Fate/gold knight 8.やまぶきいろのあさぼらけ
 むかしむかし。
 あるところに、おうさまがおさめるくにがありました。
 おうさまは、じぶんのくにをおさめることをうんめいづけられており、おうさまじしんもそのうんめいをうけいれていました。
 けれど、おうさまにはたりないものがありました。

 ぎんいろのおうさまは、さいごまでそのたりないものをてにいれられませんでした。
 きんいろのおうさまは、それをてにいれたけれどなくしてしまいました。

 ぎんいろのおうさまは、なにがたりないかがわかりませんでした。
 きんいろのおうさまは、なくしたものをこいしがってなきました。

 ぎんいろのおうさまは、はげしいたたかいのすえにきのねもとによこたわりました。
 ああ、もういちどやりなおせたら。
 もしそれができたら、わたしのくにはこんなにきずつかなかったかもしれないのに。
 そうおもいながらねむりについたぎんいろのおうさまのくには、やがてきえてなくなりました。

 きんいろのおうさまは、くにをきちんとおさめたすえにねむりにつきました。
 ああ、わたしはちゃんとおうさまをやれたけれど。
 なくしたものがそばにあってくれたなら、こんなにさびしくなかったのに。
 そうかんがえながらゆっくりとめをとじたきんいろのおうさまのくには、やがてきえてなくなりました。

 それでも。
 ぎんいろのおうさまも、きんいろのおうさまも。
 ものがたりのなかに、そのなまえをのこしました。
 けれど、ものがたりをかいたひとは、ふたりのおうさまがどんなことをかんがえていたのか、おもっていたのか、しらないままにかきました。
 だから、ふたりのおうさまのおもいをしるものは、だれもいないのです。

 ――それは、とおいとおいむかしのおはなし。


 ふっとまぶたを開くと、まだ暗い天井が視界に映った。障子の間から、微かに夜明け前の光がうっすらと差し込んでくるのが見える。

「――夢?」

 たった今見たはずの光景を、ぼんやりと頭の中に再現する。
 それは、2つの光景。
 1つはセイバー。剣を携え、多くの軍を率いて、国を守るために戦う『少女であることを隠した王』。自分を隠したその姿は、自分の使命のために周囲から孤立することを選んだようにも見えた。
 1つは……思い出せない。だけど、『彼女』が周囲から恐れられていたことだけははっきりと分かる。それはきっと、『少女であることなど関係ない、恐るべき王』。心を閉ざし、誰にも理解されないのが当たり前だと、彼女は思っていたように見えた。

「あー、訳わかんね」

 セイバーの夢は、彼女との契約が影響したものだと思う。だけどもう1人の方には全く心当たりがないし、第一何でそんな夢を見たんだろうか。マジで訳が分からない。

「……5時半、そろそろ起きるか」

 分からないことを考えるのはとりあえずやめにして、俺は枕元の目覚まし時計に手を伸ばした。時間を確認し、よっと勢いをつけて起き上がる。

「ん、落ち着いたみたいだな。俺の身体」

 額に手を当ててみたけれど、特に熱はないようだ。あの発熱は寝ている間に収まったみたいだ。その後遺症なのか何となく全身がぎくしゃくしてるのが気になって、腕や足を曲げ伸ばししてみる。うん、少し関節がきしむけど、それ以外は逆に軽い感じがするな。

「これって、魔術回路の影響なのかな?」

 昨夜、遠坂に飲まされた宝石の効果によって開かれた、俺の魔術回路。目を閉じて意識を集中してみると、スイッチのようなものがあるのが分かる。目に見えるわけではないけれど、俺のスイッチは銃の撃鉄のようなイメージらしい。そういや、親父の遺品の中にモデルガンか何かがあったっけな。……いや、アレは本物だったっけか。

「熱は下がったみたいだし……あ、風呂風呂」

 弓ねえに言われて、朝風呂することにしたんだった。といっても今から風呂沸かすわけにもいかないから、シャワーで済ませることにする。手早く朝食の準備に入らないと、虎が突っ込んできて吠えるからなあ。

 ――ふと、左手の甲に視線を落とす。そこにあるのは3つの画で描かれた令呪……セイバーと俺を結ぶ繋がりの証であり、強力な英霊に3度限定でのみ命令を強制させることの出来る印。
 弓ねえも、かつてはこれで括られて戦っていたのか。

「でもまあ、繋がりがなくちゃ英霊って現界できないよな……普通は」

 セイバーは、俺との契約をもってこの世界に存在している。弓ねえは、受肉したことで世界に繋がりを持ってしまったのだろうか。うーん、よく考えなくても主人なしの使い魔って何か変だよなあ。暴走とかしないんだろうか……あ、してた。違う意味でだけど。

