Fate/gold knight 3.ぎんのつるぎ
 だっていうのに。

「は……あ、ぁっ……」

 セイバーは、ぎりぎりのところで致命傷を逃れていた。ほんの僅か、槍は彼女の急所を外れていた……正確に言うと、セイバーが全力で回避して外したのだ。だけど、重傷には変わりがない。見ているうちに傷は修復されていくけれど、あれは呪詛とでも言うべきもの。簡単に治る傷じゃない。

「……っ!」
「くっ!」

 俺と弓ねえは、示し合わせたかのように駆け出した。荒い息を整えようとしているセイバーと、槍を取り戻した男の間に立ちはだかる。俺たちを助けてくれた彼女を、今度は俺たちが守らないと。

「は――ぁ、マスター……アーチャー! 何を……しているのです、下がって――ください!」
「ほざけ。その傷で何ができる」
「アーチャー! ですが……あれは、ランサーは……!」

 どこから取り出したのか、両刃の剣を片手にぶら下げながら吐き捨てる弓ねえ。その彼女に対してセイバーが叫んだ『アーチャー』の言葉に、男……セイバーの言葉からするとランサーというらしい青い男が、眉をひそめた。

「アーチャーだって? んな馬鹿な。その嬢ちゃんがアーチャーのはずはねぇだろう」

 ぼそっと呟き、ランサーが軽く大地を蹴った。一飛びで塀の上まで飛び上がり、俺たちをじろりと見下ろす。何だ……撤退してくれるのかな。

「は、にしてもアンタら、なかなか勇ましいこった。槍が効かねぇなら戻ってこいと抜かしやがるウチのマスターとは大違いだ。どうやら正体もバレちまったみてぇだしな」
「確かにな。有名すぎるのも考えもの、と言うたところか」
「いやいや、まったくで」

 くすり、と長い髪を揺らしながら笑う弓ねえに、大きく肩をすくめて頷くランサー。と、軽く右腕と槍を持ち上げて、あいつはにぃと獣のような笑みを浮かべてみせる。視線の先は……俺たちの背後にいるセイバーだった。ああ、さっきからびりびりと気が立っているのが分かる。弓ねえや藤ねえのお説教前の雰囲気と一緒だ、後で怒られるかなぁ。

「逃げるのか、ランサー」
「ああ。追ってくるなら構わねぇぜ。ただし……その時は決死の覚悟で来やがれ」

 低い声で放たれたセイバーの問いに頷いて、青い姿は塀の外へと消える。それを「待て!」と追いかけようとしたセイバーの腕を、俺は思わず掴んでいた。手甲は冷たく重々しく、それがホンモノであることを俺に実感させる。

「く……マスター!」
「待てよ、怪我してるんだろ。深追いするんじゃない」

 俺はぐいとセイバーの腕を引きながらそうたしなめた。赤い槍によって胸の鎧に開けられた穴は、ほぼ修復が済んでいる。だからといってその中……つまり、彼女の肉体までが修復されてるという可能性は低い。それに比べて、今消えていったあいつ……ランサーはほぼ無傷。さっきの戦闘を見る限りではランサーよりセイバーの方が力量は上だろうけど、こちらが負傷している今戦ったらどうなることか。それに、彼女には聞きたいことが色々ある。

「ふむ、士郎にしては良い判断だ」

 髪を掻き上げながら、何やらにやけた笑みを浮かべて弓ねえがうんうんと頷いた。その態度もちょっと気に障るけど、それより気になるのが台詞の内容。

「俺にしてはって何だよ、弓ねえ」
「いや、そなたのことだ。自分がセイバーの仇を取るとか何とか言うて飛び出していかぬかと、姉は案じておったのだがな」
「……」

 ハイ、スミマセン。思わなかったと言えば嘘になると思います。ははは、と笑ってみせるけど顔がぴくぴく引きつっているのが自分でも分かる。自分で分かるんだから、弓ねえやセイバーにはまともに俺の動揺が見て取れてるんだろうな。あー2人ともなんだよ、その呆れ顔は。
 不意に、セイバーが弓ねえに視線を移した。じっと姉を見つめるその視線は、最初に弓ねえを見た時と同じ剣呑なものだった。ああ、また振り出しに戻る、かな。

「……と、そうでした。アーチャー、後で話があると先ほど言い置いたはずですね」
「そう言えば言っておったかな、セイバーよ。……で、その『アーチャー』というのは何だ」

 ふん、と胸を張る弓ねえ。いやセイバー、別に姉上は胸のサイズを自慢しているわけでは……あるのかな、ひょっとして。セイバーの方は甲冑で覆われていて、どのくらいのサイズなのか分からないんだよなぁ……ごめん、悪かったからそんなうざったそうな目で俺を見ないで欲しい。

「何と言われても……あなたのクラスではありませんか。忘れたのですか?」
「クラス? ……ああ、お前の『セイバー』とか、さっきのあいつの『ランサー』とかと同じか」

 そう言われると納得がいく。セイバーは弓ねえ曰く大型の剣を使っているようだし、ランサーは槍を使っていたからな。……そうすると、『アーチャー』であるという弓ねえは名前の通り弓使い、ってことになるんだけど、俺は弓ねえが弓を使ったところは見たことがない。逆に俺の方が使ったことがあるくらいだし。

