紅瞳の秘預言 97 吾子

 レプリカホド攻略の拠点は、ケセドニアに決定した。攻略すべき空中都市からは程々に近い距離であり、キムラスカとマルクトの国境に存在している。そしてダアトの保護を受けた流通の拠点として大きな港を持つケセドニアは、三国同盟軍の本拠地として最適だと判断されたようだ。

「作戦開始は48時間後だそうですね。各都市の守備隊を除いてほぼ全軍が集結するのに少し時間がかかりましたけど、おかげで準備は完璧ですね」

 アスターが手配してくれた宿の一室が、選抜隊としてレプリカホドに乗り込むルークたちの拠点となっている。そこを陣中見舞いに訪れたイオンが、にこにこ笑いながら一同の顔を見回した。
 彼はこのままケセドニアに残り、ルークたちの出撃を見守るのだと告げた。インゴベルト王もピオニーもケセドニアの自領側に陣を構えているため、三国の代表たち全てこのケセドニアに集結していることになる。

「ですから皆さん、ちゃんと帰って来てくださいね」
「分かってるって。任せろ」

 ルークはにっと歯を見せて笑いながら、イオンの緑の髪をくしゃくしゃといささか乱暴に掻き回した。
 1人の欠けも無くヴァンの野望を食い止め、そうしてオールドラントの大地に帰って来る。それがジェイドを取り巻く、子どもたちが心に決めた目標だった。

「アルビオール、直前まで飛び回ってましたけど大丈夫ですかねぇ。今は街の郊外で整備を行ってますけど」

 子どもとは言えない年齢ながら自身もその1人であるサフィールは、軽く肩をすくめると会話の内容を少しずらした。先程からちらちらと動いている視線の向きを見るに、ジェイドの反応が薄いことを気にしてのものだろう。
 そうして、ジェイドはその方向転換に乗るかのように口を開いた。穏やかに浮かべている笑みは、とても幸せそうなものだ。

「い組さんとめ組さんが整備しているのでしょう? なら、アルビオールに関しては心配しなくて良いのではありませんか?」
「そりゃあね。パイロットたちも時間までは休ませるみたいだし、心配する必要は無いでしょ」

 小さく息をついてジェイドに答えるのはシンク。勝手知ったる仲間内と言うこともあってか、普段の参謀総長としての顔を放り投げすっかり『ジェイドの息子』になっている。イオンの護衛はアニスとアリエッタに任せ、ジェイドと並んで立っているシンクの指先は青い裾をつまんでいた。
 ちらりとジェイドの服の裾に視線を投げて、目を細めながらガイが問うた。

「そう言えば、アルビオールは3機まとめて整備してたみたいだけど。3号機はどうするんだ? 予備用か?」
「それも考えたんですが、インゴベルト陛下がせっかくの翼だからとおっしゃいまして」

 笑みを崩さないままイオンが答える。しばしジェイドを、そしてサフィールを見つめた後、再び口を開いた。

「3号機には、マルクトから派遣された譜術士の方に乗っていただくことになりました。貴方がたの援護を行って貰います」
「援護に譜術士ですかぁ?」

 驚きの声を上げたのはアニスだった。元々丸い目を更に丸くして、ぽかんとイオンを見つめる。
 それはそうだ。飛晃艇が空を飛ぶ速度は魔物の飛翔速度をはるかに上回る。密閉された内部に乗り込んでいる限りはその速度をあまり体感することも無いだろうが、譜術による援護となると最低でも上半身をその速度の中に晒すことになる。普通の人間では耐えられるかどうか、分からない。
 とは言え、イオンが平然としていると言うことはその辺りの問題は解決しているのだろう。そう考えて、サフィールは敢えてその点には触れない言葉を口にした。

「譜業兵器を載せるより手間も掛かりませんし、そもそも重量が軽くて済みますからね。戦艦なんかでもそうなんですが、重量バランスの調整が面倒なんですよ」
「なるほどなあ。特に飛晃艇の武装化は前例が無いし、一から計算をするのも時間が掛かるだろ」

 ガイもサフィールと同じ結論に至ったのだろう、彼の言葉にしれっと頷いた。ティアはよく分からなかったのか少し考えていたが、やや間を置いて言葉を繋いだ。その間も片手でミュウの頭を撫でることは忘れていない辺りが、実に彼女らしい。

「それに、い組もめ組もアルビオールを戦闘用に改造するつもりは無いでしょうしね。たとえそれが、一度限りの武装化であっても」
「ええ。私どもも、そのような事は望んでおりませんわ。アルビオールには平和な空を、何の気兼ねも無く飛んで貰いたいものです」

