紅瞳の秘預言 98 強攻

「私にしろグランツ謡将にしろ、考えることはどの世界でもあまり変化は無いんですねえ」
「レプリカホドごと体当たり、か? 『前回』と同じやり口なんだな」

 軍人の言葉を拾い上げ、ガイが確認の意味を込めて問う。「ええ」と頷いて、ジェイドは真紅の瞳で窓の外をちらりと伺った。

「ホドの複製ですから、内部にセフィロトがあるはずです。その機構を操作して記憶粒子を噴射し、推進力に利用したのだと思います」
「兄さんなら、セフィロトの制御は可能だものね」
「ああ」

 額を抑えながら、ティアが溜め息混じりに呟いた。みゅう、とチーグルの子どもが一声上げたのは、少女と自らの主が深刻な表情をして俯いたから。
 朱赤の焔がそんな顔をすることを、『父親』は好まない。

「さて」

 故に意図的に明るい声を上げ、ジェイドははっと上げられた仲間たちの顔を見やった。

「いずれにせよ、グランツ謡将はレプリカホドで私たちを待っています。行って差し上げるのが礼儀と言うものでしょうね」
「……ええ。兄さんをぶっ飛ばして、馬鹿な事をやめさせるのが私たちの任務だもの」

 頬を膨らませ、ティアもジェイドに続く。実兄のことを吹っ切るような口調は、それまでの彼女とは少し異なったもの。
 それはきっと、自身の兄を滅ぼさなければならないと言う使命感に縛られた言葉では無く、皆で未来を紡ぎ上げると言う自らの意思に基づいた言葉だから。

「ティアも言うようになったなあ」
「それは、やっぱりね」

 目を丸くしたガイに、ティアは一瞬だけ微笑むと頷いて見せた。その瞳に宿る光が真剣なものであることに、本来ならば彼女の主でもあっただろう青年は当然のように気づいている。

 ヴァンデスデルカ。
 お前が考えを改めない以上、俺たちはお前を倒す。
 預言に頼らない、旦那が願った未来を突き進んで行くためにな。


 複製都市の海上への不時着により、海面は大きく乱れた。高い津波が集結していた戦艦を襲い、小型の船は必死に逃れたものの巻き込まれて沈んだものもある。大型の艦は譜術障壁を展開してどうにか耐え抜いたようだが、それでも態勢を立て直すには時間がかかってしまう。
 続けて、周囲への無差別攻撃が始まった。レプリカホドに陣取る一派からしてみれば周辺を固めている軍のみならず、生きている人間や大地……全てが敵なのだ。

「レプリカホドから、射撃が開始されました!」
「全軍、損耗確認! 動けるものから攻撃態勢に入れ!」

 ケセドニアの作戦本部で報告を受けたピオニーは、素早く命を下す。いよいよ始まった、と言う意識が若い皇帝の中にある血を一瞬だけ滾らせた。
 それを抑えるために、彼は『未来の記憶』を無理やり意識の中に引き上げた。真紅の焔が、朱赤の焔が死すると言うジェイドの言葉に、ピオニーの脳裏はすうっと冷めていく。

「アルビオール1号機、2号機、3号機各自突入を開始します!」
「援護射撃出来るものは開始! アルビオールには当てるな!」
「出来るだけ水平射撃だ! 火力の低い艦は譜術障壁を張り、盾に徹しろ!」

 キムラスカ側の報告に、インゴベルト王が吼えた。補佐としてこの場にいるファブレ公爵が、細かな指示を矢継ぎ早に出して行く。

「神託の盾は、敵攻撃が緩み次第沈没艦の救援に当たってください! 1人でも多く、生命を救うのです!」

 イオンもまた、自身の配下に出来得る最大の援護を命じていた。元々神託の盾は歩兵部隊を主として構成されており、こういった大威力同士の戦にはあまり向いていないのだ。

「……ピオニー皇帝。これはなかなか、難しい戦だな」
「相手がどれだけ大きな力を持っていようと、恐れることは無い。頭であるヴァンデスデルカを取れば終わる」

 冷や汗を掻きながらもにいと笑みを浮かべたインゴベルトに、ピオニーもまた不敵な笑顔で答える。イオンは胸元に下がっている音叉を象った飾りを握り締め、ゆっくりと頷いた。

「ええ。そのために僕たちは、ルークたちに全てを託したんですから」
「……ルーク、アッシュ。必ず戻って来るのだぞ」
「頼むぞ、ジェイド。焔たち」

 我が子を呼ぶファブレ公爵の声に紛れるように、金の髪の皇帝は呟く。

 皆で帰って来い。
 待っているから。

 声に出しても届かないと分かっていたから、ピオニーは敢えてその言葉を口にすることはしなかった。


 レプリカホドへの降下を試みる2機のアルビオール。対空砲火を掻い潜る中、ジェイドはふと視線をあらぬ方向へと逸らした。
 もう1機のアルビオール……ルークやアッシュたちの援護を担当している3号機の周囲に、巨大な光の譜陣が出現した。激しい衝撃が走り、更に空からは流星が次々と降り注いで来る。

