LAVENDER 2.FIERY MIND
エブラーナ城の地下には、築城された頃から存在しているといわれるカタコンベがある。代々の王族はここに眠っており、二年前の戦乱の折に死亡した先代国王夫妻、即ちエッジの両親もここで永遠の眠りに就いている。
大きな扉がきしみながら開く音に、墓の前で祈りを捧げていた人影がすっと立ち上がった。たいまつに照らされたその姿は、模様の入った真紅のローブをまとう青年。明るい茶の髪から覗く瞳は、炎の色に輝いている。
「おーい、リディアとあとひとり来たぞー」
姿を現したのはエッジ。その後ろに、リディアと『ラベンダー』が着いて入ってきた。どうやら、赤の青年がルウと呼ばれる人物らしい。
三人が彼の前に肩を並べる。赤の青年は軽く頭を下げ、低い声を流し出した。
「お久しぶりですね、リディア。それと……ようこそエブラーナへ。『ラベンダー』」
「久しぶり?」
リディアは、訝しげな視線を彼に向ける。その隣で『ラベンダー』も唖然としていた。今彼が名乗っている名はほんの数日前にルカ王女からつけられたものであり、地上でその名を知る人物はまだほとんどいないはずだからだ。
「私のことをご存じなのですか?」
「はい。バブイルの塔では、私の配下だった者がルカ王女にご迷惑をおかけしたと連絡が入っています。申し訳ない」
青年はさらに頭を垂れる。地底で起きた事件をこの時点で知っている彼に、リディアの視線は一段と鋭さを増した。
「……あなた、誰?」
青年に詰め寄ろうとするリディア。その少女を手で制し、『ラベンダー』はゆっくり、しかしはっきりと唇を動かした
「──ルビカンテ?」
「え?」
火のルビカンテ。
二年前の戦乱で地上を混乱に陥れた邪悪の一角を成した人物。
間接的に、エッジの両親の敵。
その名を、知らないはずの青年ははっきりと呼んだ。
「その名は、どこで?」
自らの名がそれであることを、赤の青年は否定しなかった。ただ、それだけを問い返す。『ラベンダー』ははっとして、視線を所在なげに揺らめかせながら答えを口にした。
「いえ。ただ、頭の中に浮かんできた名前を口にしただけで……」
「『ラベンダー』、正解。こいつはルビカンテだよ、リディア」
エッジが肩をすくめ、赤の青年……ルビカンテの肩をぽんと叩く。ぽかんとしていたリディアがほんの少しの間を置いて発したのは、「ええー!?」という大変に少女らしい反応の言葉だった。
「い、言われてみれば何となくそうかなって思えるけど、でも、えー?」
リディアも、『火のルビカンテ』とは会ったことがある。戦ったこともある。今目の前に発っている青年の着用しているローブは、確かに彼女の記憶にある『火のルビカンテ』と同じものだ。声も、その当時のまま変わりはない。変わっているのは、当時よりもずっと人に近くなっている、その姿。
「二年前に戦った四天王はさ、本来はこの星にある四つの元素を司る精霊だったんだと。あの戦いの後、各自クリスタルの元に復活してるみたいだぜ」
エッジの説明に、へーと素直に頷くリディア。クリスタルに地水火風の四属性があることはこの世界の常識として知られており、かの四天王も属性は同じものだったことをリディアは覚えている。つまり、かの敵は四天王をわざわざ生み出すのではなく、元から存在した精霊を邪悪に染めて利用したのだと、少女は納得した。言われてみればゴルベーザもカインも、邪悪に染められたが故に自分たちと敵対していたのだから。
「はい。私も、ダムシアン城のクリスタルルームでこの姿を得て目覚めました。しばらくはそちらに滞在していたのですが、つい先日機会がありましてこちらに移らせていただきました。エッジにはその時事情を説明したんですが……最初は大変でしたよ? 彼、かなり強情な部分がありますし」
ルビカンテが苦笑を浮かべながら口にした言葉に、思わずリディアは吹き出した。そうそう、この若殿は良い意味でも悪い意味でもかなり強情なのだ。
「あはは……それもそうね。どうせ喧嘩ふっかけたりしたんでしょ」
「ふっかけてねえよ、力試ししようとしただけで!」
「いずれにしろ、やることは同じだと思いますが」
「『ラベンダー』、お前までそんなこと言うかー」
花の名を持つ青年にまでそう茶化されて、エッジは年甲斐もなく頬を膨らませて拗ねてみせた。
国王の私室の窓からは、遙か北西にあるバブイルの塔とその周囲に広がる険しい山地をはっきりと望むことができる。部屋の主に招待され、リディア・『ラベンダー』・ルビカンテの三人はそこで夜を過ごすこととなった。無論、リディアの寝室は別に用意されてはいるが。
「……バブイルの塔が揺れたのは、俺も感じたよ。じいなんか腰抜かしてたしな」
日が暮れかかったエブラーナの地を眺めながら、エッジは言った。彼によればバブイルの振動は空気の震えとして感じられただけで、地底とは異なり特に地震などの被害はなかったらしい。もっとも、この地と塔を繋いでいる橋がどうなったのかは知るよしもなかったが。
「けど、あれは二年前に機能が停止してるはずだしな。まさか地底でそんな騒ぎになってるなんて知らなかったよ」
腕を組みながら、エッジはルビカンテに視線を向ける。小さく頷き、火の精霊は言葉を繋いだ。
「私がエブラーナに来たのは、バブイルの塔に僅かながら残っていた部下たちからその連絡を受けたからなんです。あれに何かが起きたとすれば『ラベンダー』、あなたに関することではないかと思いまして」
「私、ですか?」
淡い色の髪を持つ青年は、不安を顔に映し出しながら呟いた。
失われた記憶の断片は、この世界のそこかしこにかいま見えている。しかし、その欠片の橋にすら手が届かない……そんな、もどかしげな不安。
「『ラベンダー』。記憶、欲しい?」
リディアが、かすれた声で尋ねる。振り返った『ラベンダー』を、少女はじっとまっすぐ見つめていた。大きな瞳には、複雑な表情が入り交じっているのがはっきりと分かる。
「それは……欲しいです。私がどこの誰なのか、今まで何を為してきたのか……」
「今のあなたには、耐えられないと思う」
少女は、はっきりと口にした。エッジとルビカンテがはっと顔を上げ、リディアに視線を集める。
「今のあなたには、あなた自身が過去にやってきたことを受け止められるほど強くないと思う。だから、せめてもう少し、強くなってくれなきゃ」
どこか拗ねたような表情で、少女は青年に言葉を投げかける。両の瞳は澄んでおり、まるで『ラベンダー』を導く光のように青年には思えた。どこかの城で、バブイルの塔で……そして自分と近しい、誰かの手の中にきらめいている光のように。
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