Fate/gold knight 5.あかいあくま
「話を聞いていると、衛宮くんのセイバー召喚はかなりイレギュラーだったみたいね。そのせいでわたしとアーチャーのような普通の契約とは違う、おかしな状態になっているんじゃないかしら」
「そうか、遠坂とアーチャーは普通の関係なんだ」
「まあね。人の言うこと全然聞かない奴だけど、一応そう。普通の魔術師と使い魔の関係よ」

 アーチャーの様子に気づかないまま、遠坂は俺の言葉に腕を組みつつ不満げな顔で頷いた。確かに、胸を張って魔術師を名乗れるレベルじゃない俺とセイバーの組み合わせが普通なわけはないよな。いや、指摘点はそこじゃないけれど。それに、俺はセイバーを使い魔として扱いたくはないし。

「話がずれたわね。ともかく、普通じゃない契約を交わしてしまっていることで、セイバーの治癒能力が衛宮くんに流れている、って可能性はあるわ。本来なら魔術師の能力が使い魔に備わるんだけど、その逆ね」
「はぁ……要は、川の水が河口から逆流してるようなもんか。ポロロッカみたいに」
「それって、アマゾン川が逆流するってあれ? 何でそこでそういう名前が出てくるのよ、アンタは」

 俺の方こそ、何でそこでお前は額を抑えるんだと尋ねたいよ。遠坂の説明を受けて頭に思い浮かんだイメージがそれだったんだから、しょうがないじゃないか。

「まぁ、良い例えではあるけどね。セイバーの魔力がそのポロロッカを引き起こしちゃうくらい膨大ってことだし。そうでなければ、あれだけ体格差のあるバーサーカーとほぼ互角に打ち合えるなんて考えられないもの」

 なるほど。
 そう言えば、ランサーとセイバーが戦っていた時、セイバーの攻撃のひとつひとつにはかなりの魔力がこめられているのが俺から見てもはっきりと分かった。必殺技――遠坂の聖杯戦争講座に曰く『宝具』は多大な魔力を使用するらしいけど、そうでない攻撃にこめられる魔力としては、あれは格段に多いんじゃないだろうか。それはつまり、セイバー自身が持っている魔力が膨大であるがために小出しにする必要がないとか、そういうことなんだと思う。もしかしたら、セイバー自身はあれでも小出しにしてるのかもしれないけれど。

「ともかく、今度からあんな無茶はしないこと。普通の人間なら2回は死んでるのよ? 3回目はないと思いなさい。多少の傷なら治るなんて甘い考えは捨ててね」

 遠坂が俺の目を覗き込むようにして真剣なまなざしで言ってくれる。
 うん、俺は昨晩だけで確かに2回……いや、3回は死んでいたはずだ。一度は遠坂に救われ、一度はセイバーに救われ、最後の一度は……やはりセイバーに救われた。
 10年前だってそうだ。俺はあの赤い世界で死ぬはずだったところを切嗣に救われた。
 たくさんの人に助けられて俺は生きている。だから、そう簡単に死ぬわけにはいかない。
 たくさんの人に助けられて俺は生きている。だから、俺も誰かを助けなくちゃいけない。
 そして、大事な人たちを守らなくちゃいけない。
 それが、正義の味方だから。

「ああ、分かってる」

 だから、遠坂の言葉に頷いて肯定を示した、のだけど。

「本当に分かってる? 衛宮くん、今まではやたら運が良かったみたいだけど……それって絶対、運以外のナニカをすり減らしているとしか思えない。例えば寿命とか勝負運とか預金残高とか」

 人を信用しろよ、このあかいあくま。ちゃぶ台に両手をついて俺の方に身を乗り出して、これで横にライトでもあったら取調室の刑事に見えるぞ。すると俺は重要参考人か被疑者か。冗談じゃない、そもそもここは俺の家だ。

「凛、預金残高は関係ないと思うのだが」
「関係あるわよっ! あのね、魔術ってのは金食い虫なの! 使ってたらどんどんどんどん残高が減っていくものなの!」

 肩を落としつつツッコミを入れてくれたアーチャーに対してがあーと吠え、拳を握りしめて力説する遠坂。何か、普段から苦労してるんだなぁと涙を拭いたくなるのは何故だろう。それに、うちはそうでもないし。

「凛よ。遠坂の家系はそうかも知れぬが、衛宮の家に関しては当てはまらぬぞ。我がきちんと稼いでおるからな」
「――は?」

 えっへん、とここにいる女性陣の中で一番豊かな胸をこれ見よがしに反らせる我が姉上。彼女の言うとおり、うちの家系は姉上の収入と俺のバイト代で何とかなっている上、切嗣の遺産がちょぴっとと藤村の爺さんがくれるお小遣いのおかげもあってそこそこ預貯金もあったりするのだ。

 ちなみに弓ねえの職業、デイトレーダー。これって職業と言っていいのかどうか分からないけれど、本人がそう言ってるのだからそういうことにしておく。それなりに稼いでいる様子で、自分の食費やうちの維持費なんかはきちんと出してくれる。たまに大物に手を出して失敗することもあるけど、最終的にきちんと儲かっているらしい。これってもしかして、サーヴァントが持つスキルとかいう奴と関係あるのだろうか。
 ……デイトレードが一般化する前は、新都でパチプロやってました。定時出勤するような職業には就きたくないんだそうで。確かに、普通の会社なんかに就職したら可哀想だなぁ、弓ねえの上司になる人が。

