Fate/gold knight 6.はいいろのだいち
「シロウはもっとしっかりと自分を持って頂きたい。そんな調子では聖杯戦争を生き抜くことなど不可能です!」

 そんなことを頭の隅で考えていたから、セイバーに怒られた。うん、俺がしっかりしないと。セイバーを倒すより、俺を殺す方が簡単に『セイバーのサーヴァントとそのマスター』を倒すことが出来るのだから。

「ほう、そなたごときの能力では士郎を守り切れぬと申すか?」
「な……っ! ユミ、わたしを侮辱するのならば、例えシロウの姉と言っても容赦はしません!」

 ……あ、弓ねえが腕組んで胸を反らしながらセイバーを挑発している。セイバーはよほど怒ったのか、初めて現れた時のあの鎧を身に纏ってしまっている。って、いいのかそれ?
 かたや、普段着のままながら傲慢な暴君たる金色の姉。でもあの発言って、俺のことを心配してのものなんだよな。ごめん、いつも心配させて。
 ……あー、いやそれより、今やるべきことは2人をなだめることだよな。

「こらセイバー、武装するのはやめてくれ。弓ねえも無意味にセイバーを煽るなよな」
「……」
「…………ふん」

 ぷい、とそっぽを向く2人。うわ、いきなり空気が険悪になってしまった……これは俺が悪いのかな? けどまぁ、それよりここは俺の意見を言っておかないと。といっても弓ねえの意見を肯定するだけだけど。

「ともかく、これまで通りに学校には行く。放課後は寄り道せずまっすぐ帰る。それでいいかな」
「ええ、構いません。念のため、学校ではリンに護衛を依頼した方が確実かと思われますが」

 よかった。セイバーはふて腐れたままだけど、頷いてくれた。……そうか、アーチャーを付けている遠坂に頼むって手があったか。

 ――また、俺は女の子に守られる。貧弱な、1人では何も出来ない、『正義の味方』。

 情けない。けれど、それが最善の策だと分かっていたから俺は自分の感情を顔には出さずに頷いた。

「分かった。成り行きとはいえ協力することになったわけだし、頼んでみるよ」
「それが良い。……よし、帰宅時は我らが迎えに行こう」

 弓ねえもやっとこちらを向いてくれた。そして、いきなりの発言。
 ……えーと、それはつまり。

「学校までセイバーと一緒に来るってことか?」
「そう申しておる。夕食の買い物ついでという名目があるからな、問題は無かろう? そもそも我が家の食事担当はそなたと決まっておる」

 えっへん、と胸を張る姉上。相変わらず理論武装は得意だな、ちくしょう。
 この家で料理を作れるのは、通ってきてくれる桜を除くと俺だけだ。言峰を後見人に付けている遠坂は、つまり1人暮らしとかなんだろうから多分料理は作れるのだろうけれど。

「……そうだな。遠坂がうちに来てくれるのなら、あいつにも好みとか聞いてみたいし」
「そういうことだ。ふむ、凛も料理が出来るのならば夕食のメニューが増えそうだな」

 実に楽しみだ、とにんまり微笑む弓ねえ。この姉も虎の姉も、自分じゃ作れないくせに味にはうるさいんだよな。ま、そのせいで俺の料理の腕が上がったってことは抜群に秘密なんだけど。だって、本当に美味しいものを食べた時の弓ねえと藤ねえの幸せそうな顔は、見ていて俺も幸せになるから。

「では、この問題はこれで解決、とします。では続いて2つ目の問題を聞いて頂きたい」

 ぽん、とセイバーが手を打った。そう言えばセイバー、具体的には2つ問題があるって言ってたな。もう1つがどんなものなのか聞いて、解決方法を考えないといけない。

「では2つ目です。その……わたしとシロウの間にはラインは辛うじて繋がっていますが、本来シロウからわたしに対して行われるはずの魔力供給がされていません」

 彼女の口から出てきた問題点に、俺と弓ねえは揃って目を点にしてしまった。
 俺とセイバーは、要するに魔術師と使い魔という関係。使い魔っていうものは、魔術師から魔力供給を受けることで現実の世界に存在し、生きるものだ。それがない、と、セイバーは言う。

「眠ることで多少ですが魔力の回復は可能です。そう言うわけですので、必要時以外は出来るだけ休息を取ることを許して頂きたい。サーヴァントとして、マスターの護衛を出来ぬというのは情けない限りですが……」
「いや、それはちゃんと召喚してやれなかった俺が悪いんだ。セイバーが謝ることじゃない」

 セイバーはぺこりと頭を下げる。……何でセイバーが頭を下げなくちゃならないのか。頭を下げるべきは、セイバーが苦労する原因を作ったこの俺なのに。

「……それから、食事も僅かですが魔力回復の助けとなります。故にその……」
「ああ、分かった。なるべくたくさん作るから、いっぱい食べてくれ。舌に合うか分からないけど」
「いえ。先ほどの朝食はシンプルながらとても美味でした。これからも期待しています」

