LAVENDER 6.SILENT BEGINNING
 夕方になって、火と水の精霊がやっとクリスタルルームから出てきた。双子の勉強を終わらせた後待ち受けていたミンウが、疑問をぶつける。

「何をしておられたのかね? 風精殿は既に山を下りてきておられるが」
「へへ、友達呼んでたの。ちょっと時間掛かっちゃったけど、やっと来たから。ほら早く〜」

 にこにこ笑いながらカイナッツォが引っ張り出してきたのは、ベージュのローブをまとう青年だった。土のスカルミリョーネ、彼らと同じ精霊である。

「……どうも」
「これは……地精殿。珍しいことですな、四天王が全て揃うとは」
「そういう事態ですから」

 言葉少なく、決まり悪そうな表情のスカルミリョーネに怪訝な顔をしたミンウに、炎精が口を添える。

「スカルミリョーネは、以前『ラベンダー』に辛く当たったことがありましてね。それが気になるんですよ、こう見えて結構神経質ですから」
「言うなよ、ルビカンテ」

 むすっとしながら地精の青年は呟いた。暗い色の髪をくしゃくしゃと掻き回し、低い声でぶつぶつ呟く。

「あの時はああするしかなかったんだよ。私はテラに協力したかっただけなんだ」

 それでもミンウと再び顔を合わせると、どこか諦めたような顔になって彼は告げた。

「じき、エブラーナの王と幻界の姫がおいでになるはずです。長老、迎えの準備をお願いできますか?」
「うむ、すぐ用意させよう。だが、まずはそなたからだな。さあ、中へ」

 深く頷き、ミンウはすっと手を差し伸べた。一瞬驚きの感情を顔に表して、それからスカルミリョーネは素直に受け入れる。単に人付き合いが苦手で、照れていただけなのかもしれない。

「……すみません。世話になります」


 夕食が終わった頃になって、エッジとリディアが到着した。召喚士であるリディアのツテを頼り、幻界を経由しての移動である。全員が揃っているという祈りの間にすたすたと上がっていったエッジは、ひらひらと片手を閃かせて相変わらずの軽い態度を取っている。

「よ、遅くなったか?」
「やっと来たか。お前たちで最後のはずだ」

 ぱん、とハイタッチを交わし合うエッジとカイン。一緒に上がってきたリディアが、月での戦い以降顔を合わせていなかった竜騎士の存在に顔をほころばせる。

「こんばんは〜……あ、カイン久しぶり」
「リディアも元気そうだな。あれの相手は大変だろう」
「そうでもないよ? 考えてること分かり易いもん」

 カインにあれ呼ばわりされ、リディアに否定もされなかったエッジは思わずむくれ顔。ちらとその顔を見て肩をすくめ、バルバリシアが彼らの会話に参戦した。

「そうそう、カインみたいにむっつりさんだとこれが大変なのよねえ……本人自覚ないし」
「その割にバルバリシア、君の顔はにやけているが」
「む。いーじゃないのぉ」

 まさかルビカンテにツッコミを入れられるとは思っていなかったのだろう、バルバリシアもエッジと同じ表情に変化する。彼らから一歩引いて見ているスカルミリョーネとローザ、そして『ラベンダー』にごめんね、と両手を合わせ、カイナッツォが大声を張り上げた。

「あーはいはいはいそこまでー。のろけ話は後にしてー」
「のろけているのはあいつらだけだ」
「いいじゃないの。言うだけならタダよ」

 さっぱり自覚のないカインとバルバリシアに一瞬脱力しつつも、水精の少年は本題を持ち出すつもりで口を開いた。そもそも、この場にこれだけの顔ぶれが揃ったその意味を知らしめるために。

「とにかくさ、さっさと話進めよ。みんな揃ったんだしさあ」
「みんなって、セシルいないじゃない」

 リディアが鋭く切り返す。『ラベンダー』も周囲の顔を見比べて、所在なさげに肩をすくめた。

「……そうですね。私はどちらかというと仲間はずれのような気がします」
「そんなことないんですけどね」

 苦笑するローザの肩を、じっと黙り込んでいたスカルミリョーネが軽く叩く。同じようにリディアの肩も叩いて、地精の青年は穏やかな笑みを浮かべ、言葉を紡いだ。

「その、セシルを救うための仲間が皆……ということだよ。だから私も、ここに来たんだ」


 空間と時間が、音を立てて流れていく。足場のない宇宙にセシルたちはその身体を浮かべていた。
 ゼロムスによって傷つけられた身体は、ミシディアで祈りを捧げ続けている仲間たちの思いにより完全に癒されている。そして彼らの身体は各々違った色の光……クリスタルに籠められし、四大元素の力に包まれていた。

