Fate/gold knight 5.あかいあくま
 夢を見ている。
 5年前の冬の夜。
 空に浮かび上がった月を俺と弓ねえ、そして親父の3人が縁側に並んで見上げていた。
 この頃、親父は家から出ることもほとんど無くなっていた。家の中でのんびりと、俺たちや藤ねえとの穏やかな生活をにこにこ笑いながら楽しんでいた。
 今思えば、最後の時を自分の子供たちと共に過ごしたかったんだろう。それが分かっていれば、俺たちだってもう少し気を遣っただろうに……いや、俺も弓ねえも藤ねえも、親父の不調は一時のものできっと良くなる、って信じていたのだけれど。

「子供の頃の話なんだけどさ。僕、正義の味方に憧れていたんだよ」

 月を見上げながら、切嗣がそうぽつんと呟いた。親父の横に座っていた俺と、その横にいた弓ねえは並んで親父の顔を見つめる。だって、俺たちにとって衛宮切嗣という男は正真正銘正義の味方だったんだから。

「何だその言いぐさは。諦めたのか? 情けない」

 弓ねえが腕を組み、心底呆れたように問いかける。顔を見たらむすっとしてて、本気で呆れてるのだと気がついた。親父もそれに気づいたらしく、くすっと苦笑いを浮かべる。

「うん、残念ながらね。ヒーローってのは期間限定モノでさ、大人になると名乗るのが難しくなるんだ」

 そんなこともっと早く気づけたら良かったのにね、と困ったように微笑む切嗣。俺は、親父の言うことだからそうなんだろうと勝手に納得してしまっていた。けれど、姉はそうじゃなかったらしくて。

「何を言うか。大人であってもヒーローを名乗る例などいくらでもある。そなたが名乗れぬは単にこっ恥ずかしいからではないのか?」
「うわ、弓美はきっついこと言うねー」
「弓ねえ、きっつー」

 親父と俺は同じようなことを口にして、思わず顔を見合わせてしまった。むっとする姉上の顔を2人で見つめてしまい、同時にぷーっと吹き出す。

「な、何だそなたら! 切嗣も士郎も、我に対して失礼であるぞ!」
「あはは、ごめんごめん」

 顔を真っ赤にして怒る弓ねえの頭を、腕を伸ばしていつものようにゆっくり撫でる親父。むすっとしたままの姉も、おとなしくされるがままになっていた。

「……でも、爺さんがそう言うんなら、しょうがないのかな」
「本当にしょうがないんだよ。参ったよね」

 状況を変えるつもりで俺が呟いた言葉に、切嗣が相槌を打ってくれた。だから、俺は親父を安心させる意味で言葉を続けることにした。

「うん。しょうがないから俺が代わりになってやるよ。爺さんが大人でもう無理でも、俺はまだ子供だから平気だし。だから」

 俺は、本当にそう思って言ったんだ。誰かを助けるために、家族を守るために、俺は正義の味方になるって決めていたから。

 ――だから、爺さんの夢は俺が形にしてやっから。

 そう言葉にする前に、切嗣は弓ねえを撫でていた手を止めた。そのまま俺もまとめて抱きしめる。ああ、何で親父の腕、こんなに細くなっちゃったんだろう。

「うん。士郎も弓美も、強くなってくれてよかった。ありがとう」
「……切嗣?」

 弓ねえが名前を呼びきる前に、その腕から力が消える。赤い世界から救い出した娘と息子をその腕の中に抱きしめて、衛宮切嗣は人生の終わりを告げていた。
 まるでずーっと眠くて、そのまま眠ってしまったみたいだったから、あまり悲しいとかそういう感情は湧かなかった。
 『眠りについた』切嗣を布団に横たえて、俺は弓ねえと一緒にその枕元にいた。最初は2人して正座していたけど、そのうち姉が寂しそうに腕を伸ばし、俺をまるでぬいぐるみか何かみたいにだっこして膝の上に乗せて。俺も多分寂しかったんだろう、おとなしくぬいぐるみの役を演じていた。そのまま……2人して、泣きながら夜を明かした。

 うん、夢だ。
 5年前の、衛宮家が3人から2人になった晩の夢。
 何で今頃、こんな夢見てるんだろう。おかしいな、もう起きなくちゃ。
 そろそろ起きろ、って脳の奥が言ってる。もう朝だ、ご飯作らないと。
 あー、身体がうまく動かないや。何でだろう。
 口の中、何か溜まってて変な味がする。ああまずい。

 そうしてどうにかこうにかまぶたを開けた時、俺の見たものは。

「……すー……」

 人を抱き枕にして安らかな寝息を立てている、我が金色の姉の寝顔だった。
 なんでさ。


 OK。状況を整理してみよう。
 まず俺が寝ているのは……天井や周囲の光景から俺の自室。これは間違いない。
 で、俺が横たわっているのも……俺の布団。これも間違いない。
 そんでもって……弓ねえが普段着のまま、俺を抱き枕にして寝ている。これは大間違い。
 結論。つまり、この状況の過ちを正すには。

「……おーい弓ねえ、起きてくれ〜」

 目の前におられる、姉上に目を覚まして頂くしかない。というわけで、俺をしっかり抱きしめている姉の腕の中から何とか自分の腕を引き抜いて、そっと肩を揺さぶる。うぇ、何でこんなに吐き気がするんだろう。

「くー……」

 弓ねえの寝起きが悪いのはいつものことだけど、こういう時は誠に大変だ。藤ねえとか桜に見られたらどうすんだよ、俺は何もしてないけど。うぷ、早く起きてくれないと吐く、吐くってば。

「ゆ〜み〜ねえ〜、起きろってば!」

 ゆさゆさゆさ。今度は力を込めて、思い切り揺さぶってみた。さすがに今度は反応があって、しばらくしたら弓ねえはぼんやりと目を開けた。

「……んぁ?」

 ぼへ〜と寝ぼけ眼で半身を起こしかけ、俺の顔をじーっと見つめる姉上。俺としては弓ねえには早く退いて頂いて、さっさと洗面所に行って吐き気をどうにかしたいわけなのだが。

「弓ねえ、起きたか? 早速で悪いけど、早くどけ」
「………………き」
「き?」

「きゃあああああああああああああああああああああああああ!!」

 ドタドタドタ!

「何です、何かあったのですかユミ!」
「ちょっとちょっと、何よ弓美さんっ!?」
「……あ、えーと………………なんでさ」

 ばたーんと、襖が破壊せんばかりの勢いで開かれた。どうやら姉上の金切り声に反応したのだろう、走って飛び込んできたセイバーと、遠坂と、アーチャーの目の前で繰り広げられていたのは……

「ギ、ギブギブ! ぐるじぃ、ぐるじいぞゆびでぇ!」
「やかまし黙れこのケダモノ! 我に手を出そうなどとは片腹痛いっ!」
「だ、だがらぢがうだろっ! は、はぐ、ぎもじわるぃっ!」

 ……姉上にキャメルクラッチを貰っている俺、という何とも情けない図であった。ほんとになんでさ。
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