Fate/gold knight 4.くろいきょじん
「…………な」

 だけど、効かない。
 遠坂の魔術も、空を舞う短剣も、弓使いの正確な射も。
 全てはあの巨体の前に弾かれ、対象たるバーサーカーに傷1つもたらすことはない。無効化なんてもんじゃない、単純に効かない……とんでもない防御力を持っているということか。

「■■■■■――――!」

 バーサーカーは、遠坂たちの攻撃なんてまるで気にしていない。体勢を崩すことすらなく、自らの攻撃で吹き飛んだセイバー目がけて突進する。折り重なるようにして倒れているセイバーと弓ねえにとどめを刺すべく――

「駄目だ、2人とも逃げろ!」

 俺には叫ぶことしかできない。俺の使える魔術がサーヴァント相手の役に立たないことはランサーとの戦闘が証明しているし、遠坂みたいなものは使えない。弓矢がこの場にあれば少しは目くらましになるかも知れないけれど、あの岩みたいな剣で一閃されたら一瞬で俺は意思のない、肉の塊になってしまうだろう。
 だから、せめて2人には逃げて欲しい。そう思って叫んだのに。

「――あ、くっ……がっ!」
「まだ、まだ……ぐうっ!」

 2人は、ゆるりと立ち上がった。見えない剣でバーサーカーの突進を受け止め、その衝撃で再び吹っ飛ばされるセイバー。巨体の懐に飛び込んでの一撃を狙い、突起のある肘で背中を強打されて道路に叩き付けられる弓ねえ。

「このっ!」

 遠坂が再び放った魔術は、強い光を放つもの。さすがに一瞬動きが止まった相手の隙を突き、セイバーが弓ねえの腕を引いてバーサーカーから距離を取ってくれた。けど、あれくらいなら黒い巨人は一飛びで詰められる。ならば、あの2人を守るためには……。

「バーサーカー、その程度の相手に何手こずってるのよ!」

 苛立ちを隠さないイリヤの叫び。主に答えるように巨人は空に向かって雄叫びを上げ、一際力のこもった一撃を与えんと岩剣を振り上げる。風が巻き起こったのは、あの巨体が空中へと舞い上がったからだ。着地地点には、血まみれになりながら必死で迎撃体勢を取ろうとしてでも取れないでいる、ふたりの少女の姿。

「セイバー、弓ねえ!」

 ナニカを考えるより先に、身体が動いていた。
 アスファルトを蹴り、自分に出せる全速力で、2人とバーサーカーの間に割り込む。両腕を突き出して、セイバーと弓ねえを力一杯突き飛ばして、

「――え?」

 そこで、がくんと姿勢が崩れた。
 あれ、おかしいな。
 何で立てないんだろ。

「士郎っ!」
「シロウ!」

 ああ、弓ねえとセイバーの声が聞こえる。良かった、間に合ったんだ。
 だったら、俺も逃げなくちゃあ。
 逃げなくちゃ、俺がバーサーカーにコロサレル。

「衛宮くん!」
「……たわけが」

 遠坂が俺を呼ぶ声と、アーチャーの吐き捨てるような台詞が聞こえる。良かった、2人は攻撃されてない。
 だったら、俺も何とかしなくちゃあ。
 何とかしなくちゃ、俺がシンデシマウ。

「――――何で?」

 ついさっきまでの苛立ちはどこへ行ったのか。イリヤが、呆然と俺を見下ろしている。
 ……ああ、何だ。やっと気が付いた。
 俺、腹から下無くなっちゃってるよ。
 視界の端に、それはまぁ見事に俺の内臓だったものがとっ散らかってる。あの廊下の比じゃないな、こりゃ。
 何だ、駄目だな。コロサレルんじゃない、もうコロサレテルんだ。
 せっかく弓ねえもセイバーも守れたと思ったのにな……俺、死んじゃうんだ。
 せっかく遠坂に助けて貰ったのにな……宝石、無駄にしてごめん。

「もういい、こんなのつまんない。バーサーカー、帰ろう」

 イリヤが、おもちゃを壊してすねてしまった子供みたいにふて腐れてる。セイバーたちにとどめを刺さないまま、自分のサーヴァントを呼び戻した。

「リン、ユミ。夜に会ったら殺してあげる。お兄ちゃんにも、そう伝えておいて」

 言葉を語らない巨人を従え、それだけを言い残して少女は去っていった。小さな背中を見送る俺の意識が、どんどん闇に沈んでいく。
 ……困ったな。死んでしまうのなら仕方ないけど、寂しいのはイヤだ。
 誰かを連れて行くなんてことはできないけど、心臓が止まるその瞬間まで、誰かにそばにいて欲しい。
 駄目かな……わがままかな。

「士郎!」
「シロウ……愚かな!」
「衛宮くん! あんた、何考えてるのよ! もう助けてあげること、できないのよっ!」

 あ。
 よかった。
 弓ねえと、セイバーと、遠坂の声が聞こえる。
 ありがとな、そばにいてくれて。
 ああ、眠い。意識がもう保たないや。

 ……だけど。
 1人で逝くのは、寂しいなぁ……。
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