Fate/gold knight 8.やまぶきいろのあさぼらけ
「……桜、藤ねえ。そろそろ時間」

 ともかく該当者2名に声を掛けると、気が付いた藤ねえがばんとドンブリを食卓に戻した。いや、丈夫なのを買ってあるからそうそう破壊されることはないんだけどさ。

「あ? んきゃー、遅刻遅刻ちこく〜〜〜っ!」
「は、はい! 藤村先生お弁当どうぞっ」

 桜が両手に抱えて持ってきた虎専用弁当包みを、藤ねえがお茶を一気飲みしながら「ありがとっ!」ともぎ取る。それからがばりと立ち上がり、食卓に着いたままの俺たちを振り返った。

「そんじゃ士郎、行ってくるねっ。セイバーちゃん、アーチャーさん、ごゆっくり!」
「それじゃ先輩、行って参りますっ!」
「おー、朝練頑張れよー」
「行ってらっしゃい、サクラ、タイガ」
「ああ、行ってらっしゃい。気を付けて」
「藤村先生、桜、行ってらっしゃい」
「転ぶなよ、大河」
「あー、弓美ちゃんひっどーい! それじゃー!」

 俺たちの言葉に押し出されるように、どたばたどたばたと2つの足音が遠ざかっていく。やれやれ、あの2人も今の状況は納得してくれたみたいだな。良かった。

「……あの2人、これからもここに通うみたいね」

 その足音を見送るような目をしながら、ぼそっと遠坂が呟いた。そりゃまあ、事情は何も話していないからな。

「そうみたいだな」
「……あのね士郎、聖杯戦争に関係ない第三者がここに通うのって拙いわよ。戦いに巻き込むかも知れないじゃない?」
「そうだな。相手によっては人質戦法に持ち込む危険性がある」

 遠坂とアーチャーが、俺を挟み込むように詰め寄ってきた。うん、その可能性を考えていないわけじゃない。そもそも、本来は弓ねえだって第三者といえば第三者だったんだからな。

「そうです、シロウ。彼らの安全を願うならば、何らかの理由を付けてこの家への出入りを禁じるべきです」

 セイバーも姿勢を正し、2人の意見に賛成を唱える。確かにそうだ。俺は、桜や藤ねえに危険な目に遭って欲しくはない。2人は俺にとって、守るべき家族なんだから。

『君も、心の奥底では理解していたはずだ。近しい者を守るためには、守る対象が何らかの敵対者に襲撃を受けなくてはならない』

 不意に、深夜の教会であの神父が吐いた言葉が脳裏に蘇ってきた。
 ――あのヤロウ。
 弓ねえのことも知っていたし、桜や藤ねえのことまで知らなかったとは言わせないぞ。

「今更2人を引き離したところで効果は薄いと思うがな。我は」

 自分の分の朝食を平らげ、専用湯飲みでお茶を飲みながら俺たちの会話を聞いていた金の姉が、不意に口を開いた。と同時に、俺も含めて全員の視線が弓ねえに集中する。代表してセイバーが、疑問を口にしてくれた。

「どういうことですか? ユミ」
「どういうことも何も。少なくともバーサーカーのマスターは、セイバーのマスターが士郎であると知っている。ならばそこから、近しい者の名や容姿を把握していないと誰が言える? 既に知られている以上、出入りしようがしまいが関係はあるまい。かえってこちらに顔を出して貰った方が守りやすいやも知れぬぞ」

 平然と答えながら、弓ねえは湯飲みをこっちに突き出してきた。ああはいはい、お代わりね。今お注ぎします、姉上。

「確かにそうかも知れないけど、でも2人がいる時に敵が攻め込んできたりしたらどうするのよ?」
「――いや、考えてみれば彼女の言う通りかも知れないぞ。凛」

 姉上の返答になおも反論しようとした遠坂を、やんわりとアーチャーが止めた。こいつ、俺には意地悪い顔しかしない癖に、遠坂と弓ねえには良い顔してやがるな。それにさっきは遠坂に賛同した癖に、今度は弓ねえに賛成か。このやろー、人の姉に手ぇ出すな。

「ちょっとアーチャー、あんた何弓美さんの肩持ってんの。同じアーチャーだからって」
「そう言うわけではないのだがな……」

 その遠坂に膨れられて、困り顔のアーチャー。ざまーみろ、と口に出しては言わないけれどそう考えた。だけど、こいつが弓ねえに賛同してくれるのならそれなりに姉の意見には説得力があったってことか。奴の意見を拝聴してみよう。

「そもそも人質を取りに来るような相手であれば、場所など問わない。あの2人は教師と学生だろう? それならばこの屋敷より学校を抑えた方が効率は良い。ついでに魔力の奪取もしてしまえば一石二鳥、いや三鳥ともなろう……既にそう考えた魔術師が仕掛けてあるのがあの結界だろうよ。凛」
「あ、そうか。確かにそうよね」

 アーチャーの台詞を聞いて、遠坂はなるほどと腕を組みつつ納得する。……ちょっと待て、結界って……何か覚えがあるぞ?
 そうだ。土曜日の朝、学校の敷地内に入った瞬間のあの気持ち悪さ。週明けにあれを調べようと考えていたことを、今更ながらに俺は思い出した。

「……そうか。あの違和感って結界だったんだ」
「あら、士郎気が付いてたの?」

 ぼそっと呟いた俺の一言に、敏感に反応してくれたのは遠坂。もしかしてあの夜、校内でランサーとアーチャーが戦っていたのは、遠坂があの結界を調べるために残っていたから……ってことか。

