィールの表情はふわりと幼くなる。幼馴染みでありひたすら慕っていた真紅の瞳の軍人を守るためだけに処刑を覚悟でマルクトに戻ったこの科学者に、アスランはふと疑問をぶつけた。おそらくは彼が知っているはずの答えを得るために。

「……カーティス大佐は、私がこの襲撃で殺されることを知っていたんですね。ネイス博士も、そうなんでしょう?」

 バレちゃいました?

 言葉にならないサフィールの答えは、彼の表情に浮かび上がった。それを確認してアスランは言葉を続ける。

「そうで無ければ、匂いでレプリカを識別出来るアリエッタ師団長がこの場に居合わせることはあり得ません。恐らく、導師イオンも事情をご承知の上で彼女をここに派遣なされた。彼女のお母上がマルクト領内に縄張りをお持ちですから、里帰りと称すればこちらへの派遣はたやすい」

 ちらちらと、サフィールを視界の端で伺う。白い頬を僅かに赤く染め、視線をあらぬ方向にずらすと言う子どもっぽい仕草ではその感情を隠し切ることは出来ない。アスランが紡いだ言葉の大半がその通りであることを、端的に表していると言って良いだろう。

「少なくともカーティス大佐は、レプリカが私の指揮する部隊を襲撃することを知っていた。そして、それを私には話さなかった。とすれば、結論は1つです」

 ものすごく気まずそうに、サフィールが少しだけ顔を伏せた。もしかしたら、アスランに対し隠し事をしていることがバレて怒られるとでも思っているのだろうか。

「私は彼らの襲撃により死ぬ。少なくとも、『前回』はそうだった。故に大佐は、私にショックを与えないようにそのことを話さなかった」
「ええ。その代わりに私やアリエッタと言った外部要因を導入し、ジェイドの『預言』を歪めようと試みた。少しでもユリアの預言から現実を引き離し、ジェイドの知る『未来』よりも良い世界にするためにね」

 ついに観念したのか、サフィールはアスランの言葉を引き継ぐように口を開いた。視線をアスランから逸らしているのはやはり、子どもっぽい感情からだろう。
 だって、彼が守りたいのは世界よりも国よりも、たった1人の幼馴染みなのだから。
 それが分かっているから、アスランはサフィールを非難することはしない。今の自分がサフィールと同じ立場だったなら、ジョゼット1人を守るためだけに第三師団を動かすかも知れないからだ。

「成功したと見て、良いんですよね?」
「恐らくはね。主席総長の陣営で今まともに大人数を動かせるのは、ラルゴくらいですから」
「やはり生きているんですね」

 ヴァンとリグレットが復活したと言う情報は、この時点でまだ彼らには届いていない。だが、ジェイドの『記憶』から推測して生存しているだろうと彼らは考えている。死体の確認を出来なかったと言う点では、ヴァンたちもラルゴも変わりは無い。
 その前提があっても、やはりアスランは呆れたように溜め息をついた。それは、自身の譜術で黒獅子を退けたサフィールも同様である。

「『前回』も生きてましたし、そうで無くともあれはかなり丈夫です。私は雪崩に巻き込んで退けましたけど、多分自力で雪の中から這い出して来たんじゃないですかねぇ」
「元傭兵なだけあって、頑丈だそうですからね」

 ラルゴの過去を知るサフィールと、あまり詳しくは知らないアスラン。だが、その違いに関係無く2人は顔を見合わせ、息を吐きながら頷き合った。
 ふと、サフィールがレンズの奥の目を見開いた。軽く首を傾げ、独り言のように呟く。

「それにしても、アリエッタがこちら側についてなければピオニーは、どうするつもりだったんでしょうねえ」
「……さあ」

 起きなかったことを考えても仕方が無い、とは思いつつもアスランは、サフィールのその疑問に対する答えを探し始めた。


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