Fate/gold knight interlude-2.双振りの剣
 商店街の中に、いくつか飲食店が存在する。その中の1つ……ランチタイムを迎えた標準的な喫茶店、その窓際の2人席に、微妙に場にはそぐわない2つの姿があった。
 1つは淡い金の髪を後頭部でまとめた、清楚な印象の少女。
 1つは豪奢な金の髪をゆったりと背中に流した、絢爛豪華な少女。
 一方はセイバー、他方は衛宮弓美という名を持つ2人の少女は、ぱくぱくと威勢良く少し早めの昼食を摂っていた。これだけならばごく普通の光景である、が。

 弓美の前に並んでいるのは、ホットサンドのランチセット。ツナがメインの具を挟み込んだホットサンドにサラダ、ドリンクがつくという割と標準的であろうラインナップだ。しかし、既にトレイの上はほぼ空であり、僅かにドリンクを残すのみとなっている。
 対してセイバーの前には、3人分のランチセット。そのうち2人分――和風キノコスパゲティセットとピザトーストセット――は既に食器が空になっており、残るクラブサンドセットもその半分以上が少女の腹の中へと消えていた。ちなみに、弓美とは同時に食事を始めている。

「はむはむ……ん。ごちそうさまでした」

 最後のクラブサンドを喉の奥へと消し去り、コーヒーを流し込んでからセイバーはきちんと手を合わせた。目を開いた少女の顔は、満たされた笑顔である。

「ふむ、なるほど。ユミの舌は確かだ」
「当たり前だ。我を誰だと思っておる? 衛宮士郎の姉であるぞ」

 ふん、と胸を張る弓美。既にランチを食べ終えている彼女は、別会計のチョコレートパフェを長いスプーンでつついて楽しんでいる。さすがにこの手の物は弟は作ってくれないらしく、この際だからとじっくり堪能しているようだ。

「そうですね。シロウの料理を常時食していれば、自然と舌は肥えてくるでのしょう」

 少しよろしいですか、とパフェをちらちら見ながら弓美の顔を伺うセイバー。苦笑しながらよかろう、とパフェを差し出し、弓美はゆったりと頷いた。どうやら、上機嫌の笑顔で食事を片付けていく少女の様子をも金の姉はのんびりと楽しんでいたようだ。一度無心に食事を取る士郎の姿を見てみたいと考えているようだが……義弟はいつも自分や大河に気を遣いながら食べているから、食事に集中することはほとんどないのだ。

「そういうことだ。してセイバー、そなたはどれが好みかな? 士郎の料理、桜の料理、そして外で食す料理と……凛も料理はできるようだが、まだ食しておらぬので今回は選外としよう」
「む、それは難しい問題ですね」

 もぐもぐ。唇の端にチョコを付けたまま、尋ねられた件を答えるためにセイバーは真剣に考え込んだ。しばし待っていた弓美であったが、どうやらセイバーの思考に決着がつかなさそうだと気がついたようだ。

「悪かった。美味なる食事はどれも良いモノだ、そうだな」

 おしぼりを差し出しながらの弓美の一言に、セイバーがはっと顔を上げる。少し幼げな顔をした少女は満面の笑みを浮かべ、ついで真剣な表情になると席から腰を浮かせた。そして、弓美の手を自分のそれでがっしりと握りしめる。おしぼりの上から。

「え、ええ、その通りですユミ。分かって頂ければ幸いです!」
「やはりそうであったか……ああ、顔にチョコレートが付いておる故拭き取れ。幼子に見えるぞ」

 僅かにヒキながら、弓美は頬を引きつらせた。一方セイバーの方も、お子様呼ばわりに顔を引きつらせながらおしぼりを受け取る。一所懸命顔を拭く少女の白い頬が、摩擦で赤く染まった。


 ――それにしても。
 顔を整えながらそれを見つめる弓美は、頭の中だけでぽつんと呟く。現代の料理に舌鼓を打ち、ここまで無条件に賞賛する彼女は……生前どのような食生活を送っていたのだろうと、そんな思いが脳裏をよぎったのである。自分自身はどこの誰で、いつ頃どんな生活を送っていたか……10年経過した現在でも全く思い出せない。だが、セイバーにはおそらくそういった記憶もあろう。
 だから、弓美の問いは純粋に興味から発せられたものだった。

「そういえばセイバー。我も含めてだが、サーヴァントとはかつて英雄として現世に生きた者と聞く。そなたが生きていた頃は如何な料理を食していたのだ? 我はその辺の記憶も全く無くてな」
「え……」

 興味津々でそう尋ねた弓美の目の前で、セイバーの顔色が一気に青ざめた。チョコパフェに伸ばしていた手をテーブルの上に置き、拳を握りしめる。手に持ったままのおしぼりが、既にしっかり水分を絞られていたにも関わらず水を滴らせていた。

「!?」

 顔を伏せ、ふるふると肩を震わせるその姿に、何故か空恐ろしいモノを感じて弓美はがたがたと椅子ごと引いた。数はそう多くない他の客が何事かと注目するのに気づき、この場は逃げられぬと感じて彼女は椅子から立ち上がるとその背もたれの後ろにくるりと回る。これで逃げられぬならば、目の前のテーブルでも何でもひっくり返す心づもりである。無論、後で損害は消費税もきちんと込みで賠償するが。
 しばしの沈黙。重い空気が彼女たちの周囲に漂う。そして――

「………………………………雑でした」

 ――セイバーは、ぽつりとその一言だけを発した。彼女の普段の声とは似ても似つかぬ重低音で、背中にどす黒い怨念のようなモノをめいっぱいに背負って。
 椅子を盾にして己の身を守っていた弓美だったが、ごくりと息を飲むとゆっくり、音を立てないように慎重に座り直した。咳を1つしたあと紙ナフキンを手にとって冷や汗を拭い、改めて少女に向き直る。

「何やら、根深いものを感じるの……あい分かった、この話は以降無しとする。士郎が振ってきたら殴り飛ばすとしよう」

 僅かながら視線を外し、それでもセイバーの顔を見つめながらそう言った弓美。端正な顔が若干青ざめている理由が自分だと知ってか知らずか、にっこりと満面の笑みを浮かべたセイバーが軽く頭を下げる。

「お心遣い、痛み入ります。それとユミ」

 まだ、パフェが少し残っている。それをスプーンで掻きだし、すっかり飲み込んでしまってから少女は再び口を開いた。

「せいぜい手加減してやってください。シロウはわたしのマスターなのですから」

 その台詞にぽかんとした弓美の脳裏で、いや止めろよ止めてくれよ姉上様、と本気で困った顔の士郎が裏拳ツッコミを入れていた。


 昼下がりの商店街は、まだ主婦も買い物をする時間ではないのか昼食の片づけをしているのか、閑散としていた。そんな店先を1つ1つ丁寧に見て回るセイバーと、それを数歩遅れて姉のように見守る弓美の2人連れは、目立ちながらもその光景に溶け込んでいた。

「だーかーらー、このお金は使えないんだってば! 頼むよ〜」
「……む?」

 弓美行きつけのケーキ屋の店先で、店主の困った声が聞こえてきた。2人の少女がそちらに視線を向けると、いきなり真っ白なドレスが目に入ってくる。金髪碧眼&赤眼の女の子2人連れより、そちらの方がずっと目立つこと請け合いだ。

「は?」
「……なんだ、あれは」

 ドレス、とは言ってもフリルやリボンを多用したものではなく、どちらかと言えば作業効率を上げるためにシンプルにデザインされたものである。それを纏う女性は髪をドレスと同じ純白のフードの中に治め、そうして店頭に並ぶケーキを見つめながら、駄々をこねていた。

「……どーしてもダメ? 食べたい」
「ダメダメ、このお金はダメなんだってば!」

 たどたどしい日本語を操る女性と、困り声ながら押し気味に転じた店主の問答は少しばかりの時間続いているようで、店主の方がげんなりした顔になっている。それを見て取った弓美は、仕方がないというように小さく溜息をついてから足を一歩踏み出した。
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