Fate/gold knight 4.くろいきょじん
「ねぇ、お話は終わり? 待ちくたびれちゃった、みんな楽しそうなんだもん」
鈴のような幼い少女の声が、夜の交差点に響き渡る。
遠坂はゆっくり、ゆっくりと声のした方角を見つめながら後ずさり、彼女の前にはアーチャーがその手に双剣を構えつつ音もなく立つ。
セイバーは俺と弓ねえを守るように前に一歩進み、弓ねえはあの剣から布を取り去る。
俺は……何も考えられずに、ぼんやりと立ちつくしているだけ。ああ、駄目だ、こんなんじゃ。
その俺たちの前に現れたのは、坂の上に佇む異形の巨人と銀色の髪の少女だった。雲間から差し込んできた月の光に照らされ、青ざめた色に輝くその少女と、俺は一度会っている。
「こんばんは、お兄ちゃん。こうして会うのは二度目だね」
無邪気に笑う少女の言葉が怖いなんて思ったのは、多分これが初めてだろう。それはきっと、彼女の背後に控えるあの巨人から吹き出してくるものが――10年前の地獄よりも強い、絶対的な死の気配としか思えないから。
アレは、サーヴァントだ。
それだけは間違いない……けれど、その全身から発せられる存在感、威圧感、そういったものが、これまで出会った何人かのサーヴァントとは全く異なっていた。具体的に言うと……
「やばいなぁ。あいつ、桁違いだ」
俺と同じことを感じたのだろう、それを口にした遠坂は重心を軽く落とし、指の間に光る何か……多分宝石だろう得物を構えている。セイバーの手の中には既に見えない剣があるのだろう、下段の構えを取っていた。びりびりとした緊張感が、俺たちの他に人影の全くない交差点を支配する。
「初めまして、リン。わたしはイリヤ。イリヤスフィール=フォン=アインツベルン」
その中でたった1人、緊張することもなく悠然と立っている少女。彼女はスカートを軽く持ち上げ、この場の雰囲気にはそぐわないほどに優雅な礼をしてみせた。アインツベルンという姓を知っているのか、遠坂は微かに身体を揺らす。
「アインツベルン……」
低く流れる遠坂の声。その反応に満足そうな笑みを浮かべたイリヤという名の少女は、ふとこちらに視線を向けた。俺を見て、セイバーを見て……弓ねえに視線を合わせたところで、その動きは止まる。訝しげな表情を浮かべ、大きな赤い……弓ねえと同じ色の瞳で、彼女をじっと見つめた。
「あなた、なに?」
「ふん。無礼者に名乗る名はない……といいたいところだが、此度は特別に聞かせてやろう」
対して我が姉は、いつもの態度を崩さなかった。遠坂でも飲み込まれそうになっている巨人の威圧感に、彼女はまったく動じることがない。さらりと金髪を掻き上げて、彼女は俺たちの父親に貰った名前を高らかに宣言する。
「我が名は弓美。衛宮弓美だ。その小賢しい脳に我が名を刻んでおけ、小娘」
「……ふぅん。ユミっていうの」
その名字にか、それとも名前に反応したのか。イリヤは低い、地獄の底から響くような声で弓ねえの名を呼んだ。一瞬俯いたため、前髪で隠れて顔の表情がよく分からない……すぐに上げられた少女の顔は、さっきのように無邪気な笑みを浮かべていた。にぃと細められた瞳は、悪戯っ子のようだ。
「そっか、あなたもサーヴァントなんだ……まあいいわ。まとめてやっちゃえ、バーサーカー」
気楽に、遊びにでも行くような声を背後の巨人に掛けて、イリヤがすっと足を引く。次の瞬間ずしん、と威圧感がさらに重力を増したように俺には思えた。バーサーカー、と少女が呼んだ巨人は、一瞬のうちに彼我の間にあった数十メートルの距離を飛んでくる。
「下がってください、シロウ!」
それに一番早く反応したのはセイバーだった。全身が一瞬光ったかと思うと初めて出会った時の武装姿に変じ、見えない剣を構えながら駆け出す。
「――っ!」
ガゴォオッ!
