紅瞳の秘預言 96 決断

「と言うわけで、キムラスカとマルクト及びダアトは三国同盟を締結し、共同でヴァン一派との戦に当たることになった」

 ユリアシティに集った、それぞれの勢力の長。金の髪を揺らしながらピオニーは、国主たちの護衛としてこの街に呼ばれていたルークたち一行にそう告げた。
 彼らはこの地で言葉を交わし、互いの考えをぶつけ合った。その結果、3つの勢力は力を合わせ、目の前にある危機を一致団結して乗り越えることを決めたのだ。
 そのことを、まず焔の子どもたちに伝えることを望んだのはイオンだった。2人の焔と彼らを取り巻く仲間たち、そして真紅の瞳の軍人がいたからこそ、この同盟は成り立ったのだからと。そして、その申し出にインゴベルト王もピオニーも否を唱えることは無かった。

「無論、それだけが目的の同盟では無い。戦後処理や今後世界が進んで行く方向性を見定めるためには、我らは力を合わせなければならんからな」

 ピオニーと並び立っているインゴベルト王も、ゆったりと頷く。2人の間に挟まれるようにちょこんと1人だけ椅子に腰を下ろしているイオンは、にっこり笑って言葉を続けた。

「これから我々は、譜術や音機関に頼らない世界を創っていかなくてはなりません。喧嘩なんてしてる場合じゃ無いってことは、きっと皆さん分かってくださっていると思います」
「そうだな。例え共通の敵が居なくなったとしても、それで自身の利を優先するが故に刃を交えることは無い」
「ええ。戦ばかりしている世界では、民も心を荒ませるばかりですわ」

 穏やかに笑みながら、アッシュはルークと顔を見合わせた。ナタリアの隣に立つことが出来ている自身と、ティアが寄り添っている弟……自分たちを救ってくれたひとが願っているのはきっと、皆が笑って生きていける世界だから。

「だなあ。昔の俺みたいに閉じ込められてて世界のことを知らない、なんてほとんどいないだろうしさ」
「そのルークも、もう世界のことはちゃんと分かっているものね」

 朱赤の長い髪を掻き回すルークに、ティアは微笑む。最初出会った頃は本当に何も知らず、わがままなお坊ちゃまだった朱赤の焔。彼はイオンやジェイド、いろいろな人と出会い世界を旅し、経験を積み上げたことで1人の青年として成長していた。とは言え実年齢は7歳なのだから、まだまだ子どもっぽいところもあるのだけれど。

「うん。だから俺、このまま世界が平和になってくれたらすごく嬉しい。俺が今まで出会った人とかライガとかチーグルとか、みんなが幸せに生きていける世界になって欲しい」

 そして自分たちは、その『みんな』の中に自分たちを導いてくれたそのひとがいてくれることを願っている。3つの勢力にまたがり存在している子どもたちは、彼と共に生きて行くためにも各勢力間で争いが起きることは望んでいない。
 思われている当の本人には、その思いは届いていないのだが。

「うむ。ルークのためにも、我らは努力を怠ってはならんな」

 ともかく、朱赤の髪を持つ甥の言葉を受けてインゴベルト王は目を細めた。彼と、そしてナタリアがいたからこそこの王は預言のぬるま湯から国を解き放つことを決めたのだから。

「我がキムラスカは譜業に長けている故、音素に頼らない機関の開発を最優先に目指しておる。残された音素を無駄に扱うようでは、未来も何も無いからのう」
「マルクトは残された音素の効率的な利用方法と、譜術とは別系統の術式を模索する方向で行くことにした。音素そのもので無くても風や光、炎や水は存在している。その力を借りることは出来るだろう」

 対する金の髪の皇帝もまた、不敵な笑みを浮かべる。元々預言とは距離を置いていた彼だったが、預言に惑わされていたキムラスカと戦争を行うことを良く思ってはいなかった。だから、今の関係を結ぶに至ったことを素直に喜んでいる。
 こうやって、キムラスカ王とマルクト皇帝は笑みを浮かべながら言葉を交わし合うことが出来る。自国の長所を胸を張って述べ、その未来を晴れやかに思うと言う今のこの状況は、彼らにとっても喜ばしいものであろう。

「ま、私はキムラスカの新機関開発に協力することになるんでしょうけどね。譜術はどうも苦手で」

 その中にあって、手入れが行き届き始めたのか艶の出てきた銀髪を揺らしつつサフィールは肩をすくめた。譜術をジェイドに任せ自身は得意である譜業に専念したこの科学者は、楽しそうに顔を綻ばせている。自身の持つ技術が、親友が望む明るい未来の助けになることがとても嬉しくて仕方が無い、と言う表情だ。
 そして、彼の技術はキムラスカにとってもありがたい力である。故にインゴベルト王は、満足気に目を細めた。

