Fate/gold knight 6.はいいろのだいち
 服の買い物が終わった後は、デパートの最上階にあるレストランでみんなで食事。これまた姉上の奢り。そして飛び交う諭吉先生……これは主に、セイバーの食事量が洒落にならないくらい凄かったせいである。多分俺たちの5倍は食ったであろう。
 そう、『俺たち』。つまり俺と弓ねえの食った分の5倍……まぁざっと10人前ということになる。
 何しろ姉上の選んだレストランであるからして、価格3桁なんてものは単品のノンアルコールドリンクくらいでは無かろうか。安そうなカレーライスだってあっさり4桁の数字をメニューに表示している。
 俺と弓ねえはランチのコースを頼んだんだけど……これだって、2人分の料金で普段の何日分なんだか。この対策として、緊縮財政対策を行うかどうかはちょっと分からない。姉上の財布の中身次第である。
 そして、その5倍の量を実に楽しそうに平らげたセイバー。楽しそう……っていうのは俺の見た限りで、だけど。1つ1つの料理を味わうように、それでいて凄い速度で食べ尽くしていくその様は、もう1人の暴君降臨という感じで。
 ――我が家の財政は、主に弓ねえのあふれんばかりの金運で成り立っております。だけどセイバーの分までカバーしきれるんだろうか。あーめまいがする。

 で、駅前のコインロッカーに荷物を放り込んだ後ウィンドウショッピングをしつつ新都のあちこちを回る。10年前にこの地に来ているとはいえ、その後に再開発された新都の街並みをセイバーは知らない。だから、あちこちの俺たちが見慣れた店や通りも興味深げに見て回る。……それはもちろん、戦場となる可能性のある地を視察しているのだけれど。

「ユミ、これは何という犬ですか? なかなかに愛らしい」
「何だ? ……パグだな。まぁ、確かに愛嬌のある顔だが。そなたは犬が好きなのか?」
「嫌いではありませんが、どちらかと言えば猫の方が好きですね。本当は獅子がお気に入りなのですが、この店にはいないようで」
「ライオンは売ってないから。動物園に行けば見られるけどな」

 それで、何で俺たちはペットショップを見ているのさ? 視察でも何でもなくって、本気でただのウィンドウショッピングになってしまってるよ。
 だけど、おかげで良いものを見られたような気がする。

「ほらほら、わたしの指はこちらですよ? 獅子の流れにあるもの、獲物を捕らえる訓練は欠かしてはなりません」

 セイバーはケージの中にいる子猫に手を示し、ひらひらと閃かせる。子猫が楽しそうにじゃれるのを、こちらも楽しそうに眺めている。そんなセイバーの姿は、昨夜のぴりぴりとした彼女からはまるでかけ離れていて。
 ――セイバーもやっぱり女の子だなぁ、なんて思ってしまった。


 そうして、新都巡り最後の地にやってきた。
 冬木中央公園。
 入口付近はそうでもないが、奥へ行くとその様相は一変する。
 公園とは名ばかりの、色のない死んだ空間。
 誰も来ない、人が近寄りがたいその場所。
 10年前の聖杯戦争の最後の炎が500と数十人の生命を飲み込んだ。その跡地。
 俺が生命と記憶以外の、弓ねえが生命以外の全てを失った、いわば俺たちの始まりの場所。

「……ここは……」
 セイバーも、生気というものがまるで感じられないこの地の異状にははっきり気づいたのだろう。ごくりと息を飲み、目を見開いて立ちすくんでいる。

「生気が微塵も無かろう? 10年前、炎が全てを焼き尽くしたその中心部だ。既に忌み地と化しておる」

 さくり、と足を一歩踏み出して、弓ねえがこちらを振り返った。乾いても湿ってもいない奇妙な感覚の風が、彼女の豊かな金髪を乱す。あたりは天気が良いはずなのに色が無くて、ただ灰色の空間が広がっているように俺には思えた。

「セイバーよ。ここが先の聖杯戦争、その終焉地だな?」

 身体ごとこちらを向いた姉の、炎のように赤い目がセイバーをまっすぐ見つめる。そうして彼女が問うたその言葉を、セイバーは一瞬の躊躇の後に頷くことで答えた。

「――はい。わたしは、最後に残った敵サーヴァントであるあなたとこの地で戦いました。互いにマスターは別行動を取っており、2人の戦いに何ら邪魔は入りませんでした」

 その時も、セイバーと弓ねえはこんな風にお互いをじっと見つめ合っていたんだろうか。少しの距離を置いて、2人は真正面から睨み合っているように俺には見える。その頃、俺はまだ小さくて、何も知らずに平凡だけど平和な生活を送っていて。

