Fate/gold knight 3.ぎんのつるぎ
「――以上でおおざっぱなところの説明は終わり。何か質問あるかしら?」
「……」
で、そこから軽く数十分。うちの居間で延々と行われた、遠坂凛による講義が終了した。テーマは『冬木市における聖杯戦争について』……遠坂の説明はまぁ分かりやすいと言えば分かりやすく、俺でも大体の事情は把握できた。ちなみに生徒は俺と弓ねえの2人、それに聴講生としてセイバー。金髪の2人は、俺を挟んで両側に座っている。
選ばれた魔術師―マスター―が聖杯の力を借りて過去の英雄をサーヴァントとして現界させ、彼らと共に行う魔術世界の戦争。
他の参加者を排した勝者は聖杯を手にすることが出来て、その力により願いを叶えることが出来る。
俺の手に出来た妙な紋様はマスターの証であり、サーヴァントに3回だけ命令を強制執行させることが出来る『令呪』。
「それで、俺もなし崩しに選ばれたってことになるわけか」
「ま、そう言うことね。けど参ったなぁ、ホントに何であんたなんかにセイバーが召喚されるってのよ」
遠坂は俺をいじましく睨み付けながらぶつぶつ呟く。それが分かればこっちだって困らない。……遠坂の背後にこっちを警戒しながら立っているアーチャーが不機嫌そうなのは、多分遠坂の態度が原因なんだろうな。遠坂のサーヴァントは自分なのに、って子供がすねてるみたいな表情してるし。
「……」
ふと横に視線を移すと、そこにはでんとあぐらをかいた弓ねえの姿。既に服は違うセーターに着替えてきている。腕には包帯が巻いてあるけど、セーターの上からは全く見えない。勝手に傷を治してしまったセイバーと違い、弓ねえはそういう治癒能力はないんだよな。サーヴァントとしては、どっちが当たり前なんだろう。
あ、1つ聞きたいことが出来た。というよりこれは、状況証拠から導き出した答えの再確認になるんだろうけど。
「……遠坂。前の聖杯戦争は、いつ起きた?」
「え? ……そうね、前回ならわたしでも分かる。確か10年前よ。うちの父さんが参戦したの覚えてるわ……戻ってこなかった、けどね」
予想通りの答えが遠坂から帰ってきた。つまり弓ねえは、前回の聖杯戦争で生き残ったサーヴァントということか。すると、前回の記憶――『衛宮弓美になる前のアーチャー』を知っているらしいセイバーは、2回連続で参加してるってことになる訳か。
「セイバー。お前、その10年前の聖杯戦争にも参加したのか」
「……っ!」
「へ?」
俺は言葉を飾るのは得意じゃないから、そのままズバリ聞いてみることにする。と、セイバーの顔色が一瞬にして変化するのが分かった。何だろう、2回連続出場って何かまずいことでもあるんだろうか? 遠坂もぽかーんとこっちを見てるし。
「……弓ねえは、10年前から衛宮弓美としてこの家で暮らしてる。つまり10年前の聖杯戦争で、弓ねえがサーヴァントとして召喚されたんだろう。セイバーはその時に戦ったことがあるから、彼女のことを知っていた。そうなんだな?」
一気にここまで言葉を繋いで、俺はセイバーの様子を伺った。俺の隣で弓ねえもそわそわとしているのが、その気配から感じ取れる。そりゃそうだ……弓ねえにとってはまたとない、『知らない自分』を知る機会なんだから。
「………………はい。わたしは、前回の聖杯戦争に今と同じくセイバーのサーヴァントとして参加しました。ユミ……つまり前回のアーチャーとは、その当時に戦っています。あいにくわたしもマスターも、その真名を探り当てることは叶いませんでしたが」
やっぱりな。だけど、彼女の発言からこのくらいは推測できたことだが、きちんとそう証言して貰えるとは……正直思ってなかった。それから遠坂、その表情はもしかしてさっきみたいな爆発の兆候だったりするかな。
「……セイバー、それは『記録』? それとも『記憶』なの?」
「アーチャーのマスター、おっしゃる意味は分かりました。……わたしは特殊な事情があって、前回の記憶を引き継いでいます。記録ではありません」
あ、爆発はしなかった。その代わり俺には分からない問いかけをセイバーに投げ、セイバーはそれにきちんとした回答を返したものと思われる。遠坂がなるほど、と腕を組んで大きく頷いたからだ。
「特殊な事情、ね……って、衛宮くんのとこって特殊な事情ばっかりじゃないの。前回のサーヴァントは受肉して存在してるし、召喚されたセイバーだって前回の記憶持ってるし、勝手に怪我治っちゃうし」
「それに、遠坂に生き返らせて貰ったもんな。ありがとう、遠坂」