「……ゲルダ?」
「何て強力な譜術……」

 複製都市へと降り掛かる災厄を目の当たりにしてジェイドは、呆然と娘の名を呼んだ。ティアが顔を青ざめさせながら、腕の中にいるミュウを抱きしめる。

「あ。3号機の上にいるのあれ、姉上か? 無茶してるなあ、もう」
「すごーい。砲口にぴったり当ててる!」

 一方、黒を基調とした機体の上に姿を見せている黒白の姿を見つけたルークは、ぽかんと目を丸くしている。そしてアリエッタは単純に、彼女が放った譜術の正確さに感心していた。

 1号機ではサフィールが、「おやまあ」と少々芝居がかった仕草で両手のひらを掲げた。

「ジェイドも大概無茶する人ですけど、彼女もそうでしたっけねえ」
「お前が知らんのに俺たちが知るか。案外、親に似たんじゃねえか?」
「そうかも知れませんね。あと、ピオニーが無茶やらせてたみたいですし」

 呆れ顔のアッシュに指摘され、サフィールはどこか納得したように目を細めた。荒事が出来る性格なのであれば、多少の無茶は許容範囲なのだと認識したのかも知れない。
 アリエッタと同じように譜術の効果を見定めていたアニスが、はっと気づいて指を差した。

「あ! ディスト、あそこ!」
「はい? ……おや」

 アニスの指の先、ホドを模した都市の一部に視線を向けてサフィールが唇の端を歪めた。激しい砲火が放たれる都市の中にあって、ほんの僅か隙間が見えているでは無いか。

「先生、じゃ無くてゲルダの譜術で破壊されたんでしょうね。都市の下部、対空砲火が死んでいます。あそこから突入出来そうですよ」

 薄い笑みのまま呟いたサフィールをちらりと視界の端で見て、アッシュは頷いた。機内前方、操縦席に向かって声を張り上げる。

「分かった。ギンジ、任せたぞ」
「はい!」

 銀髪の操縦士もまたその空隙を認識していたのか、何も問うこと無しに大きく頷いて見せる。程無く1号機は、砲撃の中を舞い降りるようにその高度を下げて行った。


 同じ場所を、ジェイドたちも認識していた。砲火の空白を確認したノエルが、操縦桿を巧みに操りながら大声で問いかける。

「1号機に続きます! 構いませんね!」
「ええ。別の入口を探すより早いですしね」

 誰の意見を伺うことも無くジェイドは頷いた。それから真紅の視線を巡らせたけれど、彼の意見に反対を唱える者はいないようだ。確かに、別の入口を探す余裕などありそうも無い。
 ホドへ向かって降下して行く飛晃艇の中、僅かに重力のくびきから解き放たれる感触をその身に受けながらルークは、ふっとジェイドを振り返った。

「アッシュたちは先に行ってるよな」
「恐らく。じっとしていてはこちらが不利になるだけですから」

 『我が子』の疑問に頷き、ジェイドは接近して来る複製都市を睨みつけた。それを生み出したのは、そのオリジナルを破壊したのは、自身がこの世界に送り出した1つの技術。

「何しろあちらには、ローレライとフォミクリーがある。際限無く兵力を生み出すことが出来ますから」

 そして、その技術は今彼の前に、壁として立ちはだかっている。


 じっと眼を閉じていたヴァンは、ゆっくりと瞼を開いた。振り返った先にいる部下の名を、ゆっくりと呼ばわる。

「ラルゴ、リグレット」
「は」
「はい、閣下」

 軽く頭を下げる2人を見比べて、ヴァンは右手を軽く振る。ふわりと散った記憶粒子の光には目もくれず、鋭い眼光を緩めもしないまま彼は低い声で言葉を紡いだ。

「奴らがこの地に降り立った。兵を率い、迎え撃て」
「承知。では、次の世界にて」

 まずはラルゴが、大鎌の柄でがつりと床を叩いた。くるりと振り向いて、そのまま背後を振り返ること無くその場を去って行く。

「吉報をお待ちください。閣下」

 続いてリグレットが、もう一度頭を垂れる。しばらくそのまま動かずにいたが、やがて彼女もゆっくりと歩み去って行った。
 姿が見えなくなる直前、一度だけ振り返った彼女の視界の中でヴァンは、じっと眼を閉じていた。

「──ヴァン」

 その人の名を呼び、リグレットは再び足を進めた。二度と振り返ること無く。

「メシュティアリカ、アッシュ、レプリカ……ジェイド・カーティス」

 1人残ったヴァンは、ぽつりぽつりと名を紡いだ。実の妹、預言に詠まれた『聖なる焔の光』、捨て駒として作ったはずの複製体、そして自身の野望を打ち砕かんと立ちはだかった譜術士。

「貴公の見た『預言』と同じ展開なのだろうな、カーティス大佐。預言に頼らぬ未来を願う癖に、笑わせる」

 最後に名を呼んだ男に向かい、ヴァンは嘲りともつかない言葉を投げる。ほんの少し口の端が歪んだのは、笑っているのか……それとも歯噛みしているのか。それも、分からない。
 だが。

「ローレライよ、お前の目の前で焔を消し去ってやろう。2つの預言に囚われた世界は、私が望む世界へと変化されるべきなのだ」

 少なくともこの言葉を口にしたときのヴァンは、戦の最後に立っているのが自分であることを微塵も疑ってはいなかった。


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