Fate/gold knight 7.あおいよる
「……とはいっても、まずは教える生徒の実力を知らなくちゃ話にはならないのよね。士郎、使えるのは強化だけだったわよね?」
「おう。解析も使えるけど、それじゃ戦力にはならないだろ」

 昨夜、ガラスの修復を俺が出来ないって言った後。遠坂は俺に、じゃあ何の魔術を使えるのかと問うた。それに対する俺の答えは『強化くらいしか使えない。成功率は低い』だった。正確に言えば投影の方が簡単なんだけど、あれは使い勝手が悪いから使わない方がいいって生前の親父に言われてるからなぁ。だから、まともに使えるのは強化くらいってことになる。『まともに』といっても、大して成功しないんだけど。ランサーに襲われた時に一発で成功したのが不思議なくらいだ。

「そう。で、成功率低いって言ってたわよね。どんなもんかしら?」
「……正直言うと、1桁パーセント」
「は?」

 素直に答えると、遠坂は口をぽかーんと開けっ放しにした。いや、確かにへっぽこだけど、そうまで呆れることないじゃないか。ちくしょう、自覚はしてるんだよ。

「……何でそんなに低いのよ。魔術の修行始めてどれくらい?」
「親父に引き取られて2年たってから。だから8年になるかな」
「8年? ……ほんとに才能ないのね、アンタ」
「ぐっ」

 ずばずば言ってくれてありがとうよ、遠坂。おかげで自分のへっぽこさを再確認できたぜ。投影だって、中身のないがらくたしか作れないし。

「……でも、成功率が低いとは言え強化魔術を使うことはできるわけね。それもほぼ独学で」

 ふっと遠坂が真剣なまなざしになる。口元に手を当てて、何事かを考え込んでいるようだ。……俺の問題について、だよな。1人でやっていると分からない問題も、誰かに聞けば分かるかもしれない。うん、遠坂に来てもらってよかった。

「そうすると……うん、一度目の前で実演してもらうのが一番分かりやすいか」

 しばらく考えてから頷いて、遠坂は棚の中から小さなランプを1つ取り出してきた。それを目の前にぽんと置いて、彼女は椅子にどっかりと座る。

「はい。じゃあ士郎、これ強化してみて」
「え? あ、でも壊すかもしれないぞ?」
「いいわよそんなの、一杯あるから。さ、やりなさい」

 俺の心配は、きっぱりと一言で返された。まあ、やれって言うのならやるしかないか。それに、俺の魔術行使の欠点を見つけてくれればこれから先、物を破壊する確率は減るはずだし。

「……じゃあ。同調、開始」
「!?」

 いつものように魔術回路を作り始めた途端、遠坂の顔色がざっと青ざめるのが分かった。けれど、そっちに気を取られていたら失敗するのは目に見えていたから、俺は構わずに魔術回路を作り上げた。それを背中に通す……これもいつものことだけれど、やはりきつい。

「……基本骨子、解明」

 魔術回路を通し終えた。次は……ランプの強化だから、まずはその構造を見極める。学校で機材の故障箇所を発見するのと同じ要領だ。これだけなら、回路がなくてもできるんだけどな。

「……く。構成材質、解明」

 よし。大体構造は分かったから、続いて材質の解析に入る。作っている素材とその構造が分かれば、どこに魔力を流し込めばそのものを強化できるかが分かる。

「構成材質……補強っ……」

 材質解析まで終了。後は、魔力を通せる部分に俺の魔力を流し込んでその構造を強化するだけなんだけど……うわ、止まらない!

「士郎っ!」

 パリン!
 遠坂が俺の名を呼ぶと同時に、俺が手に持っていたランプが音を立てて割れた。やっぱり失敗か……魔力を流し込み過ぎたせいで、ランプの魔術的構造がパンクしてしまったんだ。

「……やっちまった」

 というわけで、俺と遠坂の目の前には、俺のミスで弾けて壊れたランプの残骸が散らばっていた。こりゃ見事に燃えないゴミだ。ガラスが砕けてるから、ホウキとちり取りと粘着テープで片付けないと危ないな。

「悪い、遠坂」
「……」
「いっぱいあるって言ってたけど、やっぱりちゃんと弁償するから」
「……」
「ちゃんと投影して返せりゃ良かったんだけど、俺じゃあ歪んだ物しかできないから……ほんとごめん」