巨体を、風を伴って『落下』してきたバーサーカーが勢いに任せて振り下ろしてきた巨大な剣を、セイバーの目に見えない剣が受け止めた。一撃なら、何とか耐えられたけれど――
ガギィン! ザザザザザ!
続けて巨人が繰り出す剣戟に、セイバーは押され気味になる。型も何もない、ただ叩き付けるだけの剣。だがそれは、圧倒的な力の差の前では弱点とはならない。セイバーはただバーサーカーの攻撃を受け止めるだけで、反撃の隙すら見いだすことが出来ないでいる。
「ふん!」
そのセイバーの背後から、弓ねえがするりと滑り出した。あの、どこから引っ張り出したのか自分でも分からない剣を振りかざし、バーサーカーの剣をセイバーの動きに合わせるように受け止めている。
「な!? だめです……ユミも下がって!」
自分への負担が軽くなったことで弓ねえの参戦に気づいたセイバーが、視線を相手からそらさないまま叫ぶ。確かに完全武装姿のセイバーとは違い、弓ねえは武装なんてしていない。セーターとGパンの上にコートを着ただけの、正直戦闘には向かない姿だ。
……違うだろう、衛宮士郎。そもそも、姉を守るのは弟である俺の役目だ。何で俺が、守られなければならない?
「そうは行かぬ。弟を守るは姉の役目だ」
俺が心に浮かべたのと同じ言葉を反対の立場で口にして、なおも姉は下がる気配を見せない。宝石を構え隙をうかがっている遠坂と、セイバーたちと違い得物が短剣のせいもあってか様子を見ているアーチャーが、呆れた視線を俺に向けてくる。ああ、悪かったな、こんな出来損ないのマスターで。
「――っ!」
だのに、イリヤは何故か妙な反応を見せた。ぎりと唇をかみしめ、両手をぐっと握りしめて、苛立った声で叫び声を上げる。
「バーサーカー! ユミは首をはねて殺した後、犯してしまいなさい!」
「ほざけ、小娘が!」
自分を殺して犯せ、という巨人に対する少女の命令に、姉は一声吠えて答えた。そして、見事にセイバーと動きを同調させ、バーサーカーの重さと速度を両立させた攻撃を幾度と無く弾いていく。
「く、っ……」
「……っ、ぐ……!」
ああ、だけどそう長くは保たない。あの2人をもってしても、バーサーカーの圧倒的な力の前ではただ体力を削られていくだけだ。……それが分かるのに、何で俺は動けない?
「ぐあっ!」
「くっ!」
そして、ついに2人は奴の攻撃に耐えられず、弾き飛ばされた。咄嗟にセイバーが弓ねえの前に立ち、その攻撃の大半を受け持ったのが背後から見ているとはっきり分かる。
「あ……はぁっ……」
「セイバー! このたわけが、己の状態を考えよ!」
衝撃までは殺しきれず、セイバーの背中にぶつかって一緒に飛ばされながら姉が叫ぶ。それで思い出した……セイバーは今日、ランサーの槍を食らっているんだった。表面上あの傷は治癒しきっているけれど、因果の逆転なんて呪いにも似た効果を持った槍だったのだから、セイバーが本当に完治しているとは思わない方がいいんだ。
「――Vier Stil Erschieung……!」
前衛だった2人とバーサーカーの間に距離が出来たその瞬間を狙って、遠坂の魔術が撃ち出された。ばしばしと、大口径の拳銃が魔術弾をぶっ放しているように激しく魔力が叩き付けられる。
「――ふっ!」
アーチャーの取り出した黒白の短剣が空を切り、回転しながら鉛色の巨体を挟み込むように舞う。そうか、あの剣はああも使えるのか。そして、『アーチャー』の名の通りに構えた黒い洋弓から文字通り矢継ぎ早に射撃が繰り返される。
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