LAVENDER 2.FIERY MIND
「ルビカンテ」
「はい」

 不意に己の名を呼ばれたにもかかわらず、ルビカンテは冷静に頷いた。至極当たり前のように炎精を従える青年の姿を、リディアとエッジはある意味感心の表情で見つめている。

「クリスタルは……ダムシアンにひとつあるそうですが、それ以外はどこにあるのですか?」
「クリスタルですか?」
「ええ」

 『ラベンダー』は緑の髪の少女、純白の髪の青年、そして炎の化身の青年を順に見比べながら問う。三人は互いに顔を見合わせていたが……やがて口を開いたのは、エッジだった。

「地上にあるのなら、ダムシアンの『火』を除くとあと三つだ。トロイアに『土』、ファブールに『風』。そんでもって、ミシディアに『水』……自分とこにクリスタルがないのはうちと、セシルのバロンだな」
「エッジ!」

 指折り数えながら教えるエッジに、リディアがどこか非難がましい視線を向ける。だが、エッジはその視線を軽く受け流し、構わずに言葉を続けた。

「見てこいよ。自分の目で、この世界を……クリスタルが見守ってきたこの星を。そんでもって、過去に何があったかもな。それが、お前さんの記憶を追いかけることになる」
「……はい」

 にやりと得意の笑みを見せ、エッジは『ラベンダー』の肩をぽんぽんと叩いた。青年の笑顔は、過去を持たない彼にどこか力を与えるものだ。

「となると、どうせ世界全部回るんなら近場から行くのが一番だな。……トロイアかあ」

 表情をころりと切り替え、天井に視線をやりながら指をくるくると回すのは、何かを考えているときの仕草だ。恐らくは、世界地図を思い出して渡航ルートをその上に描いていたのだろう。ちらりとルビカンテに視線を向けると、彼は大きく頷いた。この二人、さりげなく良いコンビであるようだ。

「なるほど……『ラベンダー』。トロイアまででしたらお送りします」
「ありがとう、ルビカンテ。でも、できればひとりで行かせてはもらえませんか」

 炎精の申し出に、だが『ラベンダー』は首を横に振った。ちらりとリディアに視線を向け、僅かに目を伏せて口を開く。どこか、胸の奥に澱んだものを吐き出すように。

「どうやら、私は悪しき者だったようですし……非難を受けるのは、私だけで十分です」

 視線を向けられたリディアは、一瞬意味が分からなかった。……ほんの僅かの思考が、先ほど自分が彼に投げかけた言葉を思い出させる。

「……あ」
「さっきのリディアの言い方でバレバレだよなー。気をつけろよな」

 慌てたように口を押さえたリディアの頭を、エッジの大きな手がくしゃりと撫でる。謝ろうと顔を上げた少女に、『ラベンダー』は軽く首を振って答えた。

「気にしないでください、リディア。これはきっと、私に課せられた試練なのでしょうから」
「……ごめんなさい」

 それでも小さな声で最低限の謝罪だけは言葉にして、リディアはぎゅっとエッジの服を掴んだ。子供は不安になったときに保護者の衣服を掴む習性があるようだが、リディアにとって自分を守ってくれる保護者とはエッジに他ならないのだろう。いい感じだな、と『ラベンダー』は口には出さずにそう思った。
 彼ら三人のやりとりをどこか楽しそうに見守っていたルビカンテだったが、すっと『ラベンダー』の背後に動いた。ちらりと視線を向ける青年に、炎精はことさら低い声で言葉を伝える。

「ですが『ラベンダー』、お気をつけください。トロイアのクリスタルは土のクリスタル……恐らくはスカルミリョーネが、あなたを待ち受けております。あれは何を考えているのか、私でも測りかねます故」

 その忠告に、青年は小さく頷くことで答えた。


 その魔術師は、ゆっくりとまぶたを開いた。トロイアの深い森の中、ベージュのローブに顔を半ば隠した彼は、南に視線をやるとにぃと微笑む。どこか黒い、澱んだ笑み。

「……おいでなさいますか。歓迎の準備が間に合ったようで、何より」

 彼の足元で、地面がぼこぼこと盛り上がった。土を突き破るようにしてその下から姿を現したのはかつては人だったものの成れの果て。ぼろぼろの肉体を残す者、骨だけになった者、骨すらも消え去り瘴気だけの存在となった者……分類されるならばアンデッド、と呼ばれるものたちである。
 彼らを従えた魔術師の表情は、誰が見ても邪悪でありながらどこかに哀しみを帯びていた。

「この星であなた様が何を為されたか。そして、そのために私がどのような力を持たされたか。御身をもって、知らしめることとしましょう」

 魔術師がすっと右手を空に掲げる。と、それを合図にしたかのようにアンデッドたちは森の中へと消えていく。死者たちの姿がすっかり消え失せたそこは、しかし周りの森とはまったく雰囲気を異にしていた。あまりの瘴気に、生えていた木々から生気が失われてしまったのだ。
 枯れ木と枯れ草、虫の一匹すらも動かぬものと化したその空間で、彼はぼそりと呟いた。

「この力に耐えられますか? 今のあなた様に」

 思いを吹っ切るように濃い緑の森を見つめる青年の瞳は、大地の色を宿していた。彼の名はスカルミリョーネ……トロイアで目覚めた、大地の力を司る精霊である。
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