Fate/gold knight 9.とうめいなゆがみ
 そうして放課後。
 教師の指示により生徒のほとんどが消え、静かになった学校の中を遠坂と、姿を消しているアーチャーと3人で歩く。大ざっぱな場所はアーチャーが指示し、具体的な地点は俺がその場で見つけだす。そうしてそれを、遠坂が処理していく。適材適所とはこのことかな……スムーズに作業が進むよ。

「……終わったわよ」
「すまん、遠坂」

 とはいえ、さすがに男子トイレってのはきつかったよな。ほんとにすまん、遠坂。俺かアーチャーか、どっちかができれば良かったんだけど……まあ、女子更衣室にもあったからお互い様か。
 で、運動場やら校舎裏やらの基点を全部処理した後、遠坂はちょっと大げさ目に溜息をついてみせた。うん、ほんとに役立たずでごめん。もう少し他の魔術を使えれば……って思ってるから。

「ふー、校舎内と、外回りはこんなとこね。後は弓道場の中だっけ?」
「ああ。案内する」

 遠坂を伴って、校内にある弓道場へと向かう。この学校は運動部に力を入れていることもあり、やたら立派な道場があるんだよな。同じく道場持ちの我が家も大概なんだけれど。
 カラカラと引き戸を開け、道場内に入った。俺は1年の夏で部を辞めているけれど、それからも藤ねえに弁当を届けたり何だりでちょくちょく出入りはしている。一番最近に入ったのは、土曜日の夕方……運命の瞬間の、その直前。

「で、どこ?」
「こっちの奥だ……ああ、ここ」

 板張りの床の一部に、これまでよりも小さな――だけど凝縮された歪み。道場を隅々まで掃除していなければきっと気づかなかった――偶然だろうけど、掃除を押し付けてくれた慎二には感謝したい。

「うわ。あんた、ほんとによく見つけられたわね、こんなの」
「偶然だよ、偶然」
「ご謙遜を」

 呆れ顔をしながらも、遠坂はその歪みも処理してくれた。うーん、本気でおかしいらしいな、俺たちって。でもまあそのおかしさのせいで、この妙な歪み……結界の基点を処理することができたんだから、自分の能力に感謝しよう。人間、何か長所はあるもんだ。

「はい、これでおしまい」

 ぽん、と歪みの見えなくなった床を軽く掌で叩き、遠坂が立ち上がる。既に日は傾き、オレンジ色の光に照らされた遠坂の姿は眩しく見えた。その背後には、うっすらと光に溶けるようなアーチャーの姿。白い髪が赤っぽく見えて……俺は、僅かにめまいがした。

「……士郎、さっさと帰りましょ。桜、家で待ってるんじゃない?」
「え? あ、そうだな」

 めまいは一瞬でかき消え、それに気づかなかったらしい遠坂にそう促されて俺は頷いた。ああそうだ、弓道部も見ての通り活動は自粛、つまり部員である桜も既に下校している。藤ねえは教師だからまだ仕事が残っているかもしれないけれど、それでもいつもより帰りは早いだろう。はは、えらいこっちゃ。

「……校門外に弓美とセイバーも来ているようだ。待たせると叱られるぞ、衛宮士郎」
「え、弓ねえとセイバー?」

 一瞬宙に視線を巡らせたアーチャーにそう言われて思い出した。そういえば、夕食の買い物がてらに迎えに来てくれるって言ってたっけ。でも何で、アーチャーは弓ねえが来たって分かったんだ?

「サーヴァント同士は互いの気配が分かるって説明したでしょ? 一応弓美さんもサーヴァントだから、アーチャーの感覚で拾えるみたいね」

 遠坂が人差し指でくるくると空中に円を描きつつ答えてくれた。そういえば遠坂先生の聖杯戦争講座にそこら辺の説明があったような。なるほど、それなら大丈夫だ。弓ねえの気配をアーチャーが拾えるなら、きっと弓ねえは危なくなんてならない。アーチャーは弓ねえのこと気にしてくれているから、きっと何かあったら教えてくれる。
 ――本当は、俺が気がつかなくちゃならないんだけど。少なくとも自分のサーヴァントであるセイバーと一緒なんだから、セイバーの気配をたどれなくちゃならないのに。
 ごめん、姉上。

