Fate/gold knight 3.ぎんのつるぎ
「……あー、話が進まんな。凛、そのくらいにしておいたらどうだ」

 しばらく遠坂の言葉のマシンガンに晒されていた俺を助けてくれたのは、結局のところ遠坂のアーチャーだった。……あれ、うちの『アーチャー』は弓ねえなんだから、特に『遠坂の』なんて付けなくてもいいよなぁ。

「へ? あ、そ、それもそうね。……………………こほん」

 パートナーに止められて、照れたように1つ咳払いをしてから遠坂はくるりと俺たちを見回した。セイバーを見て、弓ねえを見て、最後に俺を見た遠坂の目は……ナンデスカ、その殺気だった視線は。

「で、衛宮くん。この反則技はどういうことかしら? きりきりと説明して貰いましょうか」
「反則って、何がさ」

 俺にはよく意味の分からない台詞を吐いてきたから、そう問い返す。だから、どんどん人を殺せそうな視線になってきてるからやめてくれ。俺、何か悪いことしたのか? そりゃまあ、お前に余計な魔力使わせて生き返らせて貰ったけど。

「何がさ、じゃないわよ。見たところ、この屋敷は大した結界も張られてないし、あんただって大した魔力持ってる訳じゃない。それなのに、どうしてサーヴァントを! 2人も! それもセイバーと! アーチャーを! 召喚できたのかってことよ!」

 いや、いちいち強調してくれなくていいから。だけど、最初の『大した結界』にはちょっと頭に来たので、そこは訂正させて貰うぞ。大体、なんで人んちの結界に文句を言われなくちゃならんのだ。

「あのなぁ、うちの結界は親父が張ってくれたもんだ。防御結界は家が嫌がるから張らない、って言ってた。それに、十分役には立ってる」

 ちゃんとランサーの襲撃を俺に教えてくれたしな。――あれ、遠坂とアーチャーには反応しなかったんだよなぁ。ああ、やっぱりこいつら、俺たちに殺意は無かったんだ。よかった。

「へぇ、お父さんも魔術師だったんだ……まあいいわ。で、サーヴァントのダブル召喚の件だけど」
「それは遠坂の勘違いだ。状況から考えて、俺がセイバーを喚び出したのは間違いないと思うけど」
「『思う』? 何よそれ、あんた聖杯戦争の参加者なんでしょう!?」

 俺の言葉に、またもやがあーと叫ぶあかいあくま。……今、遠坂の口から何か物騒な単語が出てこなかったか?
 ――『戦争』?

「待て」

 弓ねえも気になったのか、手を掲げて遠坂を制止する。こういう時は彼女の唯我独尊オーラは実に役に立ってくれます。ううありがとー姉上。

「む、何よ金ぴかアーチャー」

 不機嫌な表情のまま、遠坂はじろりと弓ねえを睨む。うむ、相変わらずの迫力だな、だけど、衛宮弓美相手にその程度の眼光じゃ効かないんだよ。残念だけど。

「その呼ばれ方はあまり好きではないな。我を呼ぶのであれば弓美、と呼ぶが良い。父より賜った我が名だ……セイバーもそう覚えおけ」
「ゆみ? 何それ、妙に日本人っぽい名前」
「ユミ、ですか。了解しました」

 あっけにとられた顔で姉の名を反芻する遠坂と、あっさり受け入れて頷いてくれるセイバー。あ、そうだ、呼び名って言えば俺も1つあったんだよなぁ。

「呼び方ついでにお願いがあるんだ、セイバー」
「はい、何でしょうかマスター?」
「それ。その『マスター』っていうの、やめてもらえないかな。俺には衛宮士郎っていう、れっきとした名前があるんだから」

 赤い世界から俺を救い出してくれて、俺に家族をくれた男の姓。生まれもって与えられた、本当の両親からの贈り物である名前。その2つを、俺は胸を張ってセイバーに告げた。『マスター』なんて記号みたいな呼ばれ方より、自分の名を呼んで貰った方が俺は嬉しいから。

