紅瞳の秘預言 99 双闘

 白を基調とした構造物の中を、アルビオール1号機に乗っていた仲間たちはアッシュを先頭に駆け下りて行く。神託の盾の妨害も無く順調に進んでいった彼らの前に、やがて広々とした空間が現れた。その中央に、1人の武将が兵を従えている。以前見た時よりも重装甲であり、それだけにその姿は雄々しい獅子を思わせた。

「待っていたぞ」

 大鎌の柄で床をがつんと叩き、彼は一同を見渡す。その中に金髪の王女の姿を認め、僅かに目を細めた。己と彼女の間に横たわる因縁を、今さらのように噛み締めて。

「……ラルゴ。私どもは、無駄な戦いはしたくありません。そこをおどきなさい」

 ナタリアは、血の繋がった父である彼を真正面から見据える。そうして、無駄とは知りながらも言葉をかけずにはいられなかった。
 無論、ラルゴが首を横に振る事など承知の上で。

「それは出来んな、ナタリア王女。俺はアッシュからローレライの鍵を奪い、総長に渡さねばならん。総長の望みを達成するためにもな」
「ふざけんな。ローレライは俺たちが、ヴァンから解放する。俺もルークも、ローレライの鍵を渡す気なんざ無いぜ」

 ナタリアの横に並び立ち、アッシュが抜き放った剣の切っ先を突きつけた。自分が殺されなければこの剣を奪われることは無い、真紅の焔はそう確信している。ラルゴは何よりも、戦人であるだろうから。

「ローレライの解放か……そんなことになれば、我らの理想は叶わない。お前たちをここで止めねばならん」
「……それは、お互い様ですわ」

 ラルゴの鋭い視線に、だがナタリアがひるむことは無い。今は横に、大切な人が立ってくれている。そうして、自分の周りをサフィールが、アニスが、そしてシンクが守っていてくれるから。
 今は別行動をとっているルークやジェイドたちも、自分の心を守ってくれるから。

 また、彼とは会えます。その時は手を繋いで、離さないでください。

 ジェイドがそう言ってくれたからナタリアは、大切な人と肩を並べて闘うことが出来る。

「私はアッシュの手を取り離さずに、オールドラントの民と共に預言に頼ることの無い未来を目指すと決めました。それを妨げようとする貴方がたとは、最早相容れない」

 だからナタリアは胸を張り、毅然とした態度を崩さない。世界の破滅に父が荷担するというのであれば、娘である己が止めなければならないと彼女は、心に決めていた。

「ならば、この俺を倒せ。そうでなくば、先へは進ません」

 そんなナタリアに対し、ラルゴがどう考えていたかは分からない。だが少なくとも、どちらかが最期を迎えるであろうこの場で親と子が相まみえることには、幾許かの安堵が垣間見えた。
 どちらかの最期を、どちらかが看取ることが出来るから。
 会話が途切れたところで、それまでじっと見守っていたサフィールが「やれやれ」と肩をすくめた。少しおどけたように両手のひらを上に向け、薄く笑みを浮かべる。

「頭の硬い相手には、力でお相手するしかありませんねえ」
「良く言うよ。あんたは基本的に頭脳労働だろ」
「あっはっは、確かに」

 腕を組み、呆れた顔で自分を見上げてくるシンクの言葉も笑って受け流す。サフィールのこの飄々とした性格が実のところ、『未来の記憶』に翻弄されたジェイドや様々な真実に直面した子どもたちの心を癒す一環となっていることを、子どもたちは無意識のうちに感じ取っていた。
 故にシンクも、本気で呆れているわけでは無い。これが、サフィール・ワイヨン・ネイスと言う人物なのだ。

「でもまあ、こんな私でも戦力でしょう?」
「まあね。ちょっとは頼りになるんだろ」
「当然でしょう? ジェイドのためですから」

 フォミクリーの技術をダアトに持ち込んだ『父親』と、その技術により世界に生み出された『息子』。彼らの、戦場にあるとは思えない軽口のやりとりをラルゴはじっと見ていたが、その中に登場した名前にぎりと歯を噛み締めた。

