Fate/gold knight 5.あかいあくま
「――わ、悪かったな。つい」

 10分後。
 何とか姉上を俺から引きはがして貰い、ウチの居間に全員が揃っていた。俺の目の前で、弓ねえはぷいと拗ねている。うん、寝ぼけて怪我人にプロレス技掛けておいて何だかなぁ。

「まったくもう。弟の看病は姉の役目だーとか何とか言っておいて、何やってるのかしらねお姉様は」
「凛、お代わりはいるかね?」
「ええ、お願いするわアーチャー」

 呆れ顔で勝手に淹れた紅茶を飲んでいる遠坂。……というか、どうやら淹れたのはアーチャーらしい。俺たちの前にも、それぞれティーカップが並んでいるあたりはさすがだな。うむ、良い香りが漂ってくる。うちにあるのは安物のはずだが、どうやったらここまで良い香りを出すことが出来るのであろうか。少々ご教授願いたい気もする。

「ユミ、淑女ともあろうものが殿方の寝床に潜り込んで同衾とは、あなたの方がケダモノではありませんか。恥を知りなさい」
「む、しかし姉と弟であるぞ?」
「それならば余計にたちが悪いではありませんか!」

 言動が我が親友たる生徒会長殿に似ているなぁ、と思わされたのはセイバー。早速弓ねえをお説教に掛かっている。弓ねえ、いくらふくれっ面で拗ねられてもこの場はアンタの方が分が悪いぞ。

「ま、弓美さんは後々めいっぱい突っつくとして……衛宮くん。その分だと、もう怪我は心配なさそうね。とりあえずその点については謝ってちょうだい」

 小さく溜息をつきながら、遠坂が俺の顔を覗き込むように見る。謝れって? 怪我って……俺、何か怪我したっけ?
 そもそも、何で遠坂がウチにいるんだ?

 ――やっちゃえ、バーサーカー!

 ……急に吐き気が戻ってきた。
 何で、すっかり忘れていたんだろう。
 俺は、セイバーと弓ねえを助けようとして、バーサーカーに腹を切り捨てられたんだ。
 俺も逃げようとして、でも足がなくて逃げられなくて。
 意識が遠のく中、セイバーと弓ねえと遠坂の声が聞こえた。

 って、俺さっき歩いて居間まで来たよな?
 改めて、自分の身体を見下ろしてみる。うん、ちゃんと腹も腰も足もある。無くなってなんかない。

「……遠坂、また助けてくれたのか。ごめん、ありがとう」

 ここにいるメンバーの中で他人の治療ができそうなのは遠坂しかいないから、きっと俺のことをまた助けてくれたんだ。そう思っての言葉だったんだけど、彼女は思いっきり妙な表情を浮かべた。

「そこじゃないでしょ、謝るところは。アンタ、自分がどれだけバカなことしたのか分かってるの?」
「む、バカとは何だよバカとは」
「ならば大たわけ、だな。衛宮士郎」

 遠坂に言い返したら、アーチャーにさらに返された。こんちくしょう、お前ら良いコンビだよほんとに。服も赤と黒でお揃いだし。
 アーチャーは腕を組んで、口の端を歪め皮肉な笑みを浮かべる。う〜、お前のその顔、何だか他人に思えなくて嫌なんだよなぁ。

「貴様の考えは分からなくもないが、マスターがサーヴァントをかばって負傷する、というのは頂けんな。我らサーヴァントは、マスターに依って現界している存在なのだぞ」
「アーチャーの言う通りよ。幸い、衛宮くんは生きていたからいいけど……もしあのまま死んじゃってたら、あなたと契約しているセイバーも消えるのよ。セイバーが大事なら、まず自分が生きなさい」

 赤いコンビにお説教を食らう俺。……そう言えば遠坂の聖杯戦争講座で言ってたっけな、そういうこと。俺はセイバーと弓ねえをかばったんじゃなくて助けようとしただけなんだけど、最終的にそうなってしまってたんだから言い返しようがない。

「……シロウが手数を掛けました、凛。サーヴァント・セイバー、主に代わって詫びましょう」
「あら、セイバーは悪くないのよ。悪いのは、自分の力量もわきまえずに前に出たあげく死にかけた、そこの大たわけさんなんだから」

 あうううう。セイバーのフォローを利用してさくさくと言葉の棘を刺してくれる遠坂は、まさにあかいあくまというに相応しい御仁だった模様。にやにやとこっちを見ているアーチャーの嫌みな笑いが、俺の気分の悪さをさらに増幅させてくれる。まあいいや、今はそれより知りたいことがある。

「……確かに前に出ちまったのは悪かったよ。だけど――悪い、とりあえず状況を教えてくれ」
「……そうね。自分が何で生きてるのか、そこら辺の事情は知りたいでしょうし」

 俺が尋ねると、遠坂は素直に教えてくれた。
 あの後、俺が意識を失ってすぐ、イリヤはバーサーカーを連れて去っていった。だけど内臓を散らばらせた俺を蘇生させる、なんてことは遠坂にも無理だったのだという……だけど。