「うむ。ネイス博士の手腕、期待しているぞ」
「お任せくださいな」

 にこにこと笑いながらサフィールは、ぎゅっとジェイドの腕にしがみついた。驚いたように目を見張るジェイドに笑って見せながら、青い腕を離さないように力を入れる。
 サフィールの子どもっぽい仕草を微笑ましく見つめていたイオンが、軽く咳払いをして姿勢を正した。

「ダアトでは、教団のあり方を変えて行こうと思っています。これまでのように預言に頼るのでは無く、世界を見守っていてくれたローレライとユリアに感謝を捧げるための拠り所となりたいんです」

 他の2国とは違い、信仰を以てその存在を維持しているダアト。その長でもあるイオンは、言葉を選びながら紡いだ。
 元々ユリアの預言を『未来に向かう者へのアドバイス』と認識している彼は、自身のスタンスを教団全体に広げて行くことを己の務めと心に決めていた。ただ、オールドラントの民のほとんどを占める『ユリアの預言が絶対的な未来であると認識する者』の考え方がイオンの望むように変化して行くには、長い時間がかかることだろう。何しろこれまで2000年の間、この世界は預言にどっぷりと浸かり込んでいたのだから。
 そのことを短い言葉で指摘したのは、『弟』の補佐として『今の世界』では参謀総長の地位にあるシンクだった。イオン、彼を守る護衛役を仰せつかった2人の少女と共に彼は、ルークたちよりは先にこの地を訪れている。

「ま、しばらくは預言に頼ろうとする信者も多いだろうけどね。時間は掛かるかも知れないけどさ、そのうち慣れて行くんじゃ無い? 慣れてってくれないと、こっちも困るけどね」
「イオン様が頑張るなら、アリエッタも頑張る。きっとみんな、分かってくれる」
「ま、あんまり言う事聞かなかったらちょーっときついお仕置きしちゃいますけどね〜」

 アリエッタが拳を握る横で、アニスはニンマリとどこか黒い笑みを浮かべる。その途端、脳裏にフローリアンののんびりとした笑顔を思い出し、慌ててぶるりと首を振った。ダアトの裏表を見て来たイオンや世界の裏を駆け抜けて来たシンクと違い、あまりすれていないあの少年が悲しむことを彼女は望んでいない。まるで弟みたいで可愛いからそのままで行って欲しい、と言うのがアニスの素直な気持ちだった。

 ふと、ピオニーの視線が光を強めた。普段の『ピオニー』のものでは無く、『マルクト皇帝』のそれに表情が変わる。

「それと、ここからがお前たちを呼んだ本題だ。インゴベルト王、導師、よろしいな」

 青年皇帝の纏う空気が変化したことに、全員が気づいた。イオンはインゴベルトと視線を交わし、小さく頷き合う。

「うむ、良かろう」
「そうですね」

 表情を引き締めた国主たちに合わせるように、子どもたちも姿勢を正す。ルークの足元で大人しくしているミュウもまた、ソーサラーリングをしっかりと抱え直した。

「確かに、会談の結果を報告するだけなら我々が呼ばれる意味はありませんね」

 かちゃりと音を立てて、ジェイドが眼鏡の位置を修正する。レンズの奥に見える真紅の瞳はそれでもどこか不安定だったが、ピオニーは意図的にそこから視線を逸らした。
 親友の心を救えるのはきっと、自分では無いから。

「当面の相手であるヴァンのレプリカ都市について、です」

 顔を逸らしたピオニーに代わり、口を開いたのはイオンだった。まっすぐに子どもたちを見つめ、言葉を続ける。

「フォミクリーにより海中で誕生したであろう都市はその後海を離れ、高空へと浮上しました。キムラスカ・マルクト両軍が観測した結果、外殻大地時代にホドが存在した座標に安定していることが分かったそうです。まず、ホドのレプリカに間違いは無いだろうと言うことでした」
「詳細は今調査させているが、ヴァンのことだ。何もせずただこちらを待っているなどと言うことはあるまい」

 腕を組み、難しい顔をしながらインゴベルト王も口を挟んで来た。眉をひそめ、次の言葉を待っている子どもたちに一度視線を向けて王は、再び口を開く。

「先日、シェリダンでアルビオールの3号機がロールアウトした。そこでキムラスカ軍は偵察部隊を編成し、アルビオールによる偵察を行うこととした」
「3機目? 誰が操縦してるんですか?」

 『アルビオール』の単語にいち早く反応したガイが、その後に続いた言葉に首を傾げながら問うて来た。ギンジの1号機とノエルの2号機はそれぞれ、3国間を情報や貨物を積んで飛び回っている。彼らはあの兄妹以外にアルビオールを操縦出来る人物を知らず、それ故の疑問であろう。
 その問いに答えたのは、シェリダンやベルケンドの技術者たちとも面識のあるイオンだった。


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