Fate/gold knight 6.はいいろのだいち
 奥まで行くと全く人のいない不思議な公園も、入口付近だと犬を散歩させている人とか遊ぶ子供たちの姿がちらほら見られる。面積あたりに換算するとそれでも過疎ってる感じだけど、ひとがいるって言うのはやはり辺りの空気を変えてしまうようだ。

「……ふう」

 ベンチに座ると、自然に溜息が出た。ああなんだ、俺やっぱり調子がおかしかったんだと気がついて、背もたれに身体を預ける。セイバーは俺の隣に座り、こちらの様子をうかがってくる。

「ふむ、自動販売機があるな。何ぞ飲み物でも調達してくるが、何が良い?」

 1人立ちっぱなしの弓ねえが、少し離れたところにある箱形の機械を見つけてこちらを振り返った。手にはいつもの財布が握られている。……そうだな、何か飲んで気を落ち着かせよう。

「緑茶。ホットで」
「わたしはよく分かりませんから、シロウと同じものをお願いします」
「承知した。しばし待っておれ……セイバー、士郎を頼むぞ」

 俺たちの答えを聞いて、満足げに頷いた姉上は小走りに遠ざかっていった。残された俺たちは、何となくぼんやりと周囲を見回している。日は傾き始め、少し肌寒い空気がぼやけた頭を冷ますように風となって吹き抜けていく。今日は日曜日だから、デート中のカップルもちらほらと公園内をうろついてる。

「……俺たちも、デート中に見えたりするのかな」
「は?」

 ぼそりと呟いた独り言をセイバーに聞きとがめられ、慌てて手を振って何でもないと答えた。そうだよな、俺とセイバーじゃそんな風には見えないよな。弓ねえも一緒にいることだし。

「まあいいですが……シロウ、伝えておきたいことがあります」

 不意に、ほんの少しセイバーが姿勢を変えた。身体をこちらに向かせ、俺と顔を見合わせるように座り直して、彼女はそう言ってくる。

「え、何?」
「ユミのことです。彼女には内密に願います」

 真剣にそう言うセイバーの視線に押されるように、俺は思わず頷いていた。彼女がわざわざ弓ねえの姿のないところで彼女の話を振ってくるからには、それ相応の内容なんだろう。きっと、今の弓ねえには聞かれたくない。

「ああ、分かった」
「ありがとうございます」

 俺がもう一度頷くと、セイバーは微かに頭を下げてからいつもの、まっすぐで鋭い瞳を俺に向けてきた。あの灰色の風景の中で、弓ねえに見せた同じ瞳を。

「……彼女、即ち前回のアーチャーですが、紛れもなく最強といっていいサーヴァントでした。多くの武器を巧みに操り、わたしを苦しめた……そして、彼女は周囲には全く気を払いませんでした。人のいない場所で戦っていなければ、一般人にも被害は出ていたはずです」

 ――え?

「わたしが……いえ、わたしのマスターが戦場を人のいない場所に選んだのは、わたしの宝具の威力が高過ぎて周辺への被害が甚大となることを憂慮してのことだったのですが、それが幸いした。敵の宝具から一般市民を守るということにもなったからです」

 セイバーは今、何て言った?

「……つまり……本来の弓ねえは、敵さえ倒せるなら周りがどうなっても構わない、って?」
「はい。少なくとも、わたしが戦った彼女はそうでした」

 ――信じられない。
 俺の知っている『衛宮弓美』は、傲慢で横暴で。
 だけど、他の誰かに迷惑を掛けて平気なひとじゃない。
 俺に対して一方的な命令を押しつけてくる時だってあるけれど、後々ちゃんとフォローしてくれるのが弓ねえだ。そんな姉でなきゃ、俺だってとうの昔に堪忍袋の緒が切れている。そこまで俺は気が長くない。

「ですから、その……もしユミが過去を取り戻した場合、その当時の性格に戻る可能性がないとは言い切れない。シロウの姉という事実を放棄し、10年前に逸した勝利のために全てを巻き込む宝具を放つこともあり得ます」
「………………うそだ」

 唾液が出なくなって渇いた喉で、訥々と言葉を綴るセイバーに反論する。

「弓ねえは、そんなんじゃない」

 本当は嘘じゃないかも知れない、って分かっているけれど。

「ですが、シロウ……」

 10年前、記憶を失う前の『本来の』弓ねえと戦ったセイバーの意見が正しいのかも知れないけれど。

「弓ねえは、無関係の奴は、誰も巻き込まない」

 それでも、俺は『今の』弓ねえを信じたい。10年前から姉として俺を見守ってくれた彼女を。
 だから、俺はぐちゃぐちゃになりかけていた頭を無理矢理正常に引き戻した。混乱したままじゃ、セイバーを納得させる言葉なんて出てきやしないから。