 俺の返事にセイバーはにこ、と笑ってくれた。そうか、期待されているのなら頑張って作らないといけないな。こうやって俺は家事技能をどんどん上げていくんだ、きっと。


 で。
 2つの問題が一応解決を見た後、俺とセイバー、そして弓ねえは3人で新都へと繰り出した。そう、セイバーが家にいる間に使うもの――主に衣服とか下着とかを買い出しに、である。
 それと、セイバーに『今の冬木市』を見せるため。セイバーは10年前の聖杯戦争でこの土地に召喚された。だから、当時の冬木市しか知らない……つまりあの大火災と、その後で再開発された新都に関しては全くといって良いほど知らないと思う。だから、その中を歩くことで今の冬木市を知って欲しかったんだ。

 駅前にあるデパート『ベェルデ』に3人連れ立って入った。ここには、弓ねえと一緒によく来る。弓ねえが俺に服を買ってくれたりするんだよな。俺は動きやすければいいんだけど、姉上は俺に少しでも見目の良いものを着せたがっているらしい。……おかげで、弓ねえがいくつか買ってくれた服は割とタンスの肥やしになってしまっている。着ているところを見せないと弓ねえと、弓ねえから話を聞いている藤ねえが機嫌悪くなるからたまには出して着ているけれど。

「どうだ、この辺りなどは。そなたには清楚な衣装が似合うと思うがな」
「む……しかし、これは戦闘の時に邪魔になります」
「戦闘時なぞ気に掛ける必要はない。どうせそなた、敵の殺気を察知した瞬間に武装するであろうが。くれぐれも我が買うてやった服を破るでないぞ?」
「は、はい……ま、まあ、そう……ですが……」

 あー。セイバー、弓ねえには敵いそうもないな。
 しかし弓ねえ、俺と買い物に来る時よりも楽しそうだ。ま、そりゃそうか。男の服探すより女の子の服チェックする方が弓ねえだって楽しいに決まってるよな。うん、あまり楽しくなくてごめん。

「士郎よ。こちらとこちら、どちらがそなたの好みだ?」

 と、いきなり弓ねえに名前を呼ばれた。そっちに視線を向けると、姉上は両手に1組ずつ洋服を持って、俺に見えるように掲げていた。って、俺に選べってことかよ!?

「何で俺に聞くんだよ。俺にファッションセンスが無いことぐらい、弓ねえ知ってるだろ」
「我が尋ねておるのではない。セイバーがそなたの気に入るものを身につけたいと言うておるのだ」
「はい。シロウの側にいるためには服装もシロウが好みのモノを纏った方が良い、とユミが言いました。わたしもその意見には賛成です」

 やっぱり弓ねえのせいじゃないか。全くこの傍若無人馬鹿姉貴。
 ……とは思いつつ、俺の好みに合わせてくれるっていうのは男として素直に嬉しい。ので、弓ねえが両手に持っている洋服をそれぞれ見比べる。
 右手が持っているのは、ブラウン系のキャミソールとミニスカート……姉上、それは今着るような服じゃない。というか、何で売ってるんだそんな季節外れのもん。上にごつい上着羽織れってか?
 左手が持っているのは、白に水色がアクセントとして入っているワンピース。これもどっちかっつーと今の季節じゃないよなあ。でもまぁ、こっちはジャケットをうまく合わせれば何とかなるか。

「……」
「悩むであろう? ふっふっふ、姉は弟の趣味など完璧にお見通しであるからな」

 えらそーに胸を張る姉上。うん、確かに俺は原色系よりはこういう自然界にありそうな色の方が好きだな。って、まさかそれだけで季節外れな服を選んだ訳じゃないだろうな!?

「……弓ねえ。今は2月で真冬だっての、分かってるか?」
「うむ、そのようなものは先刻承知だ」
「じゃあ何でどう見ても夏服ばっかり選んでるのか、そのわけを聞かせて貰いたいんだけどな?」
「え……………………あ」
「どうしました、ユミ?」

 不思議そうに尋ねてくるセイバーの視線が、さぞかし痛いだろうよ姉上? そういうしょうもないミスは、あまりしないで欲しいな。
 ――もっとも、そういううっかりがあるからこその弓ねえなんだよな。ああへこんでるへこんでる、たまにこっちが向こうをやりこめられるっていうのは楽しい。後がとんでもなく怖いけど。

 結局別の……カラーリングはさっき選んだ夏服とあまり変わらない冬服を数着購入した。その後は何故か俺の服選びに突入。俺はいいって遠慮したんだけど、弓ねえの喝に折れるしかなかった。いや無理矢理折れさせられた、ってのが正解か。曰く。

「この大たわけ! 我の弟として、我らに同行するにおいて貧相な衣服を着用するなどとは言語道断! 常日頃より口を酸っぱくして言うておったはずだが、今日という今日は実力行使してくれるわ!」

 ……まぁそう言うわけで、姉上に腕を取られてずーるずーると引きずって行かれた。その割に、今回買ってくれた服は珍しくシンプルで動きやすくて、俺の好みにぴったり合ったものばかり。何だかんだ言いつつ、俺の趣味を一番よく分かっているのは弓ねえだったと今更ながらに理解する……ありがとう、姉上。
 ……ありがとうと言えば、その資金力もそうだ。弓ねえの金運を呼ぶ黄色い財布からぽんぽんと福沢先生が飛び出していく様子は、いつもながら豪快だ。ほんとにどうやったらあれだけの金運が降りかかってくるのか。親父が死んでからこっち、その金運に俺は養われているわけだけど
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