Fate/gold knight 4.くろいきょじん
「な、何だよ。まだ何かあるってのか?」

 う、いかん。迫力に押されてるのか、俺は強気を装った発言しながら後ずさりしてしまっている。やっぱ駄目だ、こいつとは相性が決定的に悪いみたいだな。つーか遠坂、こんな奴と縁のあるお前の気持ちはよく分かった。大変だな。

「何もないなら帰るからなっ! い、行くぞ遠坂!」

 何にも言わずにじっと俺を見つめているだけの視線がどこか空恐ろしくて、早くこの場を立ち去りたい気分になる。踵を返して歩き始めようとして……

「――衛宮士郎よ。姉上は息災かな」

 ……その言葉に、足が止まった。

「……!?」
「綺礼?」

 俺と遠坂が同時に振り返る。俺たちの視線をものともせず、神父はにやりと感情の読み取れない笑みを浮かべ、言葉を続けた。

「喜べ少年。君の願いは、ようやく叶う」

 ごくり、と音がしたのは、俺の喉が息を飲み込んだ証拠だ。
 まるで、俺の記憶を見透かしたかのように、言峰は滑らかに言葉を紡ぎ出す。

「君も、心の奥底では理解していたはずだ。近しい者を守るためには、守る対象が何らかの敵対者に襲撃を受けなくてはならない」

 ナンデ、コイツハ、コンナコトヲイッテイル?
 俺が家族を守りたいっていうのが気にくわないのか?
 それより、何でこいつは、そんなことを知っている?

「綺礼、あんた」
「私は事実を言っているだけなのだがな。正義の味方には敵対すべき悪が、守る者にはそれを襲う者が必要だ。対が存在してこそ正義、そして守るという概念を掲げることができるのだから」

 遠坂の声が、言峰の言葉が、遠くに聞こえる。

「ああ、帰り道はくれぐれも気を付けたまえよ。その身は既に聖杯戦争のマスター、殺し殺される側に踏み込んでいるのだから」

 響く神父の声が不意に途切れ、俺は遠坂に教会の外へと引きずり出されたことに気がついた。どうも、アイツのペースに巻き込まれてしまったようだ……ちくしょう。

「ちょっと衛宮くん、大丈夫?」
「あ――ああ、何とか。ほんと遠坂には助けられてばっかりだな、ありがとう」

 額に冷や汗が吹き出していることに気づいて、手で拭いながら遠坂に礼を言う。教会という、言峰の領域から脱出したことで俺の頭はまともに回転するようになったらしい。それで遠坂、何で礼言ったのに不機嫌続行中なのさ?

「ふ、ふん。ここに連れてきたのはわたしなんだから、そのくらいちゃんと責任取らなくちゃ駄目なんだもの。ほら、みんなのところに戻るわよ」

 ぷいと顔を背ける仕草が弓ねえに似てるなあ、と俺はまだ少しぼやけた頭でそう思った。その思考が、急速に俺を活性化させる。そうだ、弓ねえ待たせてたんだ。そして、彼女を守ってくれているセイバーとアーチャーも。


「……」
「ふん、遅かったな」
「士郎?」

 無言のままこちらを見つめているセイバー。
 腕を組み、皮肉っぽい笑みを浮かべているアーチャー。
 そして、教会を視界に入れることすら拒否したように背中を向けたままの弓ねえ。
 三人は、その場で俺たちを待ってくれていた。少し早足に彼らに近寄るのは、別に背後の教会から早く離れたい訳じゃない。うん、そのはずだ。

「お待たせ。話付けてきたわよ。聖杯戦争、正式にスタートですって」
「……それでは」

 遠坂の言葉に、セイバーがはっと目を見開く。俺はうん、と小さく頷いて、右手を差し出した。

「そういうこと。俺はセイバーのマスターとして、聖杯戦争に参加を決めた。未熟なマスターだけど、よろしく頼むよセイバー」
「…………はい。この身はシロウの剣となり、あなたに勝利と聖杯をもたらすことを約束しましょう」

 俺に、まるで誓いのような言葉をくれてセイバーは、俺の手を握ってくれた。と、その上にもう1つ手が重ねられる。セイバーの無骨な手甲をそっと包み込むように、弓ねえが自分の手を置いたのだ。