「シロウ」
「分かってる。俺が知ってる弓ねえは、俺や親父と一緒に生きてきた弓ねえなんだ。セイバーの知ってる『アーチャー』じゃない」

 そして、俺ははっきりと思ったことを口にした。言葉にして言わなくちゃ、人には伝わらないんだから。

「だけど、俺は弓ねえを信じる。俺の姉貴は、そんなことしない」
「……分かりました」

 少し考え込む表情になって、それからセイバーは頷いてくれた。どこか不満げな表情ではあったけれど、それでも俺の意見を聞き入れてくれたのは素直に嬉しい。

「シロウがそう言うのであれば、わたしもユミを信じましょう。マスターの姉であるエミヤユミを」
「ありがとう、セイバー」

 だから、素直に礼を言った。いえ、と軽く頭を振りながら答えたセイバーの表情は、もう普通の柔らかな女の子の顔だった。


「戻ったぞ」

 ぽん、と頬に缶が当てられた。はっと顔を上げると、片手にもう2本同じ缶を抱え込んだ弓ねえの怪訝そうな顔が視界に入る。慌てて緑茶の缶を受け取ると、弓ねえはもう1本をセイバーに渡して自分の分のプルタブを引き開けた。

「士郎、セイバー。深刻な顔をしておるが、何の話をしておったのだ?」

 こくりと一口。それから問われた言葉に、俺はどきっとした。何だか姉に隠し事をしているのが申し訳なくて、情けなくて。

「ええ、少し今後の話をしておりました。差し当たっては夕食を期待しています、と」

 一方セイバーは平然としたものだ。さらりと嘘を言ってのけ……いや、嘘じゃないか。確かに俺たちがしていた会話は今後の話、だったもんな。で、後半は本音か。

「そう言えばそうだな。茶を飲み終わり次第、マウント深山に食材調達に参るぞ」

 セイバーの言葉に納得したのか、弓ねえは大きく頷いてこくこくと茶を飲む。俺たちもそれぞれ受け取った茶を飲み始めた。ああ、ほどよい温度の緑茶は身体の奥から温まるな。

「……荷物、駅前に置いたままだよな。あそこからまたバスで戻るのか?」

 コインロッカーに詰め込んだものを思い出しながら、姉上に問う。別にバスを使うのは問題ないんだけど、結構大荷物なんだよな。中身はだいたい服だから、さほど重くはないけど。でも、そこに食料が加わると結構大変なことになるのは目に見えている。

「ワゴンタクシーでも調達すれば良い。任せおけ」

 茶を飲み干してしまった弓ねえはふふんと胸を張り、ハンドバッグから携帯電話を取り出そうとして……あれ、何ごそごそしてるんだ? こらこら中身をぽんぽん放り出すんじゃない、つーか化粧品だのハンカチだのティッシュだの財布だの、あの小さい鞄の中にどれだけのものが入っているのやら。

「どうしました? ユミ」

 こくこくとお行儀良く両手で持った缶のお茶を飲みながら、セイバーが不思議そうに尋ねた。鞄の中身をすっかりぶちまけて、真っ青な顔をした弓ねえが呆然とした顔で答える。

「……携帯無くした……」

 またか。
 この姉、よくこういうことがあるのだ。で、そんな時、大体在処は同じところと相場が決まっている。ので、俺の役割はその場所の指摘。

「ズボンの後ろポケット」
「へ? ……あ、あった」

 ほらな。携帯をしょっちゅうなくすのに、必ずそこから出てくるのもある意味弓ねえの持つスキルなんだろうか。ほら幸運Aランクとか、そういう感じの。……俺、ゲームってあまりやらないんだけどなぁ。

「……すまん」

 ああ、姉上凹んでしまった。まったく、これだから弓ねえは放っておけないっていうか。

「いいって。それよりタクシー、ここで呼ぶのか? 荷物は駅前だって、俺さっき言ったよな?」
「………………あ゛」

 うん。
 絶対、弓ねえがセイバーの言うような『アーチャー』に戻ることなんてないんだから。
 俺は、そう信じてる。
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