うっかり言いそびれてた礼を、軽く頭を下げながら言う。そうしたら遠坂はまた一瞬ぽかーんとして、それからむすっと不機嫌そうな表情になった。お前とアーチャー、そういう表情浮かべるところは一緒なんだな。さすがマスターとサーヴァント。
「な、何で知ってるのよ?」
「だって、そのアーチャーがランサーと戦ってるところ見たし。俺を殺したのはランサーだし……アーチャーと一緒に誰かがいたのは分かってたから、俺を生き返らせてくれたのはそのひとだろ?」
で、うちにアーチャーと一緒に現れたのは遠坂。だからきっと、俺を助けてくれた『そのひと』は遠坂凛。この推測、間違ってないよな? って、何あたふたしてるんだよ、遠坂。
「何と。ではアーチャーのマスター、あなたがいなければわたしは召喚されることもなかったわけですね。礼を言いましょう」
「なるほど。我が弟を救うてくれた礼、我からも言わせて貰うぞ。――ありがとう」
俺の両側からセイバー、そして弓ねえが軽く頭を下げる。うわぁ、弓ねえが他人に頭を下げるなんて天地がひっくり返っても無いと思ってた。……それだけ、俺のこと大事に思ってくれていたのかな。ありがとう、と俺は心の中で頭を地べたにすりつける。顔に出したらきっと、またコレクション収集にとことんまでつき合わされるだろうからちょっと勘弁。
「……い、いいわよ。そんな礼なんて……ああもう、衛宮くんがへっぽことはいえ魔術師だなんて分かってたら、きっと助けなかっただろうけど」
「へっぽこで悪かったな。どうせ俺は独学で、大した魔術も使えないからな」
遠坂でも照れることがあるのかそっぽを向きながら小声で呟かれた言葉に、俺もちょっとふて腐れるように応えた。そりゃ、俺がへっぽこなのはどうやら事実なんだけど。
ランサーに襲撃された時に俺がぶち割ったガラスは、遠坂が俺たちの目の前で修復してくれた。「初歩だから衛宮くんにもできるでしょ」と言われて、俺は出来ないって返答した時の遠坂の呆れ顔がそれはもうはっきりとまぶたの裏に浮かぶ。
と、不意に遠坂が立ち上がった。むすっとした表情のまま、アーチャーに持たせていた自分のコートを手に取る。あのなぁ、サーヴァントってコート掛けじゃないと思うんだけど。そりゃまぁあいつはかなり背が高いから、ロングコートでも床に着かなくて汚れないだろうけど……って、違うだろ。大体何で、そこで俺が同じことしてる構図が浮かぶのさ。
「ま、わたしが説明できるのはこのくらいかな。もっと詳しく知ってる奴がいるから、そいつに話を聞きに行くわよ。ついでに聖杯戦争の参加申請もね」
「え? あ、いや、俺はまだ参加するなんて……」
言ってない、と続けようとして、遠坂の真剣な目に口を塞がれた。じっと俺を見下ろすその両眼には、妙なほどの力がこもっていて。
「なら不参加申請? どっちにしても教会には行くことになるんだから、さっさと準備しなさい」
「教会? 教会って……」
10年前の大火災で焼け出された孤児たち。切嗣に引き取られた俺を除き、その孤児たちは隣町にある教会付属の孤児院に引き取られた、と風の噂で聞いた。俺だけが新しい親を得たことに引け目を感じて、一度もそっちには行ったことがない。
「そこの担当かつわたしの知り合いのエセ神父が、聖杯戦争の監督役なのよ。参加するにしろしないにしろ、あいつの話を聞いておくべきだとわたしは思うけど」
遠坂の言葉には頷くしかない、と俺は思った。聖杯戦争がどういう内容のものであるにしろ、俺が参加者として勝手に誰かに選ばれたのは事実で、その証拠としてセイバー、そして左手の令呪がある。さらに俺の姉は前回の同じ戦争の生き残りで、もしかしたら――もしかしたら、彼女の記憶が無い理由は聖杯戦争にあるのかもしれない。だったら、少しでも話を聞くことで弓ねえの過去を取り戻せる可能性が出てくるんだ。だから、俺は遠坂について行くことにした。そうするとセイバーはどうしようか。本人に聞くのが一番だな。
「分かった、行くよ。……セイバーはどうする?」
「シロウが行くというのであれば同行します。わたしはシロウの剣、サーヴァントはマスターを守り敵を討つものですから」
任せてくれ、と言わんばかりに勇ましく立ち上がるセイバー。……って、その鎧のままで行く気なのか? 既に夜中だし、警官にでも見つかったら確実に職務質問から任意同行コースのような気がするんだけど。
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