Fate/gold knight 3.ぎんのつるぎ
 青っぽい月の光が、土蔵の入口から差し込んでくる。その中で、俺と弓ねえは突然出現した少女と対峙していた。俺たちを助けてくれたはずの少女は、今にも見えない武器を振りかざして襲ってきそうだ。びりびりと殺気が伝わってくる。

「……アーチャー? 何故貴様が、わたしのマスターと共にいるのだ? 貴様はあの時に、わたしが斬り伏せたはずだ!」

 セイバー、と名乗った少女が、弓ねえをまっすぐに見つめている。その視線にはどこか憎々しげな感情がこめられていて、ややもすればその視線だけで人を殺せそうだ。まるで、弓ねえに対して昔年の恨み辛みがありますよ、とでも言いたげに。

「……アー……チャー……?」

 一方、アーチャーと呼びかけられた弓ねえは呆然とセイバーを見つめている。赤い瞳はゆらゆらと頼りなげに揺れていて、いつもの姉貴からは想像もつかないほど動揺しているのが俺にも見て取れた。

「……即刻、我がマスターを解放して立ち去れ! さもなくば10年前に取れなかったその首、今ここでたたき落とす!」

 見えない何か……『セイバー』だから、おそらくは剣と思われるそれをぐいと弓ねえに突きつけるセイバー。
 10年前。
 『衛宮弓美』の記憶が始まったその時間。
 俺の知らない呼び方で弓ねえを呼んだセイバーは、もしかしたらその前の弓ねえを知っているのかもしれない。いや、知っているからこそのあの態度なのだろう。だけど……何であんなに敵対的なんだ? 俺の知らない弓ねえは、一体何者だったんだろう?

「……」

 当の弓ねえに視線を移すと、まだ視界が定まっていない。普段ならここで無礼者とか言い返すのが弓ねえなのだが、今の彼女はそういう言葉を出すことができないほど揺れていた。まずいな、セイバーの方は本気だ。止めないと。

「アーチャー!」
「セイバー、やめろ!」

 ぐいとセイバーが一歩踏み込む。俺は思わず、2人の間に割り込むように足を進めていた。俺の前で、俺の姉と俺を助けてくれた女の子が殺し合いだなんて、そんなことは許さない。

「な、マスター! いきなり何を!?」

 セイバーは俺の顔を見て、一瞬足を引いた。俺をマスターと呼んでいることもあってか、彼女に俺ごと弓ねえを斬るっていう考えはないみたいだ。だから、俺はむりやり二人の間をかき分けるようにしてセイバーの顔を真正面に見据えた。こうやって見ると、弓ねえとあまり身長は変わらないな。凛とした瞳が、彼女の意志の強さをはっきりと主張している。

「やめろ。弓ねえに何するんだ」
「何を言うのです、マスター。その者は敵です!」

 ああ、やっぱり。セイバーは、どういう理由からかは知らないけれど弓ねえを敵だと見なしてる。だけど駄目だ。俺は弓ねえの弟だから、姉貴を守らないと。

「敵じゃない。俺の姉貴だ」
「な……」

 俺の言葉に、セイバーは絶句してる。だけど引かない。今弓ねえを守ってやれるのは、俺だけなんだから。

「状況がよく分からないけど、助けて貰ったことには感謝してる。ありがとう。だけど、彼女は俺の姉貴で敵じゃない。だから、武器を向けるのはやめてくれ」
「……しろう」

 背後から、か細い声が俺を呼んだ。普段聞くことのない、気弱な弓ねえの声だ。ごくごく稀にだけど、彼女はこんな声を出す。決まって失った過去の断片――それも見たくない断片を見せられたらしい時だ。俺はこんな弓ねえの声は聞きたくないから、肩越しに彼女を振り返って「大丈夫だ」と頷いてみせる。そんな俺と弓ねえを警戒しつつ見比べた彼女は、やがて根負けしたように小さく溜息をついた。剣らしいものは構えたままだけど、それは仕方がないのかもしれない。

「――本当に、敵ではないのですね?」
「ああ」

 念を押すように問うてきた彼女に、俺は大きく頷いた。それに対して彼女も小さく頷いてくれて……それから、くるりと背後を振り返った。月の光が差し込んでくる土蔵の入口……その外には、赤い槍を油断無く構えている青い男の姿があった。うわ、そう言えば俺たち、あいつに狙われていたんだよなぁ。

「分かりました、マスターがそう言うのであれば。当面の敵はあちらですし」
「あー、やっとこっち向いてくれたか。待ちくたびれたぜ」
「ふむ、済まぬな。存在感がないのでな、すっかり忘れておったわ」

 ……弓ねえ、あいつ目にした途端調子戻ってやんの。セイバー共々、ぎろりとあいつを睨み付ける。と、すっと一歩前に出たのはセイバーの方だった。見えない武器を構える音がかちゃりとする。