「ま、いいや。……難しいことは、まだよく分かんないな」

 ぽん、と手の甲を叩いて、俺は脱衣所の扉を開けた。さあ、汗を流して気分転換したら食事の準備だ。


 太陽が昇り始めると、結構光が眩しい。今日も昨日と同じ、良い天気になりそうだ。朝はまだ空気が冷たいけれど、これはこれで気分いいよな。

「鶏肉……んー、これはつくねにして煮物にするか。味噌汁の具は……あ、昨夜の豆腐サラダの残り使おう。それとサワラを焼いて……味噌がダブるけど、まあいいか。よし」

 冷蔵庫を覗き込んで、今朝のメニューを決定する。メインのサワラの切り身を取り出して、数を数えてみた。

「俺、弓ねえ、藤ねえ、桜、セイバー、遠坂……あれ、何で1切れ余るんだ」

 7切れなんていう中途半端な数であることに気づいてうーんと考え込み、しばらくして思い出した。これ、藤ねえの実家即ち藤村組から、爺さんが「大河が世話になっとるからのー」とどっさり持ち込んできてくれたんだ。あの時は何切れあるか数えてなかったから、今になってこんな感じで余ってしまったんだろう。

「……いいか。焼いちまえ」

 セイバーが2切れ食べるかもしれないし、何なら弁当に入れてしまってもいい。1切れ余らせておくのは勿体ないもんな。……もしかしたら、もう1人増えてくれるかも知れないし。

「せんぱーい、おはようございますー」

 からからと玄関を開ける音がして、桜の声が飛び込んでくる。ちょうど良かった、人数が増えて作る量も正比例どころの騒ぎじゃなくなってるし。
 ……あれ、何か忘れているような気がするけど?

「おう、おはよう桜」
「はいっ。……あの、玄関の靴、藤村先生のでも弓美さんのでもなさそうですけど、どなたか来ていらっしゃるんですか?」

 靴?
 ああ、そうか。遠坂の靴が玄関にあるんだ。……女の子って、そんな細かいところまで見ているんだなぁ。

「あー、昨夜から遠坂がうちに下宿することになってさ。だからあいつのだろ」
「そうなんですか、遠坂先輩が……え?」

 あれ、何で桜、目を丸くしてんだ? なあ、その突き刺さるような視線は一体何なんだよ? 俺、何か悪いことでもしたのか?

「……ど、どういうことですか衛宮先輩! 何で遠坂先輩が、このお家に、下宿しなくちゃならないんですか!」
「え、あ、いやそれは……」

 突然爆発した桜に驚いた。彼女がこうやって、感情を発露させた場面が俺の記憶にはない。藤ねえや弓ねえに言わせてみると、俺も似たようなモノなのだそうだが……ああ、でもそうか。いつも手伝いに来てくれる桜や、うちの平和を乱しにかかる藤ねえに何の相談も無しに遠坂を住まわせることにしたのが問題だったんだな。うん、それは確かに、桜や藤ねえに対して失礼だな。

「……まあ、ちょっと緊急の事情があってさ。ほんとは連絡入れなくちゃいけなかったよな。ごめん、桜」

 だから、素直に謝るしか俺には出来ることがない。下げた頭を上げると、視界に入ったのは困惑しているような桜の顔だった。

「……あ、は、はい。き、緊急なら仕方ない、ですよね……その、わたしの方こそ、ごめんなさい。いきなり怒鳴りつけちゃって……」
「うん、ちょっとびっくりした。桜、あまり怒ったり自己主張したりすることないからな」
「そう、ですね……ああ、いけない。ご飯作らなくちゃ」

 意図的に話題を転換させた桜に乗ることにする。こういう話は、食事の最中でも出来るからな……ほんとごめん、桜。
 手早く鶏肉でつくねを作り、鍋で煮立てただし汁に入れる。先に放り込んでおいたタマネギや同時に入れた白菜と一緒に煮込んでいる間に、さっき火に掛けたサワラの様子を覗き込む。ふむ、弁当用に鮭の切り身も焼いておくか。

「あ、味噌汁の具は豆腐があるから頼む」
「分かりました。ところで、遠坂先輩以外にもどなたかいらっしゃるんですか? 作る量が妙に多いんですけど」

 冷蔵庫から豆腐を出しながら、桜が首を捻った。そりゃまあ、確かに……あ。

「すまん、桜。遠坂以外にも下宿人が増えてる。しかも大食い」
「はあ……ただでさえ藤村先生が結構食べちゃいますけど、それ以上ですか?」
「それ以上。自信を持って断言できる」
「……分かりました、頑張ります。下宿人の皆さんに、わたしの実力を思い知らせちゃいます」

 何やら桜がガッツポーズしてる。俄然やる気になってきてるな、何でだろう。実力って……ああ、料理のことか。確かに桜の料理の腕はがんがん上がってきてるからな、俺も師匠として嬉しい。
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