「何でよ――――――っ! そんなの不公平だわっ、わたしが苦労して苦労して苦労しまくってるっていうのに、何でへっぽこぴーな衛宮くんがお金に困ってないのよっ!」

 何でよ、って言われても困る。俺たちが遠坂の家の家計事情なんて知るわけないだろ。
 思わず視線をそらしてみると、セイバーはさっきから我関せず、とばかりに目を閉じて微動だにしない。アーチャーは何か背景に太いマジックで縦線書いたように暗くなってる。そうだよな、遠坂は自分のマスターだもんな。大変だな、お前。
 しかし、遠坂の本来の性格ってこんなのだったんだなぁ。ああ、弓ねえとは違うタイプだなってちょっと憧れていたのに、同類だったとは。俺、こういう性格の女の子に縁でもあるんだろうか?

「はー、はー……ま、まぁお金の話はこのくらいにしておきましょう。次は真面目な話なんだけど、いいかしら? 衛宮くん」

 さんざん叫んで気が済んだのか、落ち着いた様子の遠坂は俺を睨み付けるように見つめて話を切り出した。……そうか、俺の看病を弓ねえがしてくれてるのに遠坂が家に残っていたのは、その話がしたかったからなんだろうな。じゃあ、ちゃんと聞かないと。

「ん? ああ。遠坂、その話が本題なんだろ。いいぜ、何だ?」
「ええ。じゃあ率直に聞くけど衛宮くん、これからどうするつもり?」

 ――本当に率直だ。遠坂凛っていう奴は、俺が尋ねて欲しくない問題をまっすぐに突きつけてきた。
 いや、違うか。
 尋ねて欲しくないのは、俺が真正面から問題と向き合いたくないからだ。
 向き合いたくないのは、そこまで俺の考えが及んでいないからだ。
 なら、そう素直に言うしかない。

「正直言うと、分からない。聖杯を手に入れるための戦いだっていうけれど、俺は親父以外の魔術師に会ったことはなかったから、魔術師同士の戦いなんてやったこともない」

 目はそらさない。これは俺の現実って奴だから。
 親父以外の魔術師を知らず、他の魔術師を見分けることも出来ず、ろくな魔術を使えない魔術師。
 高い理想はあるけれど、その理想を実現するための力には全く届いていない、無力な自分。
 それが現実。

「第一、俺は殺し合いは避けたい。それに聖杯なんてもの、俺は別に欲しい訳じゃないし」

 だから、せめて自分の意見だけははっきり示しておかなくちゃならない。俺は戦いを止めたくて、その戦いの向こうにある弓ねえの過去を知りたくて、セイバーのマスターを引き受けたんだから。

「シロウ」

 いきなり、俺の横に座っているセイバーから殺気が吹き出した。思わず身構えた俺と、セイバーのこちらを見つめる視線が重なり合う。うわ、あの目はかなり本気だ……だけど俺、セイバーに殺気向けられるようなこと言ったのか?

「衛宮くん……セイバーがまだ分別のある娘で良かったわね。下手すると死んでたわよ」
「なんでさ」

 遠坂の呆れ声。俺は本当に理由が分からない……けど、彼女の台詞が嘘じゃないであろうことは今のセイバーを見れば一目瞭然だ。つまり、理由は分からないけれど俺はセイバーを怒らせたわけだ。それこそ、俺を一刀の元に殺しかねないほどに。

「わたしたちサーヴァントの目的もまた、聖杯であるからです。わたしは聖杯を手に入れるため、願いを叶えるために、10年前も今回もマスターの召喚に応じた」

 俺の疑問には、セイバー自身が答えてくれた。そう言えばそんなことを言っていた……ようないないような。駄目だな、この辺記憶が曖昧だ。後でちゃんと思い出さなくちゃ、みんなに失礼だ。それに、そういうことならまるで問題にならないよな。聖杯を欲しくないのは俺、なんだから。

「なら、俺は要らないからセイバーが貰えばいい。弓ねえだってそう言った」
「うむ。我も聖杯は要らぬ故、もし我らが入手することになったのであればセイバーが手にすれば良い」

 俺と弓ねえがそう答えると、セイバーと遠坂は目を丸くした。あーもー、確かに俺たちが特殊なのは分かったからそんな珍獣を見るような目で見るな、遠坂。というかセイバーまで同じ目で見るのはやめてくれ、俺たちが特殊、の『俺たち』の中にはお前も入っているんだぞ。

「……は、はぁ……それはまぁ、助かりますが……っていえ、そうではなく」
「セイバー、ほんとにエライマスターに当たっちゃったものね」
「お心遣い、痛み入ります。リン」

 ってこらそこ、何肩を叩き合ってるんだ。そんなに俺の認識って甘いか? 甘いんだな?

「一応自覚はあるみたいね。そうよ、アンタの認識ってとんでもなく甘いわ」
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