「マスター、アーチャー、下がっていてください。アーチャー、後で話があります」

 そう言うが早いか、セイバーは扉から外に飛び出していった。ほんの数瞬遅れて鋭い金属音が数度立てられる。どうやら、セイバーとあの男が戦闘を開始したようだ。

「士郎、出るぞ」
「あ、ああ、分かった」

 弓ねえに、背中をぽんと押される。俺は半ば呆然としたまま頷いて、それから外へと足を踏み出した。と同時に、目の前には信じられないような光景が広がった。

「――な」

 青い男の槍は、俺を相手にしていた時よりもずっと速度を増して繰り出されていた。それをセイバーは、見えない武器で弾き、受け流し、あまつさえ反撃の一閃をも叩き出す。俺では対等に戦うことすらかなわなかった相手を、彼女の攻撃はじりじりと後退させてすらいるのだ。しかも、どうやらあの一撃一撃には、とんでもない量の魔力がこめられているらしい。槍とぶつかった時に放たれる閃光は、目に見えるほどにまで猛った魔力の迸りだ。あんな魔力と、そして重みのある打撃が一度に繰り出されるとは……相手の男も、良く受けてるよな。

「……ふむ。かなり大きい剣だな。重量もあろうに、よく片手で振り回せるものだ」

 俺の背後から歩み出てきた弓ねえが、低い声でぼそりと呟いた。彼女の言葉の意味するものに気がついて、俺は慌てて姉を振り返る……それより先に、弓ねえは俺と肩を並べた。

「え? 弓ねえ、セイバーの武器分かるのか?」
「――あ、ああ。何となく、だがな」

 俺がちょっとびっくりして尋ねると、姉は一瞬きょとんと目を見開いた。それから髪を軽く掻き回しながら、自分でも要領を得ないといった表情で答える。……これも、俺や彼女自身が知らない弓ねえの部分なのだろうか。
 ガギィン、と一際大きな音が耳に飛び込んでくる。セイバーが大きく武器……弓ねえ言うところの『剣』で男の槍をなぎ払い、2人の距離がかなり開いたところだ。

「この卑怯者め……自らの武器を隠すとは何事か!」
「……」

 青い男はやりにくそうだな。そりゃそうだ……相手の武器が見えないってことは、その攻撃方法や間合いが把握できないってことなんだから。セイバーの方は相手が槍使いだって分かってるから、その分自分からの攻撃もやりやすい。こんなところでも、2人の優劣は決まっていたんだ。

「――っ!」

 セイバーは強く息を吐いて、ぐいと間合いの中へ踏み込んだ。その腕がさらに振りの速度を上げる……それを赤い槍を巧みに立て、払い、振り回して青い男は防ぎ切る。見えない武器を、セイバーの踏み込んでいく間合いと足取りを頼りにして『見て』いるのだろうか。
 ぐいぐい押し込んでいくセイバー。一歩、また一歩と後退していく青い男。誰の目から見ても、既に勝敗は明らかだ。それを自らでも感じ取ったのか、だんとセイバーの足が大きく踏み込まれた。腕を大きく振りかぶり、必殺を期した一撃を男めがけて叩き下ろす――!

「ハッ! 調子に乗るんじゃねぇ――っ!」

 透明な刃が、ほんの一瞬前まで男が立っていた地面を抉った。パワーで劣るともスピードでは引けをとらない……男は自分の足に全てを賭け、大きく後方へと飛び退いたのだ。そして、着地と同時に反動を生かし、今度は前方へと飛び込んでくる。狙うは大地を抉ったまま止まっている、セイバーの懐!

「――!」

 対するセイバーも、そのままでいるわけはない。打ち付けたままの刃を軸にしてくるり、と身体を反転させての強威力の一撃を、降ってくる青い閃光へと叩きつける!

「刺し穿つ……死棘の槍――!」
「はぁぁぁぁぁぁっ!」

 セイバーの一撃が、投げつけられた赤い槍とその向こう側にいる青い男めがけてまっすぐに突き進む。と、奇妙なことが起こった。きゅ、と槍が軌道を変更させ、見えない剣の攻撃から身をかわしたのだ。

「……っ、くぁっ!」
「ふっ!」

 同時に男も強引に身を捻り、自分を襲う閃光を紙一重で避ける。対するセイバーは、自らを直撃する槍をかわすことができなかった……いや、あれは……。

「因果の逆転――か?」

 ぽつりと口をついて出た言葉に、自分でも驚く。だって、『見て』分かったんだ。あれは……男が口にした言葉は、あの槍に『既に心臓を貫いている』という大前提を持たせるもの。既に決定した事実は、どんなことをしても覆すことはできない。先に『槍が心臓を貫いている』という事実が存在し、その事実を立証するために男は槍を投擲しただけのこと。
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