Fate/gold knight 8.やまぶきいろのあさぼらけ
「む? 何だそなたら。我は何か余計なことを言うたか?」

 しかも自覚してないし。
 何となく場の空気が微妙におかしくなった、その時。

「済まない。遅くなった」

 廊下から通じる戸を開けて、平然と救いの神はやってきた。
 おいアーチャー、そのダークグレーの開襟シャツと綿のスラックスはどこから調達してきたんだよ、お前。ああ、でもよく似合ってるなあ……こんちくしょう、高身長ってのはそれだけで見目がいいよ。あーうらやましい。差し当たっては10センチほど分けろと思いつつ、出てきてしまったモノは仕方がないので奴の分の食器を取りに行こう。ちょうど良い、この空気から逃れられるし。

「へ? あ、えっと、あなたがあーちゃーさん?」

 うわ。あの恋愛という単語から冬木一縁遠い女と言われる藤村大河までが、ぽかんと見とれてる。何つー珍しい光景だ。

「ああ、あなたが藤村大河さんですね、衛宮士郎から話は伺っております。挨拶が遅くなって失礼」

 対してアーチャーは余裕のあり過ぎる、こいつでもこんな柔らかい顔できるんだって感じの笑みを浮かべると、すっと腰を下ろした。藤ねえの目の前で完璧な正座を見せ、床に手をついて頭を下げる。

「私はセイバーの友人のアーチャーです。衛宮切嗣には彼の生前、彼女共々大変世話になりました」
「あ、は、はい。どうも、藤村です」

 そして、アーチャーの勢いに飲まれる形でぺこんと頭を下げ返す藤ねえ。さすがの虎も、向こうからおとなしく頭を下げられては怒ることもできやしないよな。

「連絡もなしの来訪、平にお許しいただきたい。何分こちらもいろいろと戸惑うことばかりで……切嗣殿が亡くなられているとは知りませんでした。お悔やみを申し上げます」
「え、あ、いえ。その、お線香は上げて頂けましたか?」
「はい、昨晩上げさせて頂きました。こちらの家には、家主殿から空き部屋があるので自由に使って貰って良いという許可を得ています。後見人であるところの藤村さんのお気に障るようであれば、新都のホテルに引き上げるつもりですが」
「……む、む、むぅ……」

 いつの間に知ったのか、アーチャーは藤ねえの弱点である親父のことを話題に取り上げた。さらに家主……この場合、俺と弓ねえの両方からの許可を持ち出す。うむ、これなら藤村大河の陥落は間近だな。何だ、弓ねえより口達者だよ、こいつ。

「そ、そうですか……うーん、切嗣さんの知り合いの方なら、断る理由が見つからないかあ……」
「いきなり押しかけたこちらも悪い。タイガ、申し訳ありません」
「あ、ええとセイバーちゃんだっけ? ううん、いいのよ。そういうことじゃあ仕方ないよね、うん。士郎と弓美ちゃんの家だけど、よかったら使って」

 冬木の虎、陥落。弓ねえの出番、ほぼ皆無なり。
 大体、うちは俺と弓ねえのうちであって藤ねえはあくまで外部の後見人だと思うんだがなー。確かに俺の担任教師だけどさ。というか、俺たちの後見人ってそもそも雷画爺さんじゃなかったか。

「あ、じゃあ遠坂さんは何で?」
「わたしですか? ええ、実は我が家を改装することになりまして、しばらく仮住まいをしなくてはならなくなったんです」

 セイバーとアーチャーの問題が落ち着いたところで、藤ねえの矛先は遠坂に変わった。とは言っても、こっちも生徒会長たる一成相手に堂々と渡り合う実力の持ち主、藤ねえは大してもたないだろう。

「あのお家を? そりゃ、確かに大掛かりになるでしょうけど」
「そうなんです。それで、ホテルにでも移ろうかと思っていたのですけれど、たまたま衛宮くんにその話をしたところ『それなら家を使ってくれ』と言われまして」

 いけしゃあしゃあと作り話をかましてくれる遠坂。しかしまあ、実際に家をリフォームするからホテル住まいになるかも、なんて話を聞かされたら家に泊めるなあ。ホテルの宿泊代ってかなりの負担だし、我が家は部屋がやたらと空いているし。それに、たくさんで食べる食事は味以上に美味いから。

「む、むむ……確かに士郎ならそう言うか……」
「大河。よもや、可愛い弟の他者への好意を無下にする気ではあるまいな?」
「う……うう……そ、そうよね……今から追い出したりしたら、遠坂さんも大変だし……」

 にやにやとどこか意地の悪い笑みを浮かべながら、弓ねえが口を挟んでくる。その言い分もごもっとも故、藤ねえは腕を組んでうーんと考え込んでしまった。その隙に俺は自分の席に戻り、盆に並べた朝食をアーチャーに手渡す。「……ありがとう」と視線をそらしつつ答えてくれたのは、まあ礼儀だろう。

「そもそも、そなたは何を気にしておる。士郎に夜這いなどという大袈裟な真似はできるものではないわ」
「ぶっ!?」

 だから弓ねえ、一言多いっ! 思わず味噌汁吹きかけたじゃないかっ!

「ゆ、ユミ……」
「……弓美さん、そういう問題なのかしら?」

 ほら見ろ。セイバーと遠坂は箸持ったまま固まっちゃってるし。

「全く問題ありません! 先輩はそんな真似しなくていいんですっ!」

 桜は何でか拳握って力説してるし。

「弓美、君の意見には賛同だ。大して知っているわけでもないが、この大たわけ者にそのような真似などはできるわけがない」

 さらに何でかアーチャーが弓ねえと意見同じだし。
 ……どうでも良いけど弓ねえとアーチャー、両方とも口が上手いし妙に気が合うよな。同じクラスのサーヴァントだからってわけでもないんだろうけど。

「いやまったく、アーチャーさんの仰る通り! よく考えてみれば、弓美ちゃんやアーチャーさんが同じ屋根の下にいるっていうのに、士郎がそんなたいそうなこと出来るわけないわよね。うんうん、お姉ちゃんちょっと心配し過ぎちゃったかなっ! あははははー」

 そして、最終的に言いくるめられてしまった藤ねえのやけくそっぽい空元気が冬の空に響いていくのであった。
 しかし、これでいいのかよ、おい。

「問題なかろう? 要は凛たちの同居を認めさせれば良かったのだから」
「そういえば、それが本題だったっけ」

 しれっと言ってのける弓ねえに、俺は苦笑しながら頷いた。
 ……あれ?
 視界の端に、何かを決心したような表情の桜が見えたけれど。どうしたんだろう?


 そんなこんなで、何か微妙な空気の中食事は続く。その中、弁当を詰めるために台所に立ってくれた桜が、ひょっこり顔を出してきた。

「……あ、あの、よろしかったら遠坂先輩、お弁当も持って行くんでしょう? どうぞ」
「あら、いいの? 助かるけど」
「はい。わたしと衛宮先輩の合作ですから、ほっぺが綺麗さっぱり落っこちても知りませんよ?」
「それは期待できるわね。ふふ、ありがとう桜」

 桜の手の上に乗っかった赤い包みを、笑顔で受け取る遠坂。包みを見つめて、何だか心の底から喜んでいるようだ。桜の方は……あれ、何だろう。何か大仕事を1つ終わらせてほっとしたような感じがする。
 と、桜は俺の方に視線を向けてきた。さっきの表情は消え失せ、いつもの控えめな笑顔に戻っている。

「衛宮先輩の分はこちらに置いてあります。弓美さんたちは……」
「ああ、あまり負担を掛けるわけにも行かぬだろう。セイバーたちの観光案内があるでな、外で食べる」
「分かりましたー」

 弓ねえの返答に納得して、桜はまた台所に引っ込んだ。藤ねえがドンブリにくっついたご飯粒を丁寧につまみ取りながら、弓ねえの方に視線を向ける。

「観光案内? 一昨日から来てるんなら、昨日の日曜日に見て回ったんじゃないの?」
「彼らの到着は一昨日の深夜でな。昨日は新都を見て回ったのだが、深山町がまだなのだ」
「あ、っていうと柳洞寺とか?」
「そうだ。あの辺りは見ておいて損はあるまい。眺めも良いしの」

 弓ねえはそう言って、楽しげにつくねを口に放り込んだ。そういや、昨日は結局新都を回っただけだったっけな。俺が公園で気分を悪くしてしまったから、その後は夕食の材料をマウント深山で見繕ってそのまま帰って来たんだった。

「ふむふむ、ふむふむ」

 一方セイバーはひたすら飯をもぐもぐ、時折真剣な表情のままコクコクと頷いている。いやー、何か犬を餌付けしてるような気分になるぞ。動物なんて飼ったことないから、本当にそんな気分なのか分からないんだけど。

「――で、結局、なぜ私までここにいるのだ?」

 弓ねえのうっかりのおかげで食卓に座る羽目になってしまったアーチャーにご飯をよそって渡すと、素直に受け取りながらこいつはそんなことを言ってきた。箸とおかず一式を渡した時にきちんと手を合わせるあたり、こいつは元日本人とかだったりするんだろうか。それにしては背格好とか元々の衣装とかがアレなんだけど。

「いいじゃん。お前、サワラの西京焼き嫌いか?」
「いや、そのようなことはない」
「なら食えよ。遠慮することないだろ」
「……そうさせてもらおう」

 俺に対してはにこりとも笑うことなく、それどころかどこか不機嫌そうな顔のままアーチャーは食事に手を付けた。魚を箸でつまみ、口に運んで咀嚼。……う、何だその意地の悪そうな笑みは。

「少し甘いが、まあ合格点だな」

 この野郎、採点してきやがった。……紅茶をあれだけうまく淹れられるこいつ、きっと料理にも自信があるんだろう。お前どこの英雄だよ、一体。

「何だよ、不服か?」
「いや。まあ、せいぜい精進することだな。くくく」

 ええい、言いたいことがあるならはっきり言いやがれ。お前のその笑いを見てると、何だか無性に腹が立つ。
 腹が立つから視線をずらし、付けっぱなしのTVに移した。その左上に表示されている時刻は……あ、拙い。俺はともかく、朝練のある弓道部組が。
PREV BACK NEXT