「愚かな。死霊使いの預言にすがり、くだらぬ世界を守るか」
「すがってなんかいませんよ。貴方がたの行動パターンの参考にはしましたけど」

 ラルゴが吐き捨てた言葉に、今度はサフィールが目を細める。普段の呑気な表情からは一変、『死神』の二つ名にふさわしい殺気をその全身にみなぎらせて彼は、こきりと指を鳴らした。

「ジェイドはね、自分の見た預言を覆したくて一所懸命努力したんです。大爆発の回避方法を研究して、プラネットストームの障気からティアの身体を守る方法を研究して、救える子は必死で救おうとして」
「そうだね。だから、ピオニー皇帝もディストも僕も死霊使いの……ジェイドの力になりたいって思ったんだ。ジェイドが預言と違う未来を望んでるってことは分かったし、僕にも僕として生きて欲しいって言ってくれたから」

 低い声で訥々と紡がれたサフィールの言葉に、素顔を平然と晒しているシンクが続く。ジェイドの知る『前の世界』では空っぽのまま死んでいったこの少年も、『この世界』ではイオンの複製体では無くシンクと言う1人の人間として己を確立していた。
 ジェイドが、手を差し伸べてくれたから。

「だから、失礼ながら貴方や総長ごときが邪魔をして良いわけがないんですよ。そこをどかないのであれば、我々の実力を以て貴方を排除します」

 ルークを救い、アッシュを救い、ユリアの預言よりも自身の『預言』よりも幸せな未来を捕まえる。
 その思いの成就は、目の前に迫っている。ここで打ち倒されるわけには、いかない。
 だからサフィールはにいと歯を剥き出して、獰猛な笑みを浮かべた。今目の前にいる、友の思いを妨げようとする障壁を打ち滅ぼすモノとして。

「だよねー。もっとも、言って聞く相手なら最初から邪魔なんてしないもん。そう言うことでしょ?」

 自身の背中から譜業人形をむしり取り、アニスがラルゴを睨みつけた。ナタリアのことは、意識的に見ないふりをしている。
 自分の両親は救われたのに、友達の父親と殺し合わなければならない。ラルゴがもう、己の意思を変えないことは分かりきっているけれど、それでも。

 だからあたし、悪いと思わないしナタリアにも謝らない。
 これはラルゴの意地と、あたしたちの意地の勝負なんだ。

「そう言うことですわ。皆さん、参りますわよ」

 ナタリアは目を逸らさずに、アニスの言葉に頷いた。そして背負った矢筒から1本引き抜き、番える。ここからはもう、言葉は必要無い。

「任せろ」
「とーぜん。行くよ、トクナガ」

 アッシュは剣を構えながら兵士たちを一瞥し、ふんと鼻で笑う。アニスはトクナガを巨大化させて、その後頭部に飛び乗った。

「すぐに終わらせるよ。ここでもたついてるわけにはいかないからね」
「任せなさい。伊達に『死神』呼ばわりされていたんじゃありませんよ」

 シンクは肉食獣の瞳で周囲を制しながら、姿勢を低くしていつでも動けるように構えた。そうしてサフィールは、口の中で詠唱を紡ぎ始める。それに気づき、ラルゴがにっと牙を剥いて笑った。

「総員、掛かれ!」

 ぶうん、と大きく振られた鎌を合図に、兵士たちは一斉に剣を振り上げて走り出した。その数は、アッシュたちの10倍ほどもいる。

「はっ、数だけで勝てると思ってんじゃ無いよね?」

 シンクが平然とそう呟いた、次の瞬間。

「燃え盛れ、赤き猛威! イラプション!」

 完成したサフィールの詠唱が響き渡り、白い鎧を纏った兵士たちへと炎が襲いかかった。その間を掻い潜るように走り込んで来たシンクの手刀が、的確に兵士の胸を突き破る。別の兵士がナタリアの放った矢に顔を射られ、足をもつれさせながら倒れた。

「数など、最初から計算に入れてはおらん!」

 ラルゴが吠える。どんと踏み出した彼の前で、真紅の焔が剣を横に振るった。ぎんと音がして、獅子の鎧の一部が欠ける。

「てめえの相手は俺だ!」
「手伝うよ!」

 目の前にいたアッシュ目がけて振り下ろされた大鎌の刃を、トクナガの爪が受け止める。そう言えばこの譜業人形はサフィールの手になるものだったかと思い出し、黒獅子の二つ名を持つ六神将はとても楽しそうに笑みを浮かべた。


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