「ユミ?」
「セイバー……そなたの知る我が、聖杯を望んでおったのかは知らぬ。だが、今の我に聖杯などというものは必要ではない」

 小さく震える手。まだ怯えが残っているだろうに金色の姉は、それを押し殺して必死で言葉を紡いでいる。自分がしっかりしなくちゃ、なんていう意識とは無縁だと思っていたのにな、弓ねえ。

「士郎が、セイバーに聖杯をくれてやると言うならばそれでも良い。我は前回より生き延びた者として、そなたと共に士郎を勝利に導くつもりだ。……不満か?」
「――いえ」

 弓ねえが喉の奥から絞り出した言葉に、セイバーはほんの少しだけ笑みを漏らした。ああ、彼女も笑えるんだ。よかった。

「よくない! ちょっとちょっと、わたしは不満よ? 何だって衛宮くんが勝つことになってるのよ、勝つのはわたしだわ」
「凛の言うことももっともだ。この戦争、勝者は凛だ」

 遠坂、アーチャー。忘れていたのは謝るから、何やら手を構えたり剣を構えたりするのはやめてくれ。せめてこの場を離れてからにしてくれ、騒ぎを聞いてあの神父が出てきたら洒落にならん。


 何とか赤い2人をなだめ、教会を後にして坂を下っていく。ある程度距離を取ると、何とか弓ねえは常態復帰した。やれやれ、姉上はこうでないと調子が出ないよなぁ。

「む、姉を見て何をほくそ笑んでおるか? 愚弟」
「いや、別に。弓ねえはそうでないとな。殊勝な弓ねえなんて、らしくない」
「それは褒めておるのかけなしておるのか、どちらだ?」
「ユミ、いくら姉とはいえ我がマスターを馬鹿にするのはやめて頂きたい」
「誰も馬鹿になどしてはおらぬぞ。ただ可愛い弟が妙ちきりんな表情を浮かべておるのでな、何をしておるのかと尋ねただけだ」
「あらあら、可愛い弟ですって。衛宮くん、お姉さんに愛されてるのねえ」

 ……えーと。あのな。
 さっき神父に、帰り道は気を付けろって言われたのはこのことだったのか、と思ってしまう。女3人寄れば何とやら、俺は1人で女性3名の楽しいんだかなんなんだか分からない会話に巻き込まれている。現在進行形。

「………………ふっ」

 そして1人、我関せずという顔のアーチャー。あー、てめぇ何か気に食わねえと思ったが、その自分はあくまで第三者だーっていう態度が気に入らないんだ。

「お前、遠坂のサーヴァントなんだろ? 主に対して何か言うことないのか」
「そんなことができれば、とっくにしている」

 思わず口に出してしまった俺の台詞に、そっぽを向きながらアーチャーは律儀に返してきてくれた。……あー、そうか。苦労してるんだな、お前。
 そうして、交差点までやってきた。自分の家に戻る場合、遠坂とはここで別れることになる。俺はここから和風の家並みが続く方へ、遠坂は洋風の家が建ち並ぶ方へ。

「じゃ、ここでお別れね、衛宮くん」

 自分の家のある方角へ僅かに進みかけ、くるりと振り返って遠坂はそう言った。その背後には、彼女を守るようにアーチャーが音もなく寄り添っている。

「うん、そうだな。今日はありがとう、遠坂」

 長い1日だったなぁ、と思う。その1日で俺は遠坂に生命を救われ、いろんなことを教えて貰った。だからそのことを含めて礼を言ったんだけど、帰ってきたのはやはりというかのお小言だった。不機嫌な表情は、もれなくセットで付いてくるらしい。

「……あのね。ここで別れて、次に会った時にはわたしたちは敵同士なのよ? その敵にありがとうって何よ」
「何よじゃない。助けて貰ったんだから、礼を言うのは当たり前だろ?」
「あのね……ああ、これ以上一緒にいたら感情移入しちゃうじゃない。じゃあ、ここで――」

 ぷい、と長い黒髪をなびかせ、俺に背を向けて去っていこうとして――遠坂の足が、不意に止まった。
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