Fate/gold knight 1.きんのゆみ
 藤ねえは近所の家の幼なじみで、弓ねえは戸籍上正式な俺の姉。それ以外にも、2人の姉には違う点があった。もっともそれは、今となっては俺と弓ねえの2人しか知らないことだけれど。
 弓ねえは、人間じゃない。
 『サーヴァント』という、使い魔の一種のような存在なのだ。
 俺が衛宮士郎になって5年、親父が死ぬ直前に俺はそのことを親父と弓ねえの2人から知らされた。弓ねえ自身は、親父に引き取られてすぐに彼から教えられたという。なぜ親父がそのことを知っていたのか……俺たちは『彼が魔術師だから』という理由で納得してしまっている。何しろ、親父以外の魔術師なんて俺たちは誰1人知らないのだから。
 既に布団から離れることすらほとんど無くなっていた親父の枕元に、俺と弓ねえは並んで正座していた。無理矢理起き上がってカーディガンを肩に掛けた親父と、その言葉を受けるようにいくらか口を開く姉の話を聞いて、俺は眉をひそめた。

「……サーヴァント?」
「そうだ。早い話が使い魔のようなもの、とでも覚えおけば良い」

 聞き慣れない単語を確認のため聞き返した俺に、弓ねえは小さく頷いて答える。親父の弟子になってから3年、実技の訓練以外にも知識を得ようと親父の数少ない蔵書を読みあさっていた俺は、使い魔の存在やその意味は知っていた。知っていたけれど、きちんと肉体を持ったヒトの姿をして今目の前にいる弓ねえがその類、だなんてことはとても信じられなかった。大体、動物を使い魔にする例はいくつか知ってるけど、ヒトを使い魔にした話なんてのは寡聞にして知らない。
 詳しいことは、親父が話してくれた。曰く、大がかりな儀式のために過去の英雄を使い魔として召喚したモノ、それがサーヴァントなのだという。本来ならば、あくまでその身体を構成するのはエーテル体のはずなんだけど、弓ねえにはちゃんとした実体――肉体がある。一度ヘマやって風邪を引いた時に医者にかかってるからな。冬に風呂沸かし損ねて水風呂に浸かってしまった、なんて今時のマンガでもやらないぞ。

「弓美は、事故か何かで偶然肉体を持ってしまったんだ。昔の記憶がないのは、その時の後遺症だと思う」

 親父が考え考えモノを言う。弓ねえにあまり知られたくないことでもあるのだろうか? けど、当の本人は平然と俺を見つめたままだった。気にしていないのか、気にしないことにしているのか。それは俺には分からない。

「そういうことだ。故に我は、誰が我を召喚し使役していたのか、まるで知らぬ。――知りたいとも思わぬがな」

 そうやって話を聞かされて、俺は改めて弓ねえを眺めた。小柄な彼女の全身から放たれるオーラというか存在感というか……うまく説明できないけどそういった気みたいなものは、確かに俺や親父とはどこか違っている。弓ねえがそういう存在だって言われてみると、その違和感は自分の中できちんと説明がついた。だって俺や切嗣は人間で、弓ねえは過去の英雄……サーヴァントなんだから。
 ……だけど、それが何だって言うんだろう。
 何を今更。
 だって、もう5年も一緒に暮らしてきたんだぞ。俺と親父と弓ねえ、しょっちゅう通ってくる藤ねえ。誰がニンゲンで、誰がツカイマなんて、そんなことまるで関係ないのに。

「……士郎。でもね、今ここにいる弓美は僕の娘で、君のお姉さんなんだ。そのことだけは分かって欲しい」

 ちらりと弓ねえに視線をやってから、親父は俺を真っ正面から見つめてそう言った。何を当たり前のこと言ってるんだろう、と俺は呆れる。でも、同時にそれは嬉しくもあった。だって親父も、俺と同じ考えだったんだから。弓ねえをサーヴァントとしてではなく、俺たちの家族として受け入れてくれてたんだから。だから俺はあからさまに溜息をついてみせて、そして答えてやった。

「そのことも何も、弓ねえは藤ねえと一緒で俺の姉貴だろ。使い魔だとかサーヴァントだとか、そんなの関係ないじゃんか」
「うん、それならいいんだ。ありがとう、士郎」
「……これからもよろしく頼むぞ、士郎」

 力無く微笑んだ親父の横で、我が姉はふんわりと優しく笑った。それから姉弟2人ですっかりやせ細った親父を布団に横たえ、寝かしつける。弓ねえのことがよほど気にかかっていたのだろう、眠りについた親父の顔は何だか明るくなっていた。

 その時に、俺は確信したんだ。
 俺が魔術師になろうと思ったのは、間違いなんかじゃない。
 弓ねえはサーヴァント。誰かが過去の英雄をこの世界に引き出したことで産み出された、強力な存在。本来ならばどこかに存在するであろう主に仕えるべき存在なんだろうけど、彼女は肉体を持つことで主なくしてこの世界に存在している。
 どこかの英雄が、肉体を持って世界に存在している。魔術協会にこのことが知られたら、どうなるか分からない。いや、魔術協会はともかく、どこかのはぐれ魔術師――俺たちもそうなんだけど――がこのことを知れば、弓ねえを狙ってやって来るかもしれない。そして、その過程で親父や藤ねえや、俺の知ってるみんなが巻き込まれるかもしれない。
 ……だから、俺が魔術師になりたいと、なろうと思ったのは間違いじゃない。使える魔術は限られているけれど、それでも親父の代わりに俺が弓ねえを、藤ねえを、みんなを守るんだ。

 それが、俺の見つけた道だった。
 俺の大事な人たちを守るために、俺は『正義の味方』になる。
 かつて親父が、あの赤い地獄から俺と弓ねえを助け出してくれたように。
 それから5年、俺と弓ねえを自分の子供として守ってくれたように。

 だって、正義の味方っていうのは、誰かを守り助けるものだろう?
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