Fate/gold knight 5.あかいあくま
 セイバーとの慰め合いを終えたところで、遠坂の聖杯戦争講座第3回がスタートしてしまった。よほど俺、何も知らないんだなぁ。もっとも、つい昨日まで素人同然だったんだから仕方ないんだけど。

 で、曰く。サーヴァントは自分たちも叶えたい願いがある。それを叶えるために聖杯が欲しくて、マスターの召喚に応じて来ているということ。
 だから、例えばマスター同士の交渉で聖杯をあきらめて貰う、なんていう方法は採れない。マスターがあきらめたって、サーヴァント自身が聖杯を欲しくて出てきたんだから彼らはあきらめない。
 マスターは上手いこと令呪を奪ったりして敵マスターを殺さずに無力化できるけれど、そんなことができないサーヴァントは敵マスターを無力化するために殺すしか方法がない。で、マスターは自分を守るためには、結局自分のサーヴァントを敵のサーヴァントと戦わせるしかない。
 つまり、どうあっても戦いを避ける、なんてことは出来ない。一度参戦表明をした俺には、戦って敵を倒すしかない、ということ。

「分かった? まったく、衛宮くんがここまで甘ちゃんだとは思わなかったわ」
「む、悪かったな。俺は出来るだけ、人死にを出したくないだけだぞ」
「それが甘いって言ってんの」

 俺の反論はあっさりばっさり。そりゃまあ、今までの4回の戦争で多大な被害、人死にが出ているのは分かっている。だけど、だからこそ少しでも被害を減らしたいっていう俺のこの気持ちは、本当に甘いだけの中身のない妄想なのか。

「甘いかもしれないけれど、俺はそれでも被害を減らしたい。少なくとも当事者以外に被害を出すなんて、そんなことは許したくない」

 俺の本当の親だった人も、隣家に住んでいた人も、近所の遊び友達も、あの業火に焼き尽くされた。俺はもう、誰かにあんな思いをさせたくはない。

「その意見には賛成だけれどね。あーもう、ホントのホントに何でこんなのがセイバー引き当てるのよ、あー頭に来る! 宝の持ち腐れならぬサーヴァントの持ち腐れって奴じゃないの!」

 あ、遠坂がまた荒れ出した。何だよ、結局お前が怒ってるのって俺がセイバーを召喚したからか? んなアホな。ちゃぶ台を力一杯殴るな、食事が取れなくなるだろうが。

「……私はどう反応すればいいのだ、これは」
「気にしない方がいいでしょう、アーチャー」

 落ち込み気味のアーチャーを、セイバーが慰めているというか何というか。そして弓ねえは……あー、腕組んで傍観の構えだ。確かに彼女は、今回の聖杯戦争には直接関係がある訳じゃないからな。たまたま弟である俺がセイバーのマスターになったから、力を貸してくれてるだけで。

「………………ええい! 衛宮くん、この家空き部屋あるっ!?」

 と。
 唐突に遠坂はがばりと立ち上がり、俺を見下ろしてそんなことを尋ねてきた。

「空き部屋? そんなの、イヤってほどあるぞ。うちは母屋以外に離れもあるし」

 尋ねられたことには素直に答える。我が家はやたら広い割に住人が俺と弓ねえ時々藤ねえしかいないので、空き部屋はいっぱいある。こまめに掃除はしてるんだけど、人の住まない部屋っていうのは寒々しくて寂しい。桜が前に言っていたけど、衛宮の家は住んで貰った方が嬉しいんだとか。まあ、家というのは人が住むための建物なんだから、自分の役目を果たせるということは家自身にとってとても喜ばしいことなんだろうけれど。
 そう考えていると、目の前の彼女はトンデモナイ台詞をのたもうてくれた。

「了解。じゃあ、今日からわたし、この家に住み込むことにしたから」
「はい?」
「は?」
「り、凛?」
「……何がじゃあ、なんだよ。遠坂?」

 代表で俺が、彼女にその真意を尋ねてみることにした。一体何がどうなって遠坂凛がその結論に達したのか、当人のサーヴァントたるアーチャーにもさっぱり分かっていないようだし。
 で、尋ねられた遠坂は腰に手を当て、仁王立ちしたまま俺を睨み付けながら答えを返してくる。その姿はまさにあかいあくま、威圧感がただものじゃない。

「うるさい。ここまで無知な魔術師、じゃなくて魔術師見習いを敵のマスターだからって放置しておけるほどわたしは馬鹿じゃない。というか、こんな奴が自分の管理地にいたってこと自体問題だし。心の贅肉だけど、わたしがあんたの師匠やってあげるわ。せめて聖杯戦争を、まともなマスターとして戦えるように」

 ええと、それはつまり、遠坂は俺に力を貸してくれるってことなのか?
 どうやらそうらしい、と俺の意識が彼女の台詞を認識すると同時に、遠坂の背後に控えていたアーチャーがむすっとした表情で口を挟んできた。ちらちらと俺を睨み付けている視線には、ほんの少し前のセイバーと同じくらいの殺気をこめながら。

「凛。それは無駄な行為だと私は思うがな。無知な相手ならばさっさと排除するに越したことはない。ましてやその無知が使役するのはセイバーのサーヴァントなのだぞ?」
「だから心の贅肉って言ってるでしょう? それに、正直言うとバーサーカーへの対策も練りたいところなのよね。弓美さん込みでサーヴァント3人がかりでもはっきり言って負け戦だったじゃない」

 自らの使い魔に対する魔術師の答えは明白だった。そして、その答えの中に出てきた、バーサーカーの名前。
 イリヤと名乗った少女が連れていた、鉛色の巨人。セイバー、アーチャー、弓ねえが3人で当たっても、あいつはろくに傷つかなかった。もし俺たちがそれぞれバラバラに戦っていたら、結果は分かり切っている。白い少女と巨人は2組の敵+イレギュラーのサーヴァントを倒し、聖杯に一歩近づく。

「確かに。少なくともあのサーヴァントを倒すためには、各々が別に挑むよりは協力態勢を敷いた方が勝率は上がるかと」
「街中での戦闘だった故にこちらが全力を出し切れなんだ、という可能性もありそうだな。戦う場所も考慮する必要があるが……誘導するためには複数でことに当たる方が確かに良いか」

 セイバーと弓ねえもそのことを理解できたようで、うんうんと何度か頷いた。この2人は遠坂の申し出を承諾してくれた、と思って良さそうだ……良かった、俺も遠坂とは戦いたくなかったし。
 で、後は眉間にしわを寄せて露骨に嫌がっている、遠坂自身のサーヴァントだが。

「アーチャー、あんたこの後ずーっと身体重い方がいい?」
「…………………………了解した。地獄に落ちろマスター」

 あかいあくまの、無邪気な笑顔と共に放たれた一言で撃墜された。アーチャー……ホントにお前、いろいろと苦労してるんだな。同情する気分にはどういう訳かならないけれど。
 多分、俺もこれから苦労しそうだから。というか決定事項なんだろうなぁ、きっと。
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