Fate/gold knight 6.はいいろのだいち
 遠坂とアーチャーが一旦遠坂の家に戻ったあと、俺はキッチンに立った。結局昨夜は夕食食べ損ねたし、腹が減ってしょうがない。しかし朝から大騒ぎだったせいで、いつものようにちゃんとした朝食を作る時間がないようである。ま、今日は日曜日だし、トーストをメインでいいかな。後は冷蔵庫の中身と相談してでっち上げるか。

「えーと。ベーコンエッグにトマトサラダ、スープも付けたいけど……インスタントでいいか?」
「構わぬよ。本来ならば我が作らねばならぬのだろうが」

 ちゃぶ台の前に座って新聞を読んでいる姉に声を掛けると、珍しく殊勝な返事が返ってきた。む、明日は雪だろうか?

「ああ、気にすんな弓ねえ。じゃ、スープ頼むぞ」

 とりあえず気にしないことにして、ベーコンエッグを焼きながらそう答える。さすがに、インスタントスープをお湯で溶くくらいなら弓ねえでも出来るしな。たまに水で溶きそうになるのはご愛敬、ということにしておかないと相変わらず姉上の横にすっ転がっているあの剣で斬られそうだ。

「承知した」

 きちんと新聞を畳み、長い髪をまとめながら姉がキッチンに入ってくる。と、その後ろからおそるおそる、という感じでセイバーもやってきた。興味深げに俺の手元を覗き込んでいる。

「ん? 何だセイバー、腹減ったか? すぐ作るから待っていてくれ」
「……あ、いえ、そういう訳ではないのですが。決して空腹なので早く食事を出して頂きたいとか、そういうことは……」
「本音が口に出ておるぞ、セイバー」

 鋭い弓ねえのツッコミにう、と身を引くセイバー。その顔をつつーと流れるのはどうやら冷や汗。そうかそうか、やっぱりお腹空いてたんだな。

「弓ねえ、先にスープだけ渡してやってくれ。その間に作ってしまうから」
「ふむ、それもそうだな。ではサラダでも手伝おう」
「指切るなよ?」

 やたらと親切な姉上に軽くつっこんでみる。瞬間、顔を真っ赤にして弓ねえは俺の頭にごちりとゲンコツをぶつけてきた。それからスープの入ったマグカップを3つ、トレイに乗せて居間へと運んでいく。

「分かっておるわ。これセイバー、先にスープを飲んでおれ。熱いから気を付けるのだぞ」
「これはこれは、恐れ入ります」

 ただのインスタントスープだけれども、コーンの良い香りがセイバーのお気に召したようだ。きちんと両手を合わせ、その手で包み込むようにマグカップを持って一口。

「ふむ、ふむふむ」

 何度か頷いて、ふうふうと息を吹きかけながらスープをゆっくりと飲んでいく。その、どこか子供っぽい仕草を視界の端に収めながら俺は出来上がったベーコンエッグを皿に乗せた。1回に2人分しか焼けないから、俺の分は後回し。
 俺の横で弓ねえは、キャベツを慎重に千切りにしている。一度スライサーを使わせてみたら自分の指を削いでしまったので、基本に戻って包丁使用。2・3枚をくるくると巻いて端から切っていけば、わりと綺麗に千切りになるものである。例外は千切りじゃなく安物のシュレッダー以下になる藤ねえだが。キャベツの千切りが5ミリ幅とかあり得ねぇ。

「こ、これで良いか? 士郎よ」
「ん、上出来。後はトマトと、何かある?」
「ブロッコリーならば桜が茹でてくれたものがあるが」
「じゃあそれ、適当に切ってくれ」
「分かった」

 指示をすれば、それなりに姉上もやってくれることはやってくれる。さ、そろそろトーストも焼けたし、冷蔵庫からバターやジャムを出して、コーヒー淹れて。一通りをトレイに乗せて、再び居間へ。さあ、朝ご飯の時間だ。

「セイバー、お待たせ」
「ええ、待ちました。次からはこういうことのないように願いたい」

 だあ、弓ねえ藤ねえが暴君1号2号ならセイバーはV3かっ! ホントに勘弁してくれ。


「買い物、ですか?」
 食後のデザート代わりにミカンをぱくつきながら、セイバーが口を開いた。そう言えば昨夜教会に行く時、セイバーに服を買ってやると弓ねえが言ってたっけな。今のセイバーは昨夜弓ねえと遠坂に着せられた弓ねえの服のままなんだけど、やはり微妙に寸法が違うのが気になるらしい。1カ所だけ微妙、じゃないところがあるけれど、それは口にしないでおく。何だか口にした瞬間一刀両断にされそうで。