「忘れた。というか知らぬ」

 セイバーの問いに対する弓ねえの答えは明快なものだった。うん、確かに忘れてしまってるのは事実だもんな。自分のクラスはおろか、本当の名前まで覚えていないんだから……だけど、セイバーはその辺の事情を知らないからがあーと噛みついてきた。少しは落ち着いてくれないかなぁ。

「知らない、とは聞き捨てなりませんね。大体、なぜあなたが今ここに現界しているのですか!」
「なぜと問われても困るわ! 我は今ここに存在しておる、それに何の不満があるというのだっ!」
「不満ならば大ありです! つーかわたしがぶった切ったはずなのに何で平然とここにいるのか、それを問うておるのですっ!」
「我はぶった切られた記憶など持っておらぬ! 大体そなたとはたった今が初対面だ!」
「ほう、10年前に斬り合った記憶など無いと言うのですね! ならば今ここで思い出させましょうか、アーチャー!」
「ちょっとちょっと! 何でアーチャーが2人もいたりするわけっ!?」
「そうです、何故2人……は?」
「誰が2人いると……はて?」

 ……はた、と2人の声が止まる。はてさて、今、誰か別の人の声が聞こえたような? と周囲に視線を巡らせると……あ、いた。
 家の庭の真ん中に、長くて黒い綺麗な髪をツーテールに結んだ、赤いセーターと黒いミニスカートの女の子が仁王立ちしてる。学校で何度か見た顔……っていうか、穂群原学園に入学してからちょっと憧れてた相手だ。うーむ、とりあえず声は掛けてみるか。

「……あのさぁ」
「何よ?」

 俺が一声掛けると、彼女は両手を偉そうに組んでふん、と鼻息荒く聞き返してきた。いや、お前何でそんなに偉そうなんだよ。

「遠坂、ここうちの敷地内なんだけど。お前、人んちの庭で何やってるんだ?」

 髪をがりがり掻きながらそう尋ねてみる。その瞬間彼女――遠坂凛は、はっと口に手を当ててきょろきょろと周囲を見回した。俺と、弓ねえと、セイバーの視線に晒されていることに気づくと、あははと顔を少し赤らめながら笑う。うん、そんな笑い方したってごまかされないからな。だけど、遠坂ってこんなキャラだったっけ? 学校で見かけた時はもっと澄ました優等生、って感じだったんだけど。
 そう考えている俺を横目に、弓ねえとセイバーは遠坂の背後をじっと睨み付けていた。はて、そこに何かいるのだろうか。俺にはよく分からないけれど。

「そこのサーヴァント。隠れておらずに出てきたらどうだ?」
「ええ。ことと場合によっては、ここで二戦目というのも悪くはない」

 弓ねえがさっきから持っていた剣を、セイバーも見えない剣を構えるようにポーズを取る。と、遠坂の背後の空間……2人が睨み付けていたまさにその場に、すっと赤い姿が出現した。

「――ふむ、確かに霊体化は無意味だったな」

 赤い外套、黒い軽装鎧、浅黒い肌と色を抜いたような白い髪。そこに現れたのは、あの時校庭でランサーと戦っていたあの赤い男だった。
 ――それじゃあ、俺を助けてくれたのは。

「アーチャー。誰が出てこいって言ったかしら?」
「済まないな、凛。だが私も、戦もせずにマスターを消されるわけにはいかないのでね」

 むすっとふて腐れたような表情になった遠坂と、彼女がアーチャーと呼んだ男が軽いやりとりをかわす。2人とも赤と黒が印象的な衣装を纏っていて、パートナーとして見ると結構まとまっている印象がある。……って言うより、アーチャーが遠坂をからかって遊んでいるような。

「――マスター、指示を。あれらは敵です」

 不意に、セイバーの手元で金属音がした。僅かに腰を落とし、見えない剣を中段に構え、彼女は本格的に戦闘態勢を整えたようだ。と、その切っ先のあたりにすっと白い手が掲げられた。誰のかなんて、見なくても分かる。

「まぁ待て。少なくとも、向こうは敵意を持っておらぬ」
「ですがアーチャー! ……あ?」

 弓ねえに制止され、反論しようとしてセイバーがはっと目を見開いた。そうだ、そもそも『それ』がきっかけで遠坂はうちの庭に飛び出してきたんだっけ。それを思い出したのか、遠坂がつかつか俺の目の前まで歩み寄ってくるとがあーと喚き出した。……そうか、お前、これが本性だったんだな。

「そうよ、そこよっ! 何で『アーチャー』が2人もいるのっ!? 大体衛宮くん、何で2人もサーヴァントを連れてるのよっ! それにアーチャーとセイバーですってぇ、反則だわ反則!」
「ふたり? ……あ、いや……」

 すまん、遠坂。頼むから反論できる隙間を作ってくれ。セイバー、弓ねえ、呆れて見てないで何とかしてくれよ。遠坂のアーチャー、にやにや笑って見てるんじゃねえ!
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