「さ、行きましょう」

 普通の女の子の笑みを浮かべて、遠坂が俺を振り返る。俺は頷いて、一緒に弓道場を出た。鍵はこの前から1つ俺が持ちっぱなしだったのを使って閉める。……後で藤ねえに返しておかなくちゃな。

「確認しておくけど、今日の夕食は遠坂?」

 ちゃら、と音を鳴らしつつ鍵を鞄にしまいながら遠坂に尋ねた。今朝の会話を忘れてなければいいな、と思ってのことだったんだけど、遠坂は満面の笑みを浮かべてとん、と自分の胸を叩いてみせた。うん、それなりのもそれはそれで。ああ、今のは誰も聞いていないよな?

「ええ。今朝も言ったでしょ? 聖杯戦争に向けて体力を付けるために、どどんと中華で行ってあげるわ」
「はは、楽しみにしてる」

 俺は中華料理は不得手だから、正直な気持ちを素直に口にする。一度だけマウント深山の中華飯店に切嗣に連れて行かれたことがあるけれど……あれ、何かあったっけ? どうも記憶が飛んでいるんだけどな。あの後、切嗣に涙なみだで謝られたことだけ覚えてる。ごめんね、もう二度とあの店には連れて行かないからって。弓ねえも首捻ってたなあ……何があったんだろう? ま、いいか。何か怖くて、切嗣の死後もあの店には寄りつかないし。……遠坂の作ってくれる中華料理が、美味しい中華でありますように、と心の中で祈ってみよう。

「凛、くれぐれも調味料の種類や量を間違えないように。君はとんでもないところでうっかりすることがあるからな」

 くくく、と今度はあんまり嫌みのない笑顔でアーチャーが言った。あ、今朝藤ねえたちと会った時の服に着替えてら。もしかしてお前、実体化したままで家帰る気か?

「あー、アーチャー何よその言い方は〜! というかあんた、いつの間に着替えてるわけっ!?」
「む、我がマスター殿はこの衣服は嫌いかね? そうならば戦闘モードに切り替えるが」
「あ、だめだめ。あんな格好してたら目立っちゃうじゃないの、あんたはそのままでいなさい」

 遠坂も、アーチャーの霊体化という方法は頭の中からすこんと抜け落ちているみたいだ。ま、荷物持ちが増えたと思えばいいか。それに、こうやって家族みんなで帰宅するなんて経験、滅多にないから。
 衛宮になる前は、ほとんど覚えていない。本来の姓ですら覚えていないのに、どんな生活をしていたかなんて、かけらも出てこない。
 衛宮になってからは、学校に行かなかった弓ねえが送り迎えをしてくれた。制服を着た藤ねえと一緒に帰る時もあった。切嗣も、家にいる時はなるべく送迎を買って出てくれた。
 切嗣が死んでからは、自然とその回数が減った。弓ねえは家を守ってくれてたし、藤ねえは藤ねえで忙しかったから、俺も何も言えなかった。
 だから、こうやってたくさんの人数でみんな同じ家に帰るっていうのは、とっても久しぶりで、何だかとっても嬉しかった。例えそれが、猫を数匹は被っている優等生改めあかいあくま&初対面から気に食わない色黒野郎でも。


 校門までやってくると、そこには腕を組んで仁王立ちしてる弓ねえと、腰に手を当ててぷんぷん怒っているセイバーの姿があった。ははは、ほんとに待たせたみたいだー。うわー、ごめん。

「これ、士郎よ! 姉を待たせるとは何事か!」
「シロウ! ご無事だったのですね、心配しましたよ!」
「弓ねえ、セイバー、ごめん。ちょっと事情があってさ、遠坂たちと一緒に校内調べてた」

 ここは言い訳を先にしてもあれなので、まず両手を合わせて謝った。どんな事情があっても、2人を大幅に待たせてしまったことは間違いないんだもんな。

「事情、とな? まあよい、歩きながら追々説明をしてくれるのであろ?」
「もちろん、というか説明しなくちゃならない事情だし」

 弓ねえの台詞に頷いて、俺は姉上と肩を並べて歩き出した。さあ、とりあえずはマウント深山に行って夕食用の買い物だ。遠坂に美味い中華を作ってもらうためにも、美味しい食材を準備しなくちゃな。
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