「うむ。さすがに下着まで我のモノを流用するつもりはないからな。しばらく我が家に滞在するのであろう、そのくらいは用意せねばなるまいて」

 洋風朝食の後だと言うのに日本茶を味わっている姉上は、セイバーにそう答える。そう、聖杯戦争の間セイバーは家にいるのだから、洋服とかいろいろ準備しなくちゃいけない。何たって、女の子なんだから。

「……そのことなのですが、シロウ。ユミにも知っておいて貰いたいことがあります」

 不意にセイバーが姿勢を正した。ミカンは3個ばかりが既に彼女の腹の中へと消えている。頬に白い筋がついているのはまぁ、愛嬌の範囲内だろうな。

「何だ? セイバー」

 本人の真剣な表情に、俺の背筋もぴんと伸びた。弓ねえにも、とわざわざ断るってことは、よほど重要な用件なのだろうと思う。

「はい。シロウによるわたしの召喚は特殊例です。が、特殊というものはマイナス方向にも存在するものです」

 きちんと正座をしたまま、セイバーは俺をじっと見つめながらそう言った。特殊……まあ、確かに特殊というか何というか。俺はろくな魔術を使えない魔術師見習いで、正規の手段を経ずにセイバーを召喚したわけだからな。

「ふむ。つまり、今のセイバーには問題があるということだな。何だ?」
「はい。具体的には……戦術的に問題になりそうなものが2つあります」

 弓ねえの問い返しに頷いて、胸に手を当てるセイバー。一度目を閉じてから、思い切ったように彼女は顔を上げた。

「まず、わたしは霊体化することができません。これはわたし自身の問題なのですが……故にアーチャーのように、常に姿を消してシロウと共にあることが出来ない」

 1つ目の問題。
 つまり、セイバーはいつでも目に見える姿のまま。遠坂が姿を消したアーチャーをいつも連れているのとは対照的に、例えば俺が学校にいる時はセイバーが俺を守ることは出来ないわけだ。どこにマスターがいるか分からない現状、それは危険だと暗に俺に告げているんだろう。

「しかし、学校は衆人環視の場でもある。放課後遅くまで残っていたりせぬ限り、問題はないのではないか?」
「そうだな。……こういう状況だし、授業が終わったら早めに帰ることにするよ。休むのは最後の手段にしたい」

 弓ねえの意見に、俺も賛成する。敵というものが存在する以上、自陣である我が家に引っ込んでいるのが一番なのだろうけれど、それでは敵にみすみす自分がマスターだと教えてしまうようなもんだ。だから、出来れば普段通りの生活をしていきたい。それに、我が家の姉は弓ねえだけじゃない。藤ねえ・藤村大河はよりにもよって俺の担任教師なんであるからして、理由を付けて休むのも躊躇われる。無論、いざとなったら何とかして言いくるめるつもりではあるけれど……無理かな、俺じゃ。

「そうだな。周囲に怪しまれぬためにも生活を変えることはあるまい。聖杯戦争が始まった途端に学校を休んだら、怪しいと思われても致し方ないぞ」

 弓ねえがさらに補足説明を加えてくれた。この姉、どういう訳か他人の説得って得意なんだよな。傲慢で暴虐なのにどうしてなんだろう? 本当はどこかの王様だったとか、そういう人だったのかな。

「ふむ……確かに。危険ではありますが、敵にみすみす情報を与えることもないですね」

 ほら。セイバー、説得されてる。多分俺だけだったらもっとがしがし押し込まれていたに違いない。ほんと、姉上にはいくら感謝してもし足りないよ。

 ――自分が情けない。
 自分を狙ってくる敵から、自分では身を守れない。
 守ってくれるのはセイバーと、弓ねえ。
 生命を助けてくれたのは遠坂。
 女の子に救われて、俺は生き延びた。
 女の子に守られて、俺は生きている。

「――シロウ? 何をぼうっとしているのですか?」
「え?」

 名前を呼ばれてはっと顔を上げると、2人がこっちを覗き込むように見つめていた。セイバーは仏頂面だけど、弓ねえは珍しく眉がハの字になってる。そっか、考え事して反応できなかったからか。

「まだ体調が優れぬのか? なれば休んでおれ」
「あ、いや大丈夫。何かよく分からないけど、もう吐き気とかも全然無いし」

 ほら、とぐるぐる腕を回してみせる。自分でも不思議なくらい、この身体の回復は早い。今まではそんなこと無かったから、やっぱりセイバーから力を貰っているんだろう。

 ――ああ、やっぱり俺は。
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