「ふむ、我らが最後の2人であったのだな。それは何よりだ……で、どちらが勝ったのだったかな」

 さらりと髪を掻き上げ、どこか楽しそうに問いかける弓ねえ。
 金色の姉は、何も覚えていない。この土地で何があったのか、自分はどうやってセイバーと戦ったのか。それでもそれを表に出そうとせず、あくまでちょっと忘れてしまった風にさらりと問いかける。その笑みは、色のない空間にあってとても華やかな花のように俺には思えた。
 対峙するセイバーは、にこりと微笑むこともなくじっと弓ねえを見つめている。彼女はここで、弓ねえと戦った時のことをゆっくりと思い出していたのだろう、何度か小さく頷くと口を開いた。風が一瞬吹き抜け、2人の金の髪がそれに弄ばれるように揺れる。

「勝利したのはわたしです。ですが……これほどの災いをもたらす炎には、わたしは心当たりがありません」

 一際強く風が吹いた。きりっと後頭部でまとめられているセイバーの髪は僅かに、豊かに広げられた弓ねえの髪は舞うように踊り、灰色の風景の中で圧倒的な存在感を見せている。

「心当たりがない、とな?」
「はい。そもそもわたしも貴方も、破壊力こそ圧倒的であれ炎を放つような宝具は持っていませんし、使っていませんでした。故に、これほどの広範囲を焼き払うことは不可能です」

 ……そうなのか。
 思えばセイバーはあくまで剣を使う騎士。弓ねえはアーチャー、だから弓を使う騎士。炎の剣なんていうのは神話や伝説でよく聞く話だし、火のついた矢を放つってやり方も知っている。けれど炎を使う戦いというのは、普通は多数を相手にする時に使う戦法だろう。それに――聖杯戦争は魔術師でない人間に知られてはならない、『こちら側』の戦争なのだ。わざわざ火を放ち、その存在を世間に知らしめるようなことはしないだろう。これが俺の楽観的な考えだ、と言われたらそれまでだけど。

「ふむ。まぁ、確かに一騎打ちということなれば、炎なぞ使うまでもなかろう。互いの武器を合わせ、技量と気力をもって力の優越を決めるべきだ」

 弓ねえもセイバーの言葉に納得したのか、うんうんと何度も頷く。俺は第三者としての考え方だけど、姉は記憶こそ無いものの一方の当事者としての考え方。確かに姉上、搦め手が得意ってわけじゃないしな。セイバーもそうみたいだし。

「……まあよい。ここは長居して良い空間ではない、疾く離れようぞ。そら、士郎が青い顔になっておる」

 ぽんと弓ねえに肩を叩かれて、はっと顔を上げた。目の前にはじっと俺を覗き込む姉の顔と、その背後から同じように覗き込んでくるセイバーの顔が並んでいる。

「………………あ、なに? 弓ねえ、セイバー」
「何、ではないわ。そなた、顔から血の気がすっかり引いておる。気分が悪いのならばきちんと報告せよ、我らはそなたを守るためにいるのだぞ」
「そうです、シロウ。わたしはあなたのサーヴァントとして、ユミはあなたの姉として、シロウを守る義務があります。何か不都合があるのでしたら、はっきり口に出して貰わねば困ります」

 女の子2人に詰め寄られて責められる。これが恋の鞘当てとか何とかって色気のある話なら少しは嬉しいんだけども。
 だけど、俺特に気分が悪いなんてことないぞ?

「俺、そんなに顔青いか?」

 問い返しながら自分の頬を撫でる。いや、触ったところで顔色の変化なんて分からないんだけど。特に気分が悪いわけでもないし、自分自身としては特に体調の変化は認められない。……だから、少し頭がくらくらするのだって気のせいだ。
 あ、足元がふらついた。何でだろ。

「シロウ!」

 セイバーの声が耳元で聞こえた。ああ、俺を支えてくれたんだ。……情けないなぁ、俺。また女の子に支えられているよ。自分が彼女たちを支えなくちゃいけないのに。

「ほれ見よ! まったく……入口まで戻るぞ、あそこならばまだましだ」

 弓ねえの声は少し遠くから聞こえた。はい、と返事して、セイバーは俺の身体を抱え込むようにして歩き始める。俺も、ゆっくりと足を進めた。大丈夫、もうふらついたりしないと思ったから、俺は自分の身体を支えてくれているセイバーの手を軽くタップした。

「……セイバー、もういい。俺、大丈夫だから……」
「いえ、いけません。シロウはしばらく休んだ方がいい」

 あっさり却下。そうか、俺はそんなに調子が悪く見えるのか。……こんなことで口論になってしまったら、また調子が崩れるかもしれないな。たまには素直に甘えさせて貰おうか。今日だけ……今日だけ。

「……わかった。入口んとこにベンチがあるから、そこで少し休ませて貰うよ」

 だからそう答えたら、セイバーは何故だかほっと溜息をついて嬉しそうに微笑んだ。……視界の端を弓ねえの拗ね顔がよぎったのは、気のせいということにしておこう。うん。
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