紅瞳の秘預言 94 宣告

「ご苦労だったな、皆」

 水の都グランコクマ。王宮の謁見の間で、戻って来た一行を迎えたピオニーはほっと胸を撫で下ろした。
 プラネットストームの停止作業中に、恐らくルークたちがヴァンと鉢合わせするだろうと言う予測は付いていた。地核にその身を置いたまま2つのゲートを閉じられたとしたら、如何にローレライを自らの身に封じ込めたとは言えヴァンが再び地上に立つことはかなり難しくなるだろう。故に、その前に姿を現すはずだとピオニーやサフィールは読んでいたのだ。
 その場合、少なくとも作業に従事する子どもたちにとっては最大の問題が、ジェイドが再び彼の手に落ちる可能性だった。
 その問題についてピオニーは、さほど悲観していた訳では無かった。焔を初めとした子どもたちがついていてくれるから、ジェイドはきっと耐えてくれる。そう信じていたから。

 とは言え、後はジェイド自身の精神がどこまで保つか、なんだよなあ。

 心の中だけで、ピオニーはポツリと本音を漏らした。
 ヴァンに囚われて以降、ジェイドの精神はすっかり弱ってしまっていた。サフィールの献身的な看護により快方には向かっているのだが、まだまだ不安定であることが彼の表情を見ただけでも分かる。
 だが、皇帝が己の懐刀を皇都に閉じ込めることはしなかった。厳重な警備を敷いたとて、ジェイドはそれを全て打ち破り朱赤の焔を守るためにその元へ向かうだろう。
 5年の歳月を遡ると言う、本来人間には到底不可能なことをしでかした。そのジェイドが、例えピオニーの命令であっても大人しく水の都で子どもたちの帰りを待っている訳が無い。
 何しろ、『前回』彼らはプラネットストームを停止するために訪れたアブソーブゲートで復活したヴァンと会っている。ルークがヴァンに害されることをジェイドは望んでいないから、『再び』そのようなことが起きれば自らの身を呈してでも止めるつもりだったろう。
 だからピオニーは、停止作業の見届け役としてジェイドを選んだ。ガイを付き添わせたのは万が一の時にルークと、そしてジェイドを守らせるため。ジェイド以外の子どもたちは皆、互いが互いを守るように動くはずだとピオニーは踏んでいたから。

 誰が欠けても、皆が悲しむからな。
 それを理解出来ないのは、ジェイドだけだ。

 せめて、分かってくれると良いんだが。

 その言葉を胸の中にしまい込んで、ピオニーは軽く自身の髪を掻いた。自分の前に並んでいるジェイドと子どもたちをゆっくりと見渡して、口を開く。

「後は問題の、ヴァン・グランツとその一派か」
「はい。ヴァンとリグレットは生存確認が出来ました。ヴァンは未だ実体化が不安定ですが、奴のことですからそのうち固定するでしょう」

 皇帝の言葉に、アッシュが頷いて答える。苦々しげに眉をひそめているのは、サフィールによって救われるまでの7年を思い出しているからだろうか。

「残るは消息不明の……ラルゴのみ、ですわ」
「死んだと確認出来てない以上、生きていると考えた方が良いな」

 その名を挙げたのが彼を実の父親と知っているナタリアであることに驚きつつ、ピオニーは顎に手を当てた。
 ジェイドの『記憶』ではラルゴ、そして共に谷底へと落ちたアリエッタとリグレットも生きていた。ならば当然、『今回』もラルゴは生存していると考えて間違いは無いだろう。アリエッタはそれ以前にこちら側についてくれているし、リグレットはヴァンと共に地核より帰還したことが確認されているのだが。

「第三師団を襲ったレプリカ部隊はラルゴの指図だね、そうなると」
「やはりそうか。……まあ、確かにヴァン一派の幹部で動きが取れそうなのは彼くらいだしな」

 サングラスの位置を指先で直しながらシンクがつまらなそうに呟き、その言葉を受けてガイが頷く。『前回』と違い六神将の半数以上が味方についていると言う状況下、あちら側にはラルゴ以外に部隊を動かすことの出来る幹部はそう存在していない。彼らより下の配下たちは、ともすればレプリカ計画の詳細も知らないのでは無いだろうか。