 遠坂のものを壊したのは事実だから、頭を下げて謝る。けど、遠坂は砕けたランプの破片をじーっと睨み付けて動かない。えーと……俺、何かおかしいのかな? いや、魔術行使始めた時の顔色の変化から見て、俺の魔術の使い方がどこかおかしいってのは間違いないんだけど。

「……とりあえず、基礎の基礎から叩き込まなきゃいけないっていうのはよーっく分かった」

 地の底から響くような遠坂の声。何か妙に殺気立っているのは気のせいじゃなさそうだな。ああ、やっぱり俺、変な魔術行使の仕方してたんだなぁ。ああよかった、ちゃんと見て貰って……なんて思ってると、がばっと顔を上げた遠坂がびしすと人差し指を俺に突きつけてきた。うわ、眉間にしわ寄せて怒ってるよ。綺麗な顔が台無しだろ、そういうしわって取れなくなるんだぞ。

「あのね。何で一々魔術回路を作るのよ? ふつーは一度できた回路のスイッチをオンオフするだけでいいんだから」
「え、そうなのか?」

 それは初耳だ。というか親父、そういうこと何も言ってくれなかったぞ。

「そうなのか、じゃない! ……魔術の修行8年やってるって言ってたけど、まさか毎日毎日今のやってた訳じゃないでしょうね?」
「やってたけど。ほぼ毎日」
「あほか――――――っ!!」

 どかーん!
 ……そんなところまで姉上と一緒じゃなくったっていいだろう、遠坂凛。ああ、うちに弓ねえがもう1人増えた。金の弓ねえと、赤の弓ねえ。通常の3倍が2人って、考えるだに恐ろしい。

「それ、どう考えても気の長い自殺よっ! ……あんた死ぬ気?」
「そんなわけないだろ。大体、そういうこと誰にも教わらなかったし」

 俺が修行を始めた頃には、親父はあっちこっちを飛び回っててめったに家には帰らなかった。そのうち家にいる時間が増えたけど、その頃にはもう衰弱が進行していて、修行を見てもらうどころじゃなくなっていた。だから、親父は俺に問題があったとしても多分、気づいていなかっただろう。
 同居人はもう1人、弓ねえがいる。だけど最初は姉にも内緒の修行だったし、そもそも彼女は俺と一緒で魔術の知識はあんまりなかった。だから、問題がどこに存在するのかも分からなかった。

「ああもう、しょうがないわね。えーと……」

 それを遠坂に言うと、彼女は呆れ顔で肩をすくめた。それから、机の上の引き出しを何やらゴソゴソ探り始め……ややあって、小さなドロップみたいな石を取り出してきた。

「はい、これ飲みなさい。問題解決の特効薬よ」
「特効薬? そんなのあるんだ」

 手渡されたそれを、何の疑いもなく口に放り込む。ドロップじゃなくて石だから、なめ回したところで溶けないし味もあったもんじゃない。ごくりと飲み込み、それを胃の中に送り込んだ。
 僅かに間を置いて、それは来た。

「――っ!」

 腹の中から、急に全身に熱が伝わった。頭がくらくらして、うまくバランスが取れない。床に座っていなけりゃ、今頃ぶざまにひっくり返っていただろう……いや、今にも倒れそうなんだけどな。

「大丈夫? その状態、明日までは続くと思うから」
「――あ、ん、なんと、か」

 遠坂の声がどこか遠くから聞こえてくるみたいに響く。風邪のせいで熱が出て足元がふらふらふわふわしてる、って感覚だ。まあ何とか慣れたし、姿勢を立て直してゆっくりと魔術の師匠を見上げた。

「……今ね、士郎の体内の魔術回路を強制的に活性化させてる状態なの。その状態を身体に覚えさせたら、身体は自分を守るためにスイッチを作り上げるから。そうしたら後は、そのスイッチのオンオフを切り替えるだけでいいわ……さっきみたいな無茶をしなくても、魔術行使が可能になる」

 なるほど。遠坂の説明に得心がいった。今の高熱状態は魔術回路が頑張ってるせいだから、度が過ぎないように肉体が回路の動作を止めるためのスイッチを作る。出来たスイッチは魔術回路の動作を止めるだけでなく、動かすためにも使われる、と。
PREV BACK NEXT