Fate/gold knight 3.ぎんのつるぎ
「士郎、我も行くぞ」

 と、反対側から弓ねえの声が降ってきた。振り返ると、彼女も既に立ち上がって俺を見下ろしている。それから、俺を飛び越えるようにセイバーを見つめて、俺の疑問をしっかり口にしてくれた。

「セイバー。そなた、その姿のままで街を歩く気か?」
「当然です。既に敵襲があったのですから、出歩くにしても周囲への警戒は怠ってはならないはずです」

 何を聞くのかと思えば、とばかりに決然と答えるセイバー。その手には、今はあの剣を持っていないようだ。きっと、必要に応じてセイバーの手元に呼び出されるんだろう。

「それはそうだが、武装したままではそなた自身が不審人物として官憲の目に止まるやもしれぬ。それは困るであろう?」

 対して弓ねえ。どこから取り出したのか自分でも分からないらしいあの剣は、弓ねえの座っていた座布団の横に抜き身のまますっ転がっている。どっちかってーと、そっちの方が人の注目を集めるんじゃないだろうか。

「……む。それは確かに困りますね。一般の人間に不審がられては、それだけ危険が増す」

 が、そのことに気づいていないセイバーは弓ねえの言葉に深く頷く。一体彼女、前回の時はどうやっていたんだろう? まぁ、そんなことはいいか。

「うむ。ではそなた、我の部屋に来い。似合う服を見繕ってくれよう……そなたもどうだ?」
「え?」

 そう来たか、衛宮家の暴君。まぁ、確かにこんな物騒な姿で夜中とはいえ街をうろつかれるよりは、ちゃんとした衣服を着て貰える方がこっちも安心する。……で、最後にどうだ、と尋ねられた遠坂は「わたし?」と自分の顔を指さした。この場にいるのは、あと俺とアーチャーの男2人なんだから遠坂に決まってると思うんだけどな。

「ちょ、ちょっと待ってください。わたしはそのような……」
「…………そうね。こんな可愛い子に似合う服なんて、考えるだけでうっとりしちゃう。というわけで衛宮くん、アーチャー、ちょっと待っててね。さぁセイバー、弓美さん、行くわよ」
「ま、待ってくださいアーチャーのマスター!?」
「うむ、では参るぞセイバー」
「あ、あのっ! し、シロウ、これは……!」
「弓ねえ、遠坂、頼んだぞー」

 2人に両腕をがっしりと固められて引きずられていくセイバーに、俺は頑張れと手を振った。だって、弓ねえも遠坂も怒らせたら怖いじゃないか。それに、俺も弓ねえの意見には賛成だし。

「……暢気だな。衛宮士郎」

 ふぅ、と溜息をつきながらアーチャーがぽつりと呟いた。丁寧に遠坂のコートをたたみ直しているあたり、几帳面な性分なんだろうな。

「自分でもそう思う。戦争なんてもんに巻き込まれたのに、まるで実感がないしな」
「一度殺されたのにか?」
「死にかけたのは一度じゃないしな。それに、あの時の方が戦争って言葉からくる連想は近い」

 ああ、俺何言ってるんだろう。今日初めて会ったばかりの、何だか俺には批判的な視線を向けてくるこの男に。だけど、どういう訳かこいつにはちゃんと言っておきたかったんだ。理由は分からないけれど。

「ふむ」

 アーチャーは感心したのか呆れたのか、息を吐くように一言だけで返事して目を閉じた。もう聞くことは何もない、と言いたげに。
 ――この後、着替えたセイバーが遠坂や弓ねえと一緒に戻ってくるまで30分ばかり、俺とアーチャーは言葉を交わさなかった。


 そして、ゆっくり歩いて1時間。俺たちは、新都の高台にある教会へとやってきていた。弓ねえのセーターとGパン、それにコートを着たセイバーは、何となくもじもじしっぱなしである。はて、よく似合うのに何か不満でもあるんだろうか。

「あ、あのシロウ……あまり見ないでください。わたしには似合わない服装だ」
「あら、そんなこと無いわよ。わたしと弓美さんで、よーっく吟味して選び出したんだから。貴方に似合わないわけないじゃないの」
「全くだ。これで不満があるのであれば、明日にでも買い物に出るとしよう」
「セイバー、なかなか贅沢だな君は。とてもよく似合っているぞ」

