Fate/gold knight 9.とうめいなゆがみ
「慎二、おはよう」
「……なんだ衛宮か。おはよう」

 不機嫌な割には、挨拶はきちんと返してくるんだよな。ここらへん、一応弓道部副主将だけのことはある。武道というものは礼に始まり礼に終わるものだから……とは言え、慎二は正直ちょっと無礼講すぎる嫌いもあるんだけど。そういうこともあって、実は美綴と仲はあまりよろしくない。主将と副主将が仲良くないってのはどうかと思うけれど、その辺は顧問たる藤ねえがそれなりにちゃんとやっている。あの虎、教師は天職だったらしい。

「……衛宮、その手どうした?」
「あ、これか?」

 問われて初めて、慎二の視線が俺の左手に注がれていることに気づいた。セイバーと契約を交わした証である令呪が浮かび上がった手の甲を隠すため、大きな絆創膏とその上にネットを着けている。ぱっと見には、火傷でもしたように見えるだろう。

「はは、家でヘマやってさ」
「ふぅん。ぼさーっとしてるからだろ、まったくお前はどっか抜けてるんだからな。周りにちゃんと目を向けて気を付けろ。お前1人の身体じゃないんだろ?」
「ああ、まったくだ。気を付けるよ」

 不器用な心配を素直に受け取って、俺は前を見た。ちらりと俺の顔を伺う慎二の視線が何となく気になったけれど、さすがに本鈴を追いかけるようにどたどたと駆け込んできた姉上の足音には勝てなかった。頼むよ藤ねえ、教師なんだからもうちょっと落ち着けよな。


 昼休み。
 普段ならここは生徒会室で一成と一緒に食事を取るところなのだけど、今日は屋上に出ることにした。もしかしたらあの歪みが、屋上にもあるかもしれない。放課後までに見つけられるものは見つけておきたかったからだ。すまんな一成、今日は肉分は勘弁してくれ。そのうち差し入れでも作ろう。

「うん、言うだけのことはあるわね。確かに桜のお弁当、美味しいわ」

 ……同じことを、このあかいあくまも考えていたらしい。というわけで、人目につかない場所で一緒に食事と相成った。

「そうだろ。料理の師匠としてはうかうかしてられないな、こりゃ」
「何、士郎が教えたの?」

 人目がないせいか、遠坂の俺に対する呼称が『士郎』に戻っている。ま、いいんだけどさ。

「ああ。桜、最初はおにぎりもうまく握れなくてさ。とりあえず米の研ぎ方から教えた」
「そこから? 間桐の家にも炊飯器くらいあるでしょうに」
「それが、どうやら米計って水入れてそのままスイッチオンだったらしい。炊きあがったご飯の美味しさに感動してた」
「……絶対何か間違ってるわ、間桐って……」

 もぐもぐもぐ。本来の目的とはまったく関係ない会話を交わしつつ、食事はどんどん進む。くっ、本気でうかうかしてるわけにはいかないな。桜の奴、どんどん腕を上げていっている。やばい、俺の立場が無くなってしまう。

「凛、そんな話をしている場合ではないだろう……そら、茶だ」
「って、何であんた実体化してんのよアーチャー? ああ、ありがと」

 ほんとに何で実体化してるんだよお前。しかも甲斐甲斐しく遠坂と、ついでに俺にもお茶注いでくれるし。つーかその箸はお前専用のものだったりするのか? 昨夜は食事要らんとか言っておきながらこの豹変ぶりは何だ。もしかして弓ねえにでも食事誘われたか? お前、俺と一緒で弓ねえには弱いみたいだし。ああ、何だろうこの親近感。こいつ、俺に似てるのかな。

「で、どうだった?」
「うむ。屋上の陣を中心として、校内のあちこちに基点が散らばっているな」

 あ。
 そうか。遠坂の奴、授業中に校内をアーチャーに偵察させていたんだな。
 ……ってことは、俺、役立たず? 俺には基点を破壊することなんてできないんだから。

「衛宮士郎、お前の背後にもあるのだが分かるか?」
「え?」

 不意に、そうアーチャーに指摘されて背後を振り返る。
 基点――俺にとっては、構造の中に紛れ込んだ歪んだ場所。
 ああ、見つけた。
 ここからそんなに離れていない、けれど屋上の大半からは死角になる機械室の陰に、おかしな歪み。

「ちょっと。士郎、分かるの?」
「ああ、あった。……遠坂、ここだ」

 キョトンと俺たちの顔を見比べる遠坂を置き、俺は立ち上がると歪みのそばまで歩いていった。指し示したのは、薄暗い影側の壁。その一部に魔力が紛れ込み、歪みの点を形作っている。

「正解だ。まあ、貴様にも1つくらいは役に立つことがあるということだな」

 ふふん、と鼻で笑いながらアーチャーは腕を組んだ。あーもう何だ、めちゃくちゃムカツクなあこいつはっ!
 ……でも、アーチャーに言われなければ発見できなかった。それは事実だ。
 やっぱり俺、だめなのかなあ?

「へ、いくら何でもそんな簡単に………………あ」

 一方、俺の指摘に半信半疑の表情を浮かべながら歩み寄ってきた遠坂が、俺の指先が示す場所を見た途端顔色を変えた。ええと、もしかして遠坂、アーチャーと俺に指摘されるまで気づかなかったとか? そんな馬鹿な。

「な、何でそう簡単に見つけられるのよ、あんたもアーチャーも!」
「何でって言われてもなあ……」
「あいにく、私や衛宮士郎に出来るのはここまでだ。始末は凛、君に任せたい」

 ほんとに気づかなかったらしい。まあ俺も、アーチャーに言われるまで向こうには意識が行かなかったしな、人のことは言えないよ。それに、アーチャーの言う通り俺たち……俺とアーチャーには、結界の基点を発見することしかできないようだから。

「はいはい。でも、今やると相手に動きを読まれて何か仕掛けてこられるかもね。まとめて放課後に片付けましょう……いいわね?」
『了解』

 遠坂の指示に、2人揃って返事する。ええい、何でタイミングと台詞がぴったり合うんだよ、俺たち!
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