「アンタの身体が勝手に治り始めたのよ。何か映像でも巻き戻してるみたいに、するすると肉体の再構成が始まってね」

 気持ち悪そうに顔をしかめる遠坂。俺はその光景を想像しようとして、内臓から拒否反応を示された。分かったから吐き気はやめてくれ、こんなところで遠坂に失態見せるわけにはいかないだろ。
 で、10分もすると外見上、俺の身体は元通りに治ってしまった。けれど意識の方は戻らなかったので、みんなでウチに戻ってきて、今に至るというわけだ。

「……まったく、一時はどうなることかと思うたぞ。そなたを死なせては切嗣に見せる顔がなかった」
「その割にぐっすり眠っていたようだがな、君は」

 ふくれっ面で俺を咎めようとした弓ねえだったけど、アーチャーの的確なツッコミに思わず口を閉ざした。うん、確かによく寝てたよなぁ。
 ……でも、つまりそれは、弓ねえは俺が目を覚ますまでずっと側にいてくれてたってことだ。良かった、俺は寂しいのは嫌だったから。

「アーチャーも弓美さんも、話そらせないで。まったく、アーチャークラスってそういうの得意なのかしら……まあいいわ、話を戻す」

 ごほん、とやたらでっかい音で咳をして、遠坂が俺たちの視線を自分の方に向き直らせた。遠坂凛の講座再び、って感じだな。ここで眼鏡掛けて指し棒持ったら完璧だろうな、と想像しようとしてやめた。何か怖い考えになりそうだったしな。

「ここで重要ポイント。衛宮士郎は、自身1人で生ききったってことよ。確かにわたしは少しばかり手助けしたけれど、あなたは自分のぶっ飛んだ中身を自分で何とかしたの。そこ、勘違いしちゃ駄目よ」

 びしす、と人差し指を立てる遠坂。説明されなければ勘違いしたままだっただろうから、まぁ彼女の話は素直に聞いておくことにしよう。またあかいあくまに降臨でもされたら、余計に話がややこしくなる。

「……今の話聞いてると、どうやらそうみたいだな。遠坂が助けてくれたんじゃなかったのか?」
「あのねぇ。瀕死の重傷者の蘇生なんて芸当、もうわたしには出来ないわよ。ましてやぶっちゃけられた内臓なんて、まともに見るのもイヤ」

 それは分かる。
 記憶の端に残っている、自分の内臓が道路上にぶちまけられた光景。半ば死んでいた俺自身ですらぞっとするのに、意識が正常だった遠坂はさぞかし気分が悪かっただろう。
 だけど、正直言うとまだ半信半疑なところがある。俺は人体治癒はおろか、無機物の修復だって出来やしない。その俺が、無意識のうちに自分の身体を再構成するなんてこと、天地がひっくり返ったって無理なんだから。

「確かにな。士郎は異常を発見することは得意だが、その異常を魔術で修復することはできぬ。おかげで魔術師の家だというのに、大工道具はプロが使うようなモノが揃っておるぞ」

 土蔵にしまってある品々を思い出したのか、溜息をつきつつ弓ねえがぼそっと吐き出した。彼女の言うとおり、家には大工道具やら何やらDIYショップを開けるんじゃないかってくらいに器具が勢揃いしている。ほとんどは俺が必要にかられて購入したモノだったりするんだが……だって姉2人が破壊魔なんだから、しょうがないだろう? うちはそんなに金持ちじゃなかったし、使えるモノはちゃんと修理してやらないと。ちなみにまだ修理していないものは土蔵にいろいろ積み上げてある。確か次は、藤ねえが両断したビデオデッキだったかな。
 ぶつぶつと口の中だけで多分俺に対する文句やら何やらを呟いていた姉がふと、セイバーに視線を移す。どこか確信に満ちたその視線に気づき、セイバーは思わず姿勢を正した。

「何でしょうか、ユミ?」
「いや。……士郎自身に本来は存在しない治癒能力が備わった、となると原因はそなたとの契約ということになるのではないかと思うてな。凛、そなたはどう思う?」

 はぁ、と弓ねえの言葉に目を丸くするセイバー。そう言えば、セイバーが出現した後、俺の腕の傷が治っていたっけ。同じように負傷した弓ねえの怪我は治らなくて、救急箱を出してきて手当てしたんだったよな。

「そうかもね。マスターとサーヴァントならラインが繋がっているはずだし、セイバーに自然治癒能力があるのはゆうべ見せて貰ったし」

 遠坂は弓ねえの推測を肯定するようにうんうんと頷く。そうか、セイバーは昨夜のバーサーカーとの戦いで重傷だったんだ。弓ねえは……やっぱり遠坂が治してくれたんだろうな。見たところまるで何ともないみたいだし。
 そう思いつつ皆の顔を見ていくと、ふとアーチャーと視線が合った。アーチャーは何か言いたげにちらちらとこちらを見ていたけれど、口を開くことなく遠坂のそばでおとなしくしている。何だろう、俺に遠慮するわけはないしなぁ。
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