「ヴァン一派のアジトですが、シンク参謀総長の情報にあった場所は全て抑えました。それとタタル渓谷に新規に建造されていたものもありましたが、そこも既に」

 不意に、ノルドハイム将軍が口を挟んで来た。シンクが口を開いたことで、スムーズに情報を出すことが出来ると踏んだようだ。

「なら、フォミクリー装置は見つかったのでしょうか? 以前から備えられていた拠点であれば、兄はあらかじめ装置を設えておくと思います」
「いや、そのいずれにも見つからなかったと報告が上がっている」

 ティアの疑問には、ノルドハイムは首を横に振る。その答えを聞いてシンクが、ぴくりと顔をしかめた。それに気づいたのはピオニーくらいのものだったが、彼はそれで緑髪の少年の脳裏を看破する。
 元々アジトには、フォミクリー装置が設置されていた。しかしどうやら、こちらが動くより先に撤去もしくは移設されたのだろう。

 なら、シンクが移設先を知らない可能性は高いな。
 知ってるなら、真っ先に口に出す。

 ピオニーには、そこまで追求するつもりは無い。シンクがこちら側についていることがはっきりしている以上、ヴァンやリグレットがシンクの知る場所にフォミクリー装置を置いておくことは無いだろうからだ。
 ゼーゼマンが、あごひげをゆったりと撫でながらジェイドに視線を向けた。

「ジェイドよ。きゃつらは6基、稼働出来るんであったの?」
「はい。私が複製した中枢部が6基でしたから」

 淡々と答えるジェイドの顔に表情は無い。言葉にも感情が含まれていないことに気づいて、ルークは思わずその顔を見上げた。赤い視線が自分を捉えないことに少し落胆したのか、青の手をそっと握る。

「……ルーク?」

 それでやっと、真紅の瞳は少年を見てくれた。ほっと息をついてルークは碧の目を細め、思いを短く口にする。

「ジェイドは、悪く無いからな」
「……済みません」

 少しだけ、笑みの表情が端正な顔に宿った。「うん」と頷いたルークには、恐らくその笑みの意味は分からないだろう。
 親友の顔に感情が戻ったことでほっとしたのか、ピオニーも僅かに目を細めた。肘掛けをぽんと叩いて、一同の視線を自身に集める。

「親子の語らいは後でな。話を続けるぞ」
「あ、す、すいませんっ」
「良いさ、気持ちは分からんでも無いからな。で、ノルドハイム」

 思わず赤面してしまったルークに苦笑を浮かべてから、ピオニーは表情を引き締めた。ちらりと自分が名を呼んだ軍人の方に視線を向けると、彼は軽く頭を下げ言葉を紡ぎ出す。

「は。ディストが個人的に所持していたデータから、北の無人島を徹底的に洗っております。まだ連絡はありませんが、拠点が存在する可能性は高いかと」
「フェレス島のレプリカがあるところだね?」
「そうなるな。フェレスレプリカ自体の基地も既に掃除は済ませてあるから、安心しろ」

 思い当たったように指摘するシンク。元々レプリカのフェレス島はレプリカ大地の試作を兼ね、アリエッタのために構築されたものである。当然と言うか、シンクもその辺りの事情は頭に入れていた。ただ、マルクトの手が入った以上所属不明と言うわけにはいかないだろう。
 ピオニーも、島の事情についてはジェイドから聞かされて知っている。だから、「マルクトの領土に編入するけどな」とシンクに告げた後、言葉を続けた。

「浮島だから、動く海上拠点が1つ手に入ったと思えば良いさ。何、島にしたって生まれちまったんだから、ちゃんとした土地として扱ってやる」

 にんまりと笑みを湛えたまま、ピオニーは言葉を紡ぐ。ちらりと子どもたちに向けられた視線がまるで悪戯っ子のようだと、ルークは感じた。続けて彼の口から流れ出た言葉も、どこか悪戯っぽい口調ではある。

「それにまあ、墓参りと言うとちょっと語弊があるんだが。昔あの島のオリジナルに住んでいた民が、安全に巡ることが出来るようにしたいと思ってな」

 その言葉に、子どもたちは一斉に頷いた。共に旅をした1人の少女のためなのだ、と分かったから。
 アリエッタが、昔を懐かしむことが出来るように。


PREV BACK NEXT