 ナタリアは撫でられて喜ぶミュウの表情に微笑みながら、ティアの言葉に頷く。そもそも自分たちは、世界に平和になって貰うためにこうやって集まっているのだから。それは無論、イオンも同じだ。

「ですので、アストンの3号機は皆さんの援護、それと場合によっては囮の役を演じて貰うことになりました。ちなみに、本人はものすごーくやる気でしたよ」
「だろうなあ……」

 導師の言葉に以前会ったアストンのかくしゃくとした姿を思い出し、ルークは大きく溜め息をついた。それからふと、ジェイドに視線を向ける。ぼんやりと見るとも無くルークを見つめていた彼は、視線が帰って来たことに気づくと指先で軽く眼鏡の位置を直した。

「大丈夫だって、ジェイド。アストンだって無事に、未来に行けるから」

 もしかしたら、『前の世界』で見ることの無かったアストンの死を脳裏に思い描いてしまったのかも知れない。根拠も無くそう考えたのか、朱赤の焔は意図的に明るい声を上げた。

「アリエッタ、フレスとグリフにお願いする。だから、心配しないで」
「済みません。……どうも、心配性になってしまってて」

 こちらは不安そうにその顔を見上げて来たアリエッタに済まなそうに微笑み、ジェイドは首を僅かに傾ける。肩をすくめ、サフィールが親友のくすんだ金髪を撫でてやった。

「ま、その辺はね。子を持つ親になったんですから、少々くらいは良いんですよ」

 不意に、イオンが話題を変えた。

「それで、確か皆さんは1号機と2号機に分乗することになっているんですよね。割り当ては決まったんですか?」
「はい、もうその辺はばっちり決まってまぁす」
「1号機には俺とナタリア、アニスとシンクにディストだ」

 アニスの意図的にはしゃいだ声に続き、アッシュが仲間の名を並べた。レプリカホドに乗り込んだ後も別行動になる可能性を鑑みて、各自の特技や能力を考えた上での分隊だろう。

「2号機は俺とティアと、ジェイド。それにガイとアリエッタだな」

 続いてルークが、くるりと室内を見渡して友人たちの名を呼んだ。少年の隣に自身の位置を定めているティアは、胸元のペンダントを服の上から軽く押さえて決意の表情を見せる。が、一瞬の後にその表情はあっさりと崩れた。何しろ、目の前で空色のチーグルが可愛らしい声を上げて抗議したのだから。

「ご主人様〜! ミュウもいるですの!」
「はは、はいはい。そうだな、ミュウも一緒だよな」
「はいですの!」

 テーブルの上でくるくると回るミュウの頭を、ルークはいささか乱暴に撫で付けた。そう言えばこのチーグルは、ずっとルークやジェイドの側にいてくれたのだ。本人の意思もあるが、最後まで付いてきて貰うのが筋と言うものだろう。
 不思議そうに首を傾げ、アリエッタがティアの顔を見つめつつ何度か目を瞬かせた。そうして、素直な言葉を綴る。

「ティア、顔緩んでる」
「え? あ、いえ、私ミュウが可愛いなんて一言も言って無いから!」

 唐突に名を呼ばれ、ティアが返した言葉はどこかとんちんかんである。にやり、と黒い笑みを浮かべたアニスが、早速つつきに掛かった。

「誰もそんなこと言ってないんだけど? あっれーティア、ミュウそんなに可愛い?」
「まあ。ティアは今のミュウが大変に愛らしいと見惚れていたのですね。気持ちは分かりますけれど」
「みゅ? ティアさん、ボクのこと褒めてくれたですの?」
「えー、あー……」

 アニスの言葉をまともに受け取った金の髪の王女と、疑うことを知らないチーグルの子ども。2人のどこかずれた感想に、少女は顔を真っ赤にしてぱくぱくと口を動かすだけ。
 そこに、空気の読み方をいまいち知らない朱赤の焔までが口を挟んで来た。

「良いじゃん。ティア、結構可愛いもの好きだろ?」
「そ、そんなこと無いわよ」
「そうかなあ。一緒にバチカルの街中歩いてた時とか、ぬいぐるみ楽しそうに見てたじゃん」

 ティアの否定は、ルークの思い出しながらのセリフであっさり却下される。はあと額を抑える真紅の焔をよそに、ジェイドの服をしっかりつまんだままの少年が楽しそうに唇の端を上げた。

「パメラにぬいぐるみでも作って貰ったら? トクナガも結構好きなんじゃないの?」
「し、シンクまでっ!?」
「あはは。まあティアの可愛い物好きに関しては終わってから、と言うことで」
「……あうー」

 このままでは収拾がつかなくなると見て取ったのか、ガイがたしなめるように両手を上げる。ティアは、耳まで赤くしながら俯いた。


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