 ありゃま。
 遠坂と弓ねえはともかくとして、アーチャーまで一緒になってセイバーのこと褒めてる。これじゃあ、俺の立つ瀬がないじゃんか。

「うん、良く似合ってる」

 でもまぁ、何か言わないのはシャクなのできちんと褒める。親父が女の子は褒めると喜ぶんだぞ、ってだいぶ前に言ってたからな。

「……は、はい。ありがとう、ございます」

 セイバーが、顔を真っ赤にしてお礼を言ってくれた。うん、何か他のみんなに勝ったみたいでちょっと嬉しい、って何がさ。
 そんなこんなでわきゃわきゃと教会に近づいていく。と、途中の広場でセイバーがぴたりと足を止めた。

「シロウ。わたしはここに残ります」
「え? 何でさ」
「わたしが同行したのは、シロウの護衛が目的です。ここにいれば、もし教会でシロウに何かが起こったとしてもすぐ駆けつけられる」
「……」

 セイバーの意思は固いみたいで、俺が何を言っても無駄なんだろう。それに、セイバー自身がすぐ駆けつけるって言ってくれてるんだから、きっと大丈夫なんだと思う。

「分かった。弓ねえ……え?」

 一緒に来た姉上に目をやる――と、弓ねえは自分の身と布でくるんだあの剣を腕で抱え込むようにして、がたがた震えていた。セーターの上からコートを着ているから、寒いなんてことは無いと思うんだけどな。

「……わ、我もここで待っている……士郎、そなたは行くが良い」
「? どうした弓ねえ。震えてるぞ」

 普段はまるで見せない不安げな表情が気になって、そっと姉に手を伸ばす。顔を青ざめさせた姉は、ふるふると力無く首を横に振って足を一歩引いた。俺に触られたくない、のかな、

「……あの教会には、入りたくない。入れない」
「あら、何よ弓美さん。自分でついてくるって言っておいて……」

 遠坂が弓ねえの顔を覗き込んで、悪態をつく。いや、悪態なのは台詞だけで、その表情は弓ねえを心配してくれている。うん、遠坂も親父と同じで、人のことを心配してくれる良い奴なんだな。よかった。

「しょうがないわね。セイバー、アーチャー、弓美さんと一緒にここで待ってて」
「って遠坂、何でセイバーまで指示出すのさ?」
「成り行きよ、成り行き」

 ……前言撤回した方が良いかな。何か弓ねえがおとなしい代わりに、遠坂が暴君化してるような気がする。いや、こっちはあかいあくまだっけか。けど、どっちみち俺もセイバーには弓ねえを守って貰うよう頼むつもりだったし、良いかな。

「承知した。セイバー、君もいいな?」
「――ですが」

 アーチャーは遠坂の指示にすんなりと頷いてくれた。一方、やはり昔戦った相手だってことが尾を引いてるのか、セイバーは渋い顔をしている。当時の弓ねえがどんなサーヴァントだったのか俺は知らないけれど、今ここにいる弓ねえはか弱い、ただの女の子にしか見えないから、俺はセイバーに頭を下げた。

「頼む、セイバー。弓ねえを守ってやってくれ」
「……ふぅ、承知しました。シロウがそう言うのであれば、わたしはそれに従うまでです」

 俺にもはっきり分かるように、ことさらに大きく溜息をついてみせてからセイバーは承諾してくれた。彼女が頷いてくれたことに安心して、俺は弓ねえの顔を伺うように軽く身を屈める。うつむいたままの弓ねえの顔は、風邪で調子を崩した時みたいに真っ青でこわばっていた。

「弓ねえ、ここで待っていてくれ。教会には俺と遠坂だけで行くから」
「……大丈夫なのか? 士郎よ」
「うん、大丈夫」
「……そうか……疾く戻るのだぞ」

 何だろう、俺が弓ねえを元気づけるなんてそれこそ奇跡でもないと起きない状況だぞ。いつもは凹んだ俺を殴って蹴って引きずり起こすのが弓ねえなのに……ああ駄目だ駄目だ、俺は弓ねえの弟だから、ちゃんと姉貴をサポートしてやらないとな。

「分かってる。セイバー、アーチャー、行ってくる。弓ねえを頼む」

 だから、この場に残ってくれる2人にしっかりと姉を頼んで、俺は教会へと踏み出した。先に行きかけていらいらしてた遠坂の顔が、やれやれと呆れた表情になったのが何だかはっきりと見えた。
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