「……それではシロウと。ええ、わたしとしてもこの発音の方が望ましい」

 セイバーは微妙におかしな発音で俺の名前を呼んで、こくりと小さく頷いてくれた。それに満足して、俺は話を戻すことにする。さっき遠坂が言っていた『戦争』とやらについて。

「うん、ありがとうセイバー。で、遠坂」
「え、あ、何かしら衛宮くん?」

 不意に会話の矛先を向けたせいか、遠坂は何やら両手をわたわたさせている。背後でアーチャーがはぁ、と肩をすくめて溜息ついてる意味が何となく分かったような気がした。お前苦労してるんだな……何だか親近感が湧くぞ。

「あのさ、さっき戦争がどうこうとか言ってたけど……一体何なんだ?」
「は?」
「え?」

 あれ?
 いや、遠坂がぽかーんとするのはまだ分からなくもないんだけど。何でセイバーまで同じ表情をするのさ。ひょっとして、俺は妙なことを尋ねてしまった……んだろうなぁ、きっと。その証拠にほら、遠坂の両手が拳握ってわなわなと震えてる。結構白い顔もかぁっと赤くなってきていて。

「………………嘘つけ――っ! サーヴァントなんて単語知ってる癖に聖杯戦争のこと、知らないわけ無いでしょうが――っ!!」
「そ、その通りです、シロウ! あなたはサーヴァントを知っていた、それはつまり聖杯戦争の仕組みを知っているということに他ならないのではありませんか!?」

 うわ、耳が痛い。何で両側からステレオで怒鳴られるかなぁ。藤ねえで慣れてるから間一髪耳をふさぐことには成功したけれど、手のガードをすり抜けて飛び込んできた2人の台詞はちゃんと意味を聞き取ることが出来た。

「……ちょっと待て、そなたら。サーヴァントというのは、単に使い魔のことではないのか? 確かに、何やら大がかりな儀式のためとは聞いておったが」

 弓ねえが、首を捻りながら口を挟んできた。俺と弓ねえは、弓ねえの素性……というか存在に対する説明としてはせいぜいその程度しか親父から聞いていない。けれど、遠坂やセイバーの態度からすると、それ以外に……それ以上に重要な意味を持っているものだったんだろうか。つーか親父、知ってたなら先に教えといてくれ。俺はともかく、当事者である弓ねえが大変だろうが。

「凛。どうやら彼らは、本気で知らないようだぞ?」
「…………そうみたいね……ああ、何でこんな奴にセイバーが召喚されるんだか……」

 アーチャーが簡便にして的確な助け船を出してくれたおかげで、遠坂は何とか収まってくれた。後はセイバーだけどどうしよう、と思っていたら、セイバーは俺ではなく弓ねえに視線を送っていた。やはり、記憶を失う前の弓ねえのこと、セイバーは知っているんだろうな。

「アーチャー、ではなくてユミでしたね。貴方は本当に、何も覚えていないのですか?」
「さっきから知らぬ、と言うておろうが」

 弓ねえは相変わらずふん、と腕を組んで偉そうな態度。あ、いや、俺の姉だから家ではエライんだけど。それはともかく……あ、しまった。弓ねえ、ランサーに斬られて怪我してたんだった。お気に入りだったはずのブルゾンとセーターが、あれじゃもう使い物にならなそうだ。

「ともかく、みんな中に入ってくれ。弓ねえの治療もしたいし、遠坂たちにはちゃんと話を聞きたい」

 寒いし、お茶くらいは出すって言ったら、遠坂は心の贅肉だけどとか何とかぶつくさ呟きながらも頷いてくれた。はぁ、これで状況整理の方は何とかなりそうだ。

「傷と言えば士郎、そなたは――え?」
「どした、弓ねえ……あれ」

 姉上の視線が俺の腕に注がれているのに気づき、俺も視線をずらす。そして、我がことながら目が点になった。
 ランサーに切り裂かれたはずの腕が、傷跡すらなく綺麗さっぱり治っている。そこに傷があった形跡は、破れた制服とそこに飛び散った血液だけだった。
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