 カインは淡金……『風』。
 エッジは真紅……『火』。
 リディアは紺碧……『水』。
 ローザは琥珀……『土』。
 セシルは純白……全てを統合した、『光』。

 聖騎士の手の中で、クリスタルが白く目映く輝く。その煌めきの中から優しく、そして雄々しい声が響き渡った。黒い甲冑を身にまとう、セシルと同じ色の髪を持つ青年の声が。

『我が弟よ! お前に秘められた聖なる力を、クリスタルに託すのだ!』
「──はい、兄さん!」

 力強く答えたセシルの声に同調するかのように、クリスタルの光が一段と強まった。いくつもの色が複雑に絡み合い結果として純白となった光が、彼の目前に立ちはだかる巨大な影を包み込む、邪悪な霧を吹き飛ばしていく。

「ゼロムス! 正体を見せるがいい!」

 その言葉には、二つの色が重なり合っていた。光と闇、二人の青年が持つ、二つの色が。


 ミシディアの夜が、ゆっくりと更けていく。朝の早かった幼子たちは長老に連れられて早々に寝室へと入り、残った者たちは祈りの間に顔を揃えていた。母親の衣服をしっかりと握りしめたまま眠っているセオドアの髪をゆったりと撫でつつ、ローザはソファに座って室内を見渡している。

「ふーん。揃えば揃うものね」

 カインの腕にしがみつくように立っている風精バルバリシアが、皆の顔を見比べて呟いた。どこか不安げな表情の『ラベンダー』を支えるように立っている炎精ルビカンテが、彼の不安を打ち消すように力強く微笑む。

「それだけ皆の絆が強いということだな。そうでなくば我らとて力を貸すことはなかったろう」
「そうだね。その絆でしっかり打ち負かしてくれたもんね、僕たちのこと」

 水精カイナッツォが肩をすくめ、地精スカルミリョーネと顔を見合わせる。無邪気な少年の笑みに、青年は苦笑を漏らす。かつてトロイアで『ラベンダー』を襲ったときとはまるで別人のような、優しい地母神の表情。

「そうね、ゼロムスと戦ったときはお世話になりました」

 リディアが当時のことを思い出しながらうんうんと頷く。並んで立っているエッジは少しいらいらした表情で、ちらりとカインに視線を投げてから口を開いた。

「あー、まあそりゃいいんだけどよ。早く本題に入ってくんね? 俺そんなに気ぃ長くないんだわ」
「それは知ってる。ちゃんと話するから安心して」

 あっさり水精に切り返され、言葉に詰まるエッジ。彼を含め、その場にいる全員に順に視線を投げかけてからカイナッツォは、窓に寄りかかった。

「『ラベンダー』はしばらく聞いててね。ねえみんな、月でゼロムスと戦ったときのこと覚えてる?」
「……あー。そりゃもうばっちり」

 白髪の青年が軽く頷いて、カインやリディアたちに視線を移す。彼らの肯定を頷きで確認して、エッジは視線を戻した。視界に捉えているのは彼とは因縁もあり、あの戦の後初めて顔を合わせた四天王でもあるルビカンテ。

「そーいや、あんときお前ら俺らのこと守ってくれたんだよな。最初は何だか訳分からなかったけどよ」
「ええ、そうですね。正確に言えば、我らの力を媒体を利用して放出したということになりますが」
「媒体?」

 炎精が言葉の中に組み込んだ一つの単語に、カインが敏感に反応する。眉をひそめ、ちらりと自らに寄り添うバルバリシアへと視線を落とした。

「どういうことだ? 俺たちは媒体のようなものは持っていなかったはずだ……セシルに託されたクリスタル以外はな」
「クリスタルはある意味中継の役目だから、確かに媒体と言えるわね」

 金の髪からは、彼女が動くたびにふわりふわりと金色に光る粒がこぼれる。バルバリシアが竜騎士の顔を見上げると、またひとしきり粒がこぼれ落ち、室内を明るく照らした。
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