「気づいてたというか、校門を通る時に変な感じがしたからな」
「そう。そのくらいなら分かるんだ」

 うんうんと頷く遠坂。何やら俺に対して優越感すら持てないくらいの情けなさを感じているような気がするなあ。どうせ俺はへっぽこだよ。

「話を戻すが……良いか?」
「ふむ、済まぬのアーチャー」

 遠坂のアーチャーの台詞を、我が家のアーチャーが受ける。ホントにこの2人、仲が良いというか気が合うというか。
 ……アーチャーを思わず睨んでしまうのは、弟として姉を取られたくないわがままなんだろうか。そんなだから、相手からあんな呆れられた目で見返されるんだな、俺。

「衛宮士郎、その視線はよせ。……さて、我がマスターは人質などという無粋な戦術は採らないのだろう? ならば、余計な邪魔が入らぬよう彼らが帰宅した後に攻め入るはずだな。目撃者を出さないためにも、まともな神経を持つ魔術師ならばそうするはずだ」

 にやにやと自分のマスターを見つめつつアーチャーが言った言葉に、俺はすとんと腑に落ちるモノがあった。確かに魔術師の戦いは一般の人間に見られるべきではないモノ。故に、普通の神経を持ってるならば目撃されるような事態は避ける。故に深夜の戦闘、ってことが多いわけだけど。さらに、周囲に結界を張って人を寄せ付けないようにするってのも効果があるらしい。この辺は遠坂からの受け売り。

「そうかー。考えてみりゃランサーも、俺は殺しに来たけど弓ねえは殺す気無かったもんな。だから背後から殴って気絶させたって言ってたし」

 あの晩のことを思い出して口にしてみる。と、途端に姉上の表情がみるみる怒りの色に染まった。え、俺何か変なこと言ったか?

「おかげで鼻をすりむいたわ。あの全身青タイツ、次に会ったら覚えておれ」

 まだそのこと根に持ってたのか、弓ねえ。擦り傷なんてもう跡形もないくらい治ってしまってるじゃないか。まあ、女の子の顔に傷つけたあいつには、俺もさんざん言いたいことがあるけれど。


 弓ねえと……何故かアーチャーに手伝って貰って後片づけを終え、俺と遠坂も登校する時間になった。妙に作業が早かったのでアーチャーにありがとうを言ったら、アイツは「ふん、もう少し手際よくやって欲しいものだな」と横向いて言いやがった。はあ、素直じゃないんだな。英霊になるまでにいろいろあったんだろうから仕方ないか、と自分に言い聞かせる。
 そのアーチャーが霊体化して見えなくなったところで、俺と遠坂は立ち上がった。飯食い終わったばかりだというのに煎餅に手を伸ばしているセイバーにちょっと呆れつつも声を掛けてみる。

「さてと。俺たちはこれから学校だけど、セイバーは弓ねえと一緒に深山町観光だったよな」
「観光ではありません。シロウを勝利に導くために、この街を偵察して回るのです」

 む、と頬をふくらませながら俺に反論するセイバー……口の端に煎餅の屑が着いてなければ、そこそこシリアスな場面だと思うんだけどなあ。

「そうだな。まあ、まだ朝早い故セイバーは少し休むと良い。あまり早くから出歩いても、店は開いておらぬからの。江戸前屋のどら焼きは実に美味だ、そなたにも是非味あわせたい」
「分かりました、ユミ。そのドラヤキとやらが実に楽しみです」

 あー、セイバー。観光じゃなくって偵察でもなくて食べ歩きだったんだな、深山町回る理由。よーく分かった、江戸前屋の売り物はどら焼きもたこ焼きもたい焼きもみんな美味しいから、是非味わってくれ。俺たちの分も取っておいて欲しいけど、資金の出所が弓ねえじゃ無理かなぁ。

「のんきねぇ、2人とも。ま、学校での士郎のガードは任せなさい」

 くすくす笑いながら俺たちの会話を聞いていた遠坂がとんと自分の胸を叩く。俺はセイバーを連れて登校することはできないから、学校ではどうしても無防備になる。遠坂がわざわざ俺の護衛を任されてくれるのは、ひとえに俺がセイバーのマスターであり彼女の協力者、であるからに過ぎない。
 ――ほんと、情けないな。遠坂もセイバーも弓ねえも、みんな俺より強い。俺はみんなを守らなくちゃいけないのに、逆に守られている。
 強くなりたい。
 強くならなくちゃ。

「すまん、世話になる」

 それでも、今すぐ強くなるなんてことはとうてい無理だから、素直に遠坂に頭を下げた。俺なんて足元にも及ばないくらい強いあかいあくま殿は、ふふんとどこかアーチャーにも似ている笑みを浮かべて頷く。

「いいのよ。少なくともバーサーカーを倒すまでは力になってもらうから。それと、結界の調査するから放課後顔貸しなさい」
「ああ、分かった」

 良かった。俺にできることの1つ……『解析による場所の異常検知』を、少しだけでも有効活用することができそうだ。あー、ほんと俺、戦闘には向いていないなあ。

「弓ねえ、セイバー、そう言うわけだから、少しのんびり回ってくれてかまわないよ」

 少し落胆気味な気分を顔に出さないように気を付けながら、金の髪の2人に声を掛ける。

「承知しました。もし敵との戦闘などということになりましたら、シロウは令呪でわたしを呼んでください」

 自分の胸に手を当て、真剣なまなざしで俺をまっすぐに見つめるセイバー。

「放課後には、出来るだけ学校のそばについておることにしよう。なれば我も走っていけるしの……任せおけ、士郎よ。弟は姉を頼るものぞ」

 ゆったりと髪を掻き上げ、傲慢だけど優しい笑みを浮かべる弓ねえ。
 2人を一緒に視界に入れた俺は――

 けれど、おうさまにはたりないものがありました。

 ――ふと、今朝見